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【記者発表】「水の足跡」を辿って豪雨予測を改善――世界で初めて水蒸気同位体比観測を気象予報システムに追加――

○発表のポイント:
◆ 水蒸気に残された「水の足跡」である安定同位体比観測を、世界で初めて実際の気象予報システムへデータ同化し、豪雨予測の精度向上を実証しました。
◆ 水蒸気同位体比がどのように精度向上に寄与したかを解析した結果、水蒸気を運ぶ風の情報を改善したことが確認されました。つまり、従来の気温・湿度観測では得られない水蒸気の移動履歴が精度を向上させたことを示しました。
◆ 水蒸気同位体比を利用した次世代の天気予報技術として、豪雨や台風など極端気象の予測精度向上や、防災・減災への応用が期待されます。

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本研究で用いたデータ同化システムの概略図

○概要:
 私たちの身の回りにある水蒸気には、どこで蒸発し、どのような経路をたどって現在の場所まで運ばれてきたかという履歴が刻まれています。この履歴は、水素や酸素の安定同位体比として観測することができ、本研究グループでは「水の足跡」と呼んでいます。
 東京大学 生産技術研究所の芳村 圭教授らの研究グループは、この「水の足跡」を世界で初めて実際の気象予報システムへデータ同化(注1)し、豪雨予測の精度向上を実証しました。これまで水蒸気同位体比は、気温や湿度などの従来の気象観測では得られない情報を持つと期待されてきましたが、観測値に含まれる系統的な誤差(バイアス)の影響などから、実際の天気予報への有効性は示されていませんでした。
 本研究では、長期間の衛星観測を用いてバイアスを補正する新たな手法を開発し、水蒸気同位体比観測を既存の気象観測に加えて利用することで、特に豪雨の予測精度が向上することを示しました(図1)。本成果は、水蒸気同位体比情報を過去の水循環を理解するための情報から、未来の気象を予測するための情報へと発展させるものであり、次世代の高精度気象予報や豪雨災害の早期予測への応用が期待されます。

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図1:降水予報の改善と、その力学的・熱力学的要因の分離
(a, b): 2017年2月(a)および8月(b)における、水蒸気同位体比を加えたことによる6時間降水予報(mm 6 h⁻¹)のRMSE改善量。南半球中緯度(60°S-30°S)、熱帯・亜熱帯(30°S-30°N)、北半球中緯度(30°N-60°N)の各緯度帯について示す。横軸では、右に行くほど降水が強くなっていくことを示し、縦軸では、上ほど改善量が大きいことを示している。(c, d) :(a, b)と同様だがDynamic実験(風速場への影響のみに限定した実験)の結果を示す。(e, f) : おなじく、Thermodynamic実験(比湿および気温への影響のみに限定した実験)の結果を示す。塗りつぶしの丸印は、5%有意水準で統計的に有意な改善を示す。

○発表者コメント:芳村 圭 教授の「もしかする未来」
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私は水の安定同位体比を対象として、25年にわたって研究を行っています。当初は、水循環や気候変動の仕組みを理解するための基礎研究としての認識が強く、社会への直接的な応用への期待は正直あまりありませんでした。ところが近年になって、水蒸気の同位体比が大気のモデルに組み込まれ、さらには人工衛星から測れるようになりました。加えてその2つを組み合わせるデータ同化技術を用いることで、水蒸気同位体比(注2)が気温や風速などの大気情報に翻訳できることがわかってきました。ついには本研究で、天気予報の改善が可能であり、しかも豪雨予測を改善させることに成功しました。水の安定同位体比が社会に役立つ日がくるとは思っていなかった過去の自分に教えてあげたいくらいです。
芳村 圭 教授 研究者プロフィール

○発表内容:
「水の足跡」を未来予測へ
 水は海や陸面から蒸発し、大気中を移動して雲や雨となり、再び地表へ戻るという循環を繰り返しています。その過程では、軽い水と重い水がわずかに異なる振る舞いを示すため、水蒸気や降水の安定同位体比には、水が蒸発した場所や大気中の輸送経路、雲の中で経験した凝結・蒸発などの履歴が記録されます。本研究グループでは、この記録を手がかりに、水循環や気候変動の理解に利用してきました。
 現在の数値天気予報では、人工衛星や地上観測から得られる気温、湿度、風などの観測を「データ同化」することによって数値予報モデルへ取り込みます。しかし、これらの観測だけでは、水蒸気がどこから運ばれ、どのような過程を経て現在の場所へ到達したのかという情報は十分には含まれていません。そのため、水蒸気同位体比が持つ水の移動履歴の情報を利用できれば、予報精度をさらに向上できる可能性が期待されていました(プレスリリース①参照)。
 こうした可能性を実現するため、本研究グループではこれまで、水蒸気同位体比を用いて豪雨をもたらす水蒸気の起源や輸送過程を明らかにする(プレスリリース②参照)とともに、全球の水循環を高解像度にシミュレーションするモデル(プレスリリース③)の開発や、水蒸気・降水・海水の同位体比を再現できる大気海洋結合気候モデルの開発(プレスリリース⑥)、そうしたモデルの比較(プレスリリース⑤)を進めてきました。しかし、これらの研究は、水循環の理解や気候の再現を目的としたものであり、水蒸気同位体比を実際の天気予報へ利用するには至っていませんでした。
 また、これまでの天気予報への応用研究では、水蒸気同位体比だけを利用した理想化した実験や、他の気象観測を利用しない条件での検証に限られていました。実際の天気予報では、すでに気温や湿度など多数の観測が利用されているため、そのような現実的な条件でも水蒸気同位体比が新たな情報を提供できるかどうかは分かっていませんでした。また、実際の衛星観測には系統的な誤差(バイアス)が含まれるため、それを適切に補正することも大きな課題でした。
 本研究では、長期間の衛星観測データを用いて水蒸気同位体比観測のバイアスを補正し、気温・湿度など通常利用されている観測に追加する形で、世界で初めて実際の気象予報システムへデータ同化しました。
 その結果、水蒸気同位体比観測を追加した解析では、大気中の水蒸気分布だけでなく、気温や風の分布も改善することが確認されました(図2)。改善は熱帯だけでなく中緯度にも及び、水蒸気の輸送経路をより正確に再現できることで、大気循環全体の解析精度が向上することが示されました。特に、風の改善が大きかったことは、水蒸気同位体比は大気の力学場(風による輸送)に関する情報を多く含んでいることを示唆しています。
 さらに、この改善された解析値を初期値として天気予報を行ったところ、降水予測も改善しました(図1)。改善効果は弱い雨よりも強い雨で顕著であり、6時間降水量が約5 mm以上の降水では予報誤差が一貫して減少しました。特に30〜60°Nの中緯度では豪雨予測の改善が最も大きく、日常的な降水よりも、防災上重要となる強雨・豪雨の予測に効果があることが示されました。
 また、水蒸気同位体比がどの情報に寄与しているかを解析した結果、降水改善の多くは、水蒸気量、水蒸気輸送の再現性向上が重要な役割を果たしているのが分かりました。これは、水蒸気同位体比が「水がどこから来たか」という履歴を保持しているため、通常の気温・湿度観測では得られない情報を提供していることを示しています。
 本研究は、水蒸気同位体比が現在の実用的な気象予報システムにおいても独立した情報源として機能することを世界で初めて示した成果です。今後、より高精度な衛星観測や次世代の数値予報モデルと組み合わせることで、豪雨や台風など極端気象の予測精度向上だけでなく、洪水予測や水資源管理など、防災・減災への幅広い応用が期待されます。

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図2:水蒸気同位体比のデータ同化による改善
(a-c) :2017年8月における500 hPaでの、δDデータ同化によるRMSE(平均二乗平方根誤差)の改善量の空間分布。(a) 南北風(m s⁻¹)、(b) 気温(K)、(c) 比湿(g kg⁻¹)を示す。正の値は、水蒸気同位体比をデータ同化することによってRMSEが減少し、解析精度が向上したことを示す。(d-f) : 2017年2月および8月における、対応するRMSE改善量の帯状平均(緯度平均)。(g-i) :2017年2月および8月の中緯度域におけるRMSEスキルスコア(%)の鉛直分布。塗りつぶしの丸印は、5%有意水準で統計的に有意な改善を示す。

〇関連情報:
プレスリリース①:「宇宙から観測した「重い水蒸気」で天気予報を変える」(2021/9/14)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/3652/ 

プレスリリース②:「令和2年7月熊本豪雨をもたらした水蒸気の起源と履歴を解明~降水の同位体比から紐解く「線状降水帯」の新しい描像~(発表主体:九州大学)」(2023/3/10)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/4147/ 

プレスリリース③:「大気の水循環を追跡する高解像度シミュレーション ―次世代の水同位体・大気大循環モデルの開発―(発表主体:国立環境研究所)」(2023/12/7)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/4382/ 

プレスリリース④:「全球海洋モデルにより福島第一原発から放出される トリチウムの濃度分布を予測――放出計画をもとにした最新シミュレーション結果――」(2025/7/2)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/4809/ 

プレスリリース⑤:「水の同位体」を用いて地球の水循環を精密に可視化――国際モデル比較プロジェクト WisoMIP による世界初の標準化解析――」(2026/2/12)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/4990/

プレスリリース⑥:「降水・水蒸気・海水の同位体から水循環の履歴を読み解く気候モデル「MIROC6-iso」を開発―年々変動の再現性向上、観測データのない地域や時代の気候復元が可能に―(発表主体:中央大学)」(2026/4/13)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/5051/ 

○発表者・研究者等情報:
東京大学 生産技術研究所
 芳村 圭 教授
 取出 欣也 協力研究員
  本務先:コロラド大学環境科学共同研究所(CIRES)/米国海洋大気庁(NOAA)物理科学研究所(PSL)Research Scientist
 奉 夏暎 協力研究員
  本務先:NASAゴダード宇宙科学研究所(GISS)ポストドクトラルフェロー

○論文情報:
〈雑誌名〉Communications Earth & Environment
〈題名〉The significance of water vapor isotopes in improving weather prediction
〈著者名〉Kinya Toride*, Kei Yoshimura, Matthias Schneider, Christopher Diekmann, Farahnaz Khosrawi, Benjamin Ertl, Hayoung Bong
〈DOI〉10.1038/s43247-026-03917-x

○研究助成:
JSPS科学研究費助成事業(科研費)(JP22H04938、JP21H05002)、JST 未来社会創造事業(JPMJMI24I1)、JST e-ASIA共同研究プログラム(JPMJSC22E4)、文部科学省 気候変動予測先端研究プログラム SENTAN(JPMXD0722680395)、文部科学省 北極域研究強化プロジェクトArCS Ⅲ(JPMXD1720251001)、環境再生保全機構 環境研究総合推進費 S-20(JPMEERF21S12020)、宇宙航空研究開発機構(JX-PSPC-565307)等

○用語解説:
(注1)データ同化
 数値シミュレーションの予測結果と観測データを組み合わせる統計技術。観測されている物理量だけでなく、それと相関している別の物理量を補正することも可能。例えば水蒸気同位体比と風速が相関しているという情報が予めわかっていれば、水蒸気同位体比をデータ同化すれば、風速も補正されることとなる。

(注2)水蒸気同位体比
 水蒸気のなかで、水素や酸素の重い同位体である2H(重水素)や18O(重酸素)を含む水分子と、大多数を占める1Hや16Oを含む水分子との割合。蒸発や凝結といった水の相変化が生じる際に、気体側よりも液体側に、液体側よりも固体側に重い同位体をもつ水分子がより多く分けられるという特徴(同位体分別)により、相変化を伴う地球上の水の循環過程の指標となる。

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
教授 芳村 圭(よしむら けい)
Tel:04-7136-6965
E-mail:kei(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
芳村 圭 研究室

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