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【記者発表】“呼吸する”肺オルガノイド!?――ヒト肺オルガノイドで動的な呼吸の力学を再現――

○発表のポイント:
◆ヒトiPS細胞からヒト肺の末梢ミクロ構造を模倣した肺細葉様オルガノイド(PAcinO)と、オルガノイド内部に直接アクセスできるデバイス(DENIRO)を開発しました。
◆両者を組み合わせた実験系(PAcinOs in DENIRO)により、この肺のミクロの構造が呼吸のように膨らむ機構の再現・観察を可能にし、オルガノイド肺のやわらかさ(肺コンプライアンス)の定量化に世界で初めて成功しました。
◆肺線維症のように肺が硬くなる病態の再現や、治療薬候補の評価への応用が期待されます。

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肺オルガノイドを内側から膨らませる新技術

○概要:
 東京大学 生産技術研究所 竹内 昌治 特任教授(本務:同大学大学院情報理工学系研究科 教授)、池尾 聡 特任助教、大学院情報理工学系研究科 谷 佑太 大学院生(研究当時)、HiLung株式会社 山本 佑樹 代表取締役らによる研究グループは、ヒト肺の末梢構造である肺細葉を模した肺細葉様オルガノイド(PAcinO)(注1)を開発しました。さらに、オルガノイド内部に直接アクセスし、内腔から圧力を負荷することができるデバイス(DENIRO)を開発しました。両者を組み合わせた実験系(PAcinOs in DENIRO)を構築し、光干渉断層法(OCT)(注2)による非侵襲的な三次元観察を行うことで、圧力負荷に伴うオルガノイドの体積変化および肺コンプライアンス(注3)を定量化することに成功しました。加えて、線維化を引き起こすことで知られるブレオマイシン(注4)を添加することでPAcinOに線維化様の力学的硬化を再現し、既存の肺線維症治療薬の効果評価を行いました。
 従来の二次元培養系では、三次元構造や力学機構の再現が困難であり、また一般的なオルガノイド培養では、内腔が構築されない、もしくは内腔が生じてもそのサイズが小さいために内部へのアクセスが制限されていました。本研究では、iPS細胞由来細胞エンジニアリングに基づき、生体肺のブドウ様の構造を模倣した、生体に近似したオルガノイド構造を一定以上のサイズで構築することで内腔へのアクセスを容易にし、そのアクセスを通じて圧力を精密に制御することで、三次元構造を維持したまま動的な力学応答を評価できる点に新規性があります。本研究成果は、ヒト生体では直接の観察が極めて困難な肺の微細な構造や生体力学の研究に貢献するとともに、肺線維症など肺が硬くなりコンプライアンスが低下する疾患の理解や、新規治療薬の効果検証に役立つことが期待されます。

○発表者コメント:竹内 昌治 特任教授の「もしかする未来」
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肺は本来、呼吸に合わせて膨らんだり縮んだりする臓器ですが、これまでのオルガノイドは、形態を再現できても"動き"までは再現できていませんでした。そこで、肺なのに動かないのは少しさみしいと考え、内部に圧力を加えることで動きを与えることを試みました。実際にオルガノイドがきれいに膨らんだときには、ラボ全体で歓声が上がったのを覚えています。こうして動きを与えることで、生体により近い状態で肺の機能や病態を理解できるようになると考えています。将来的には、医療や創薬への応用に加えて、バイオハイブリッドロボットの呼吸器のような新しいシステムへの展開も期待しています。

○発表内容:
 肺は、体内に酸素を取り込み二酸化炭素を排出するガス交換を行う重要な臓器であり、その末梢には肺細葉と呼ばれるブドウの房状の微細な構造が多数存在しています。肺は呼吸のたびに膨張と収縮を繰り返し、柔軟に変形することで効率的なガス交換を可能にしています。この柔軟性は肺コンプライアンスと呼ばれる力学的指標で評価されますが、肺線維症という難治性の呼吸器疾患では肺組織が硬くなり、コンプライアンスが低下することが知られています。
 これまでの先行研究では、培養皿上でこのような疾患の病態を模倣するために肺オンチップモデル(注5)が開発されてきましたが、二次元培養系のため肺本来の立体構造を再現できませんでした。また、一般的な球体オルガノイド培養系は、肺胞の重要な曲面構造やその構造内の細胞の性質を再現していますが、機械的な刺激や内腔へのアクセスには対応できない静的なシステムにとどまっていました。そのため、肺特有の立体構造を維持しつつ、肺本来の動的な挙動を培養皿上でシミュレートできるモデルの開発が待たれていました。
 この度、本研究チームはヒト肺の末梢構造に着想を得て、複数のスフェロイド(注6)を融合させることで、より大きな肺細葉様オルガノイド(Pulmonary Aciniform Organoid: PAcinO)を構築しました。さらに、ポリジメチルシロキサン(PDMS)(注7)で造形した、オルガノイド内部へのアクセスの補助のためのカスタムデバイス(Dynamic Exposure and Infusion Response Observer: DENIRO)を開発し、このDENIRO上でPAcinOsを培養することに成功しました(図1)。

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図1:PAcinOs in DENIROシステム
(A) 内腔アクセスに用いるスリットを有した培養ウェルを8つ搭載したカスタムデバイスDENIRO。
(B) DENIRO上に培養されたPAcinOs。肺の重要な組織幹細胞である2型肺胞上皮細胞を有している。

 このPAcinOs in DENIROシステムにおいて、OCTによる非侵襲的な三次元観察を行いながら培養ウェルのスリットから非常に細いガラス管を培養ウェル上のPAcinOsに穿刺して、オルガノイド内腔から段階的に圧力を負荷できる仕組みを開発しました(図2(A)(B))。薬剤添加しないPAcinO(正常モデル)とブレオマイシンを添加したPAcinO(疾患モデル)、ブレオマイシンと肺線維症治療薬として実臨床で使われているニンテダニブの両者を添加したPAcinO(治療モデル)の三群でそれぞれ穿刺を行い、圧力負荷を行うことに成功しました(図2(C))。

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図2:PAcinOs in DENIROシステムを用いた内腔アクセスと圧力負荷
(A) PAcinOs in DENIROシステムを用いた内腔アクセスの模式図。
(B) OCT で観察しながら、ガラス管をPAcinO内腔へ穿刺する様子。
(C) 正常・疾患・治療PAcinOにおいて、圧力負荷によって各々のオルガノイドが膨らむ様子。

 この圧力負荷に伴うPAcinOの体積変化を連続計測し、体積変化量を圧力差で除することで、オルガノイド肺のコンプライアンスを定量化することに世界で初めて成功しました(図3)。疾患モデルPAcinOでは、圧力を負荷しても肺は膨らまず、正常モデルPAcinOと比較して肺コンプライアンスは有意に低下していました。治療モデルPAcinOでは肺コンプライアンスは回復する傾向を見せましたが、有意差はありませんでした。これらの結果から、培養皿上で動的な指標である肺コンプライアンスを用いて、病態および薬剤効果を評価できる可能性が示されました。

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図3:正常・疾患・治療モデルPAcinOの圧力負荷による体積変化と肺コンプライアンス
(A) 2分30秒ごとに圧力を増加させた際のオルガノイドの体積変化。正常PAcinOでは20-30mbar付近で膨らむ一方、疾患や治療PAcinOではその膨らみは明らかではない。
(B) 各群における肺コンプライアンス。疾患PAcinOは正常と比較し肺コンプライアンスが低下している。

 本研究成果は、ヒト由来三次元肺モデルにおいて構造と力学を同時に評価できる基盤技術を示すものです。今後、肺線維症など肺が硬化する疾患の病態理解や、新規治療薬の効果検証に役立つことが期待されます。

○発表者・研究者等情報:
東京大学
 生産技術研究所
  竹内 昌治 特任教授
   本務:大学院情報理工学系研究科 教授
  池尾 聡 特任助教

 大学院情報理工学系研究科
  谷 佑太 修士課程大学院生(研究当時)

HiLung株式会社
  山本 佑樹 代表取締役

○論文情報:
〈雑誌名〉Biomaterials
〈題名〉Dynamic in vitro platform for mechanical profiling of human pulmonary aciniform organoids via intraluminal access
〈著者名〉Satoshi Ikeo, Yuta Tani, Jun Sawayama, Shogo Nagata, Harry Choi, Toshio Suzuki, Saburo Ito, Tetsuharu Nagamoto, Yuki Yamamoto*, Shoji Takeuchi*
〈DOI〉10.1016/j.biomaterials.2026.124094

○研究助成:
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の再生医療・遺伝子治療の産業化に向けた基盤技術開発事業 再生医療技術を応用した高度な創薬支援ツール技術開発「肺三次元構造機能を再現する高度並列デバイス化オルガノイドの開発」、再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム 再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発課題(基礎応用研究課題)「血管網を有するヒト多能性幹細胞由来肺胞組織の構築」および日本学術振興会 科研費JP24K19084の助成を受けたものです。

○用語解説:
(注1)肺細葉様オルガノイド(PAcinOs)
 オルガノイドとは、ヒトの臓器を模して作製された三次元のミニ臓器モデルで、臓器の構造や一部の機能を培養皿上で再現している。本研究で作製した肺細葉様オルガノイド(PAcinOs)は、ヒト肺の末梢構造である肺細葉を模した構造をもつオルガノイドである。

(注2)光干渉断層法(OCT)
 光を利用して試料内部を非侵襲的に観察し、三次元的な断層画像を取得する技術。医療現場では眼科診断などにも用いられている。

(注3)肺コンプライアンス
 圧力をかけたときに肺がどれだけ膨らむかを示す指標。圧力変化に対する体積変化の割合で表される。値が低いほど肺は硬く、肺線維症などの疾患で低下する。臨床現場でも呼吸機能評価に用いられる。

(注4)ブレオマイシン
 抗がん剤として用いられる薬剤で、肺に線維化を引き起こす副作用が知られている。この性質を利用して、実験研究では肺線維症モデルを作製するために広く用いられている。

(注5)肺オンチップモデル
 培養皿上で肺細胞を育て、伸び縮みなどの機械的刺激を加えることができる実験モデル。ただし、主に二次元構造である。

(注6)スフェロイド
 細胞が集まって形成する球状の三次元細胞塊。通常の平面培養と比べて、細胞同士の相互作用や組織に近い構造を再現できるため、オルガノイド作製などの三次元培養で広く用いられる。

(注7)ポリジメチルシロキサン(PDMS)
 シリコーン系の高分子材料で、柔軟性や透明性、酸素透過性に優れる。マイクロ流体デバイスや細胞培養用デバイスの材料として、バイオ工学や生体模倣デバイスの研究で広く利用されている。

○問い合わせ先:
(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学 生産技術研究所・大学院情報理工学系研究科
教授 竹内 昌治(たけうち しょうじ)
Tel:03-5452-6545
E-mail:takeuchi(末尾に"@hybrid.t.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)

東京大学 生産技術研究所 広報室
Tel:03-5452-6738 
E-mail:pro(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)

HiLung株式会社 広報担当
Tel:075-354-5095
Fax: 075-354-5425
E-mail:pr(末尾に"@hilung.com"をつけてください)

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