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【共同発表】昆虫の嗅覚を利用し、尿の“におい成分”を細胞で読み取る~がん関連揮発性物質候補を検出するバイオハイブリッド型匂いセンサを開発~(発表主体:神奈川県立産業技術総合研究所)

【ポイント】
◆昆虫由来の嗅覚受容体をもつ細胞を集積した、匂い物質を検出するマルチセンサアレイを開発
◆独自のマイクロウェル構造により、微弱でばらつきやすい細胞応答を安定に検出
◆尿から抽出した揮発性成分を気化した状態(気相)で測定し、がん関連物質候補の検出に成功
◆将来的には、体に負担をかけず、簡便にがんの手がかりとなる物質を検出する、細胞型匂いセンサの基盤技術として期待

【研究の背景】
 がんをはじめとする疾患の早期発見に向けて、尿や呼気などを用いた、体への負担が少ない検査技術の開発が進められています。なかでも尿は、簡便かつ安定的に採取できるため、検査対象として大きな利点があります。近年、尿中に含まれる揮発性有機化合物(VOC)(注1)が、がんなどの疾患バイオマーカー候補として報告されています。これらの揮発性物質を高感度かつ選択的に検出できれば、将来的に、低負担で簡便なバイオマーカー検査技術への応用につながる可能性があります。
 一方で、尿には多種多様な成分が含まれており、その中から特定の揮発性物質を選択的に検出することは容易ではありません。そこで、生物の嗅覚が持つ高い分子認識能力を利用した、嗅覚受容体(注2)を用いるバイオハイブリッド型匂いセンサ(注3)の研究が進められています。
 なかでも、嗅覚受容体を発現させた細胞(センサ細胞(注4))を検出素子として用いる細胞型匂いセンサは、生体に近い嗅覚応答機構を再現できるという特徴があります。一方で、従来の細胞型匂いセンサでは、細胞ごとの応答のばらつきや信号の弱さが課題でした。そのため、尿中のがん関連揮発性物質候補を高感度かつ安定的に検出するためには、細胞応答のばらつきを抑え、十分な信号強度を得るためのセンサ構造と測定方法の開発が必要でした。
 神奈川県立産業技術総合研究所の三村久敏 研究員、大崎寿久 サブリーダー、東京大学大学院情報理工学系研究科の竹内昌治 教授(同大学生産技術研究所学内クロスアポイント特任教授)、住友化学株式会社の高橋康彦 統括研究員らの共同研究グループは、JST 戦略的創造研究推進事業CREST「情報担体を活用した集積デバイス・システム」研究領域(JPMJCR20C4)の支援のもと、昆虫由来の嗅覚受容体を発現させたセンサ細胞を用いるバイオハイブリッド型匂いセンサの研究を進めてきました。本研究では、その主要成果の一つとして、複数種類のセンサ細胞をアレイ化し、尿中のがん関連揮発性物質候補を検出可能な細胞型マルチセンサアレイ(注5)の開発に取り組みました。

【研究の成果】
 共同研究グループは、昆虫由来の嗅覚受容体を発現させたセンサ細胞を用いて、尿中のがん関連揮発性物質候補を検出するための細胞型マルチセンサアレイを開発しました(図1)。本研究で用いたセンサ細胞には、匂い物質を認識する嗅覚受容体と、細胞内カルシウム濃度の変化に応じて蛍光強度が変化する蛍光タンパク質を発現させています。標的となる匂い物質が嗅覚受容体に結合すると、細胞内にカルシウムイオンが流入し、センサ細胞の蛍光強度が増加します。
 本研究ではまず、センサ細胞をハイドロゲル(注6)中に高密度に封入し、独自に開発したマイクロウェル(注7)を有するプレート上に配置することで、細胞型マルチセンサアレイを作製しました(図2)。各マイクロウェルには、側壁にスリット構造を設けています(図3)。この構造により、ハイドロゲルに封入された高密度のセンサ細胞を安定に導入・保持できるだけでなく、標的物質が細胞へ到達しやすくなります。これにより、従来の課題であった応答のばらつきや信号の弱さを改善し、安定した細胞応答を得ることが可能になりました(図4)。
 次に、複数種類のセンサ細胞を同一アレイ上に配置し、細胞型マルチセンサアレイを作製しました(図5)。本研究では、がん関連揮発性物質の候補として報告されているフェノール、6-メチル-5-ヘプテン-2-オン、アセトフェノンを対象とし、それぞれに対して異なる応答パターンを示すセンサ細胞を組み合わせました。その結果、それぞれのセンサ細胞が異なる標的物質に対して選択的な蛍光応答を示すことを確認しました。さらに、複数の標的物質を含む混合液に対しても、それぞれのセンサ細胞が対応する標的物質に応答し、混合物中の成分を識別できることを示しました。
 さらに、尿中のがん関連揮発性物質候補を検出するため、ヘキサンという有機溶媒を用いて尿から揮発性成分を抽出し、抽出した成分を気化させ、センサ細胞に曝露する気相検出(注8)法を開発しました。尿を直接センサ細胞に加えた場合、尿由来成分の影響により標的物質の検出は困難でした。一方、ヘキサンで抽出した揮発性成分を気相中でセンサ細胞に曝露した場合、尿中に添加したがん関連揮発性物質候補として報告されているアセトフェノンを明瞭に検出することに成功しました(図6)。
 この結果は、尿のような複雑な試料に含まれる揮発性物質を、センサ細胞を用いたバイオハイブリッド型センサで検出できる可能性を示すものです。なお、本研究では、尿中に添加したがん関連揮発性物質候補の検出に成功しましたが、患者尿中に含まれる内在性バイオマーカーを用いたがん診断に向けては、さらなる検証が必要です。今後は、実際の臨床試料を用いた検証や、より低濃度のバイオマーカー候補を検出するための感度向上が重要となります。

【社会に対する成果の還元、今後の展望】
 本研究では、センサ細胞を用いて、尿中のがん関連揮発性物質候補を検出するマルチセンサアレイを開発しました。尿は簡便に採取でき、体への負担も少ないため、尿中の揮発性物質を検出する技術は、将来的に簡便なバイオマーカー検査技術へ発展する可能性があります。
 本技術では、生体の嗅覚受容体が持つ高い分子認識能力を利用しながら、複数種類のセンサ細胞を組み合わせることで、複数の揮発性物質に対して異なる応答パターンを得ることが可能です。また、尿から揮発性成分を抽出して気相で測定することで、尿中成分による干渉を低減し、尿中に添加した標的物質を検出できることを示しました。
 今後は、検出感度のさらなる向上、対象となる揮発性バイオマーカー候補の拡大、実際の臨床試料を用いた検証を進めることで、体への負担が少ない疾患バイオマーカー検査技術への応用が期待されます。さらに、センサ細胞ライブラリ、試料前処理、測定装置、画像解析・AI解析を組み合わせることで、医療・ヘルスケアに加え、食品・環境分野における揮発性分子計測プラットフォームへの展開も期待されます。

【用語】
注1 揮発性有機化合物(VOC) 
常温でも蒸発しやすい有機化合物の総称。においの原因となる物質を含み、尿や呼気などにも含まれます。一部のVOCは、がんをはじめとする疾患のバイオマーカー候補として研究されています。

注2 嗅覚受容体 
匂い物質を認識するタンパク質。生物は、嗅覚受容体が特定の匂い分子を認識することで匂いの情報を検出しています。本研究では、昆虫由来の嗅覚受容体を培養細胞に発現させ、標的となる揮発性物質を認識するセンサ細胞として利用しました。

注3 バイオハイブリッド型匂いセンサ 
生体由来の分子や細胞が持つ機能と、人工的なデバイスや測定技術を組み合わせた匂いセンサ。本研究では、嗅覚受容体を発現させた細胞を利用して、匂い物質を検出しました。

注4 センサ細胞 
嗅覚受容体を発現させ、匂い物質に応答するようにした細胞。本研究では、匂い物質を検出するための細胞型匂いセンサ素子として利用しました。

注5 マルチセンサアレイ 
異なる特性を持つ複数のセンサを並べて配置した構造。複数のセンサ応答を組み合わせることで、対象物質の違いを識別します。本研究では、異なる嗅覚受容体を発現させた複数種類のセンサ細胞を組み合わせ、同一アレイ上に配置しました。

注6 ハイドロゲル 
水を多く含むゲル状の材料。本研究では、培養細胞をハイドロゲル中に封入することで、細胞をマイクロウェル内に安定に保持しました。また、ハイドロゲルが水分を保持することで、気相中の揮発性物質に細胞を曝露する際にも、細胞の乾燥を抑える役割を果たしました。

注7 マイクロウェル 
微小な凹状構造(ウェル)です。本研究では、各マイクロウェル内にハイドロゲルに封入したセンサ細胞を配置しました。また、ウェル側壁に設けたスリット構造により、標的物質が細胞へ到達しやすくなるよう設計しました。

注8 気相検出 
標的物質を液体中で直接検出するのではなく、気化した状態(気相)で検出する方法です。本研究では、ヘキサンを用いて尿から抽出した揮発性成分を気化させてマイクロウェル内のハイドロゲルに封入したセンサ細胞に曝露することで、尿中に添加したアセトフェノンを検出しました。

【図】

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図1 尿中の"におい成分"を細胞で検出する仕組み
昆虫由来の嗅覚受容体を発現させたセンサ細胞をマイクロウェル内に並べ、細胞型マルチセンサアレイを作製した。尿から抽出した揮発性成分を気化させて気相中でセンサ細胞に曝露し、匂い物質に応答したセンサ細胞の蛍光変化を測定することで、がん関連揮発性物質候補を検出した。

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図2 本研究で開発した細胞型マルチセンサアレイの外観写真
アクリル板を微細加工して作製したマイクロウェルプレート上に、センサ細胞を配置した。複数のセンサ細胞を小型基板上に並べることで、多種類の揮発性物質に対する応答を同時に取得できる。

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図3 スリット構造を有するマイクロウェルの模式図とセンサ細胞の配置
(A) マイクロウェルの模式図。 (B) マイクロウェル内に配置した、ハイドロゲルに封入された高密度センサ細胞の顕微鏡写真。 (C) (B) における蛍光画像。

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図4 センサ細胞の高密度封入による応答強度の向上
(A) 蛍光画像。(B) 蛍光応答の定量結果。センサ細胞をハイドロゲル中に高密度に封入することで、標的物質 (アセトフェノン) に対する蛍光応答が増加した。また、応答のばらつきを示す変動係数(CV)も低下し、より安定した応答が得られた。

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図5 複数種類のセンサ細胞を配置した細胞型マルチセンサアレイによる標的物質の識別
異なる嗅覚受容体を発現するセンサ細胞を同一アレイ上に配置し、標的物質に対する蛍光応答を測定した。センサ細胞の蛍光強度は、擬似カラーで表示している。標的物質の種類に応じて、異なる応答パターンが得られた。

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図6 尿から抽出した揮発性成分の気相検出
(A) 尿中の揮発性成分を、ヘキサンという有機溶媒を用いて抽出する操作の模式図。(B) 抽出した成分を気相中でセンサ細胞に曝露する検出方法の模式図。(C) 尿サンプルに添加したアセトフェノンの気相検出結果。アセトフェノンを添加した場合には、センサ細胞の蛍光応答が確認された。

【論文情報】
〈雑誌名〉ACS Sensors
〈題名〉Cell-Based Multisensor Array for Vapor-Phase Detection of Cancer-Related Compounds in Human Urine
〈著者名〉H. Mimura, T. Osaki, H. Oda, S. Takamori, Y. Kodama, N. Sasaoka, Y. Takahashi,
 and S. Takeuchi
〈DOI〉10.1021/acssensors.5c04942

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