ニュース
ニュース
プレスリリース
【記者発表】生体情報処理の高度化には“跳躍”がある――リソース制約が最適情報処理の不連続な転移を生むことを理論的に解明――

○発表のポイント:
◆リソース制約下で生物の最適な情報処理戦略を解析する新たな数理理論を構築しました。
◆エネルギーや信頼性などの制約の変化により、最適な情報処理戦略に不連続な転移が発生しうることやそのメカニズムを初めて示しました。
◆生物の複雑な情報処理の進化原理の理解や、次世代人工知能の進化的設計への貢献が期待されます。

reso01.png
利用可能なリソースの変化による生体情報処理の最適戦略の変化

○概要:
 東京大学 生産技術研究所の鳥取 岳広 協力研究員(本務先:理化学研究所 基礎科学特別研究員)と小林 徹也 教授らによる研究グループは、エネルギーや信頼性など情報処理に利用可能なリソースの変化に伴い、最適な知能情報処理戦略の機序が不連続な転移を示すことやそのメカニズムなどを理論的に明らかにしました(図1)。
 バクテリアの匂い感知からヒトの脳まで、生体は効率的な情報処理機構を有しますが、その多様性や複雑性がどう変化し、より高度な知能が獲得されたのかは明らかではありません(図2)。本研究は、グループが独自に構築してきたリソース制約付き最適推定/制御の理論(注1)を生体情報処理に応用することで、生体知能の不連続な転移現象を同定し、また、そのメカニズムを理論的に明らかにしました。この研究成果は今後、生体知能の進化機構の解明や、リソース制限を考慮した人工知能やロボットの設計に役立つことが期待されます。

reso02.png
図1:利用可能なリソースの変化による生体情報処理の最適戦略の変化。
生体が利用可能なエネルギーやシステム動作の信頼性などのリソース(横軸)に依存して、最適な情報処理戦略の複雑さや機能性(縦軸)は変化しうる。今回、最適な戦略が跳躍的に変化しうることを明らかにした。

reso03.png
図2:多様な生体情報処理における複雑さと、情報処理に利用可能なリソースの関係の模式図。
生体情報処理は大きな多様性を持ちつつ、それぞれは非常に効率よくできていることが明らかになっている。高度な生体情報処理の進化を理解するためには、情報処理の多様性や複雑さが利用可能なリソースの変化によってどう変化しうるのかを明らかにすることが不可欠である。

○発表者コメント:小林 徹也 教授 の「もしかする未来」
koba.jpg
この研究の発端は、生体の情報処理は様々なリソースに制約があることと、情報工学の最適性理論はこのリソース制約を扱えていないという、鳥取さんの学生時代の洞察です。以後、その理論的な基礎を確立することに注力し、今回の生体情報処理への応用や不連続転移の発見などにつながりました。この理論は広い発展性を持ち、より複雑な生体情報処理の転移や進化の問題を扱えるようになると考えています。今後は生体情報処理の進化のみならず、次世代人工知能などへの応用も目指していきます。写真:小林教授(左)と鳥取協力研究員(右)
小林 徹也 教授 研究者プロフィール

○発表内容:
 外界を感知し、その情報を処理して自らの振る舞いを適応的に制御する情報処理機構は、バクテリアからヒトに至るまで、すべてのシステムが持つ基本的な特性の一つです。これまで、ベイズ理論や制御理論などの情報工学における最適性理論を援用することで、個々の生体情報処理が最適に近い効率で機能していることなどが理論・実験の両面から明らかにされてきました。例えば、大腸菌も理論限界に近い効率で匂いを嗅ぐことが示されています(関連情報:プレスリリース①、②)。また単細胞も集団で共同して高度な情報処理が可能です(関連情報:プレスリリース③)
 生体情報処理の最適性の理解が成熟しつつある今、次なる課題は、「なぜ細菌から人間に至るまで、生体の情報処理はこれほどまでに多様な複雑さや機能を持ち得るのか?そして、その機能や複雑性はいかにして進化してきたのか?」という問いに答えることです。本来、情報処理システムの多様性は各システムが利用できるエネルギーやシステムの信頼性などのリソース(資源)に依存するはずです(図1)。明らかにヒトの脳は大腸菌に比べ、膨大な自由度と多量のエネルギーを活用してより複雑で高度な情報処理を実現しています。では、このような機能性や複雑性は進化の過程で利用可能なリソースが変わったとき、連続に漸進的に変化するのでしょうか?それともある臨界点で不連続に変化する断続的なものなのでしょうか?しかし、従来の最適性理論は利用可能なリソースを考慮できておらず、生物の最適な情報処理の進化や転移を包括的に理解するための理論が欠けていました。
 上記の課題を解決するため、本研究チームは「リソース制約下での最適推定・制御理論」という新たな数理理論を構築してきました(関連情報:論文情報①、②)。この独自理論を生体情報処理に応用した結果、制御や内部ダイナミクスに伴うエネルギーコスト、あるいは観測やシステム動作の信頼性といったリソース制約の変化に応じて最適な情報処理戦略が、記憶を使わない単純な戦略から記憶を積極的に使う高度で複雑な戦略へと断続的な変化(不連続な転移)を見せることが明らかになりました(図3)。さらに、リソースの変化は必ずしも処理の複雑さを単調に増加させるわけではなく、時には退行的な挙動をもたらすことも発見しました。そして、不連続転移が起こる作用機序を理論的に明らかにしました。リソースが情報処理に与える影響を調べた先行研究は存在しますが、不連続な転移が生じるメカニズムを明らかにした研究は前例がありません。また、この結果は転移を引き起こし得る余計な要因を排除した最小限の設定から導き出されており、普遍的な性質を持つものです。
 本研究は、「脳のような高度で複雑な情報処理システムが単純なものからいかに進化し得たのか?」という生物学における未解決問題に対し理論的な基盤を与えるものです。さらにリソースの制約が最大の障壁になりつつある次世代の人工知能設計において、限られたエネルギーやメモリーのもとでどの程度複雑な情報処理機構を持たせるべきかを考える枠組みとして情報工学技術の発展などにも貢献することが期待されます。

reso04.png
図3:リソース制約が誘導する最適情報処理戦略の不連続転移。
利用可能なリソースが少ないときは、現在の観測のみに基づいて環境状態を推定する単純な戦略が最適になる一方、利用可能なリソースが多いときは、過去の観測を記憶し、その情報を積極的に活用するより高度な推定戦略が最適になる。本研究では、このような記憶を活用したより複雑な戦略がリソースの増加に従って徐々に現れるのではなく、ある臨界点で突然現れることを明らかにした。なお、リソース増加にしたがって常に複雑な戦略が最適になるわけではなく、より単純な最適戦略に遷移する場合も確認している。

〇関連情報:
プレスリリース①:大腸菌は賢く匂いを嗅ぐ~大腸菌は環境の匂い分子を最適に探知するシステムを持っている~(2021/03/24)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/3517/

プレスリリース②:生物はどこまで賢く匂いを探索するのか?~ノイズに負けない探索戦略を紐解く新理論を構築~(2022/02/16)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/3783/

プレスリリース③:「集団の賢さ」を理論で解明――多様な知能のあり方を捉える新理論――(2025/10/17)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/4889/

論文情報①
雑誌名:Physical Review Research
題 名:Resource limitations induce phase transitions in biological information processing
著者名:Takehiro Tottori*, and Tetsuya J. Kobayashi*
DOI: 10.1103/nz4j-tyv1

論文情報②
雑誌名:Physical Review Research
題 名:Theory for optimal estimation and control under resource limitations and its applications to biological information processing and decision-making
著者名:Takehiro Tottori*, and Tetsuya J. Kobayashi*
DOI: 10.1103/gvl6-cvby

○発表者・研究者等情報:
東京大学
 生産技術研究所
  小林 徹也 教授
   兼:同大学理学系研究科附属生物普遍性連携研究機構 教授

理化学研究所
 脳神経科学研究センター 数理脳科学研究チーム
  鳥取 岳広 基礎科学特別研究員
   兼: 理化学研究所数理創造研究センター数理基礎部門 基礎科学特別研究員
   兼: 東京大学生産技術研究所 協力研究員

○論文情報:
〈雑誌名〉Physical Review Letters
〈題名〉Theoretical analysis of resource-induced phase transitions in estimation strategies(7月28日付掲載)
〈著者名〉Takehiro Tottori*, and Tetsuya J. Kobayashi
〈DOI〉10.1103/5ynb-7k4v

○研究助成:
本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 ACT-X「計算制限を伴う生命の情報処理原理の解明(課題番号:JPMJAX24LB)」、科研費「進化情報アセンブリの統合理論と進化則の解読技術の構築(課題番号:JP25H01365)」、JST 戦略的創造研究推進事業 CREST「複雑生体現象の予測と制御に向けた離散・連続の統合幾何解析の構築と応用(課題番号:JPMJCR25Q2)」、「構造的・動力学的制約を活用した多元混合化学情報の解読とその応用 (課題番号:JPMJCR2011)」、理化学研究所基礎科学特別研究員制度の支援により実施されました。

○用語解説:
(注1)リソース制約付き最適推定/制御の理論
 従来の最適推定/制御の理論では、記憶容量や計算ノイズ、エネルギーコストなど、実際の生物や人工システムに内在するリソース制約を十分に考慮することが難しかった。本理論では、システムが記憶・計算可能な内部状態を明示的に取り入れ、そのダイナミクスを平均場確率最適制御理論に基づいて最適化することで、リソース制約下でも実現可能な最適推定/制御戦略を求めることができる。

○問い合わせ先:
〈研究内容について〉
東京大学 生産技術研究所
教授 小林 徹也(こばやし てつや)
Tel:03-5452-6798 
E-mail:tetsuya(末尾に"@sat.t.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
小林 徹也 研究室

理化学研究所 脳神経科学研究センター
基礎科学特別研究員 鳥取 岳広(とっとり たけひろ)
E-mail:takehiro.tottori(末尾に"@riken.jp"をつけてください)

〈機関窓口〉
東京大学 生産技術研究所 広報室
Tel:03-5452-6738 
E-mail:pro(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)

理化学研究所 広報部 報道担当
Tel:050-3495-0247 
E-mail:ex-press(末尾に"@ml.riken.jp"をつけてください)

科学技術振興機構 広報課
Tel:03-5214-8404 
E-mail:jstkoho(末尾に"@jst.go.jp"をつけてください)

〈JST事業について〉
科学技術振興機構 戦略研究推進部 先進融合研究グループ
原田 千夏子(はらだ ちかこ)
Tel:03-6380-9130 
E-mail:act-x(末尾に"@jst.go.jp"をつけてください)

月別アーカイブ