○発表のポイント:
◆炎症性物質に反応して蛍光を発する「表皮幹細胞」を用いることで、健康状態の悪化をすばやく感知し、皮膚自体が情報を表示する「リビングセンサーディスプレイ」を開発しました。
◆作製した人工皮膚をマウスに移植したところ、長期間生着し、体内の炎症反応に応じて皮膚が光ることで、採血なしに外部から体内状態を長期モニタリングできることを実証しました。
◆皮膚の新陳代謝を利用してセンサー機能を長期間維持できるため、将来的には高齢者の在宅健康管理や慢性疾患の継続的な状態監視、ペットや家畜の健康管理にも応用が期待されます。

図1 皮膚で健康状態を検知する「リビングセンサーディスプレイ」の概略図
○概要:
東京都市大学の藤田 博之 特別教授(東京大学名誉教授)、東京大学 生産技術研究所 竹内 昌治 特任教授(本務:同大学大学院情報理工学系研究科 教授)、澤山 淳 特任助教(研究当時)、および理化学研究所 生命機能科学研究センター(BDR)の辻 孝 チームリーダー(研究当時)、キヤノンメディカルシステムズ株式会社 先端研究所 矢野 亨治 研究員らの研究グループは、特定のバイオマーカー(注1)を感知して蛍光タンパク質を発現する皮膚を用いた「リビングセンサーディスプレイ(注2)」(図1)を開発しました。
従来のバイオマーカー検査は医院での採血など侵襲的で単発的な手法が主であり、ウェアラブルデバイスでは汗や組織液など体外に出る体液の情報に限られる問題がありました。本研究では、新陳代謝により皮膚を生涯にわたって維持する表皮幹細胞(注3)をセンサーとして利用することでこの課題を解決し、体内の情報を直接、連続的に測って表示することに成功しました。研究グループは、炎症を示す信号物質が体内に放出された時、それに反応して蛍光を発する皮膚を作りました。すなわち、炎症信号に応じて活性化する遺伝子経路に緑色蛍光タンパク質(EGFP)遺伝子を組み込んだ表皮幹細胞を作り、これを培養して皮膚を育てました。この培養皮膚をマウスに移植した結果、体内の炎症レベルに応じて蛍光強度が変化することを実証しました。
本成果は、生きた細胞をセンサーかつディスプレイとして利用する新しい概念を提示するものであり、将来的には、安全性・倫理性を含めた慎重な検討の上で、日々の生活の中で皮膚を見るだけで健康状態を確認できる、革新的な予防医療・健康管理技術への貢献が期待されます。
本研究はマウスを用いた基礎研究段階の成果であり、ヒトへの臨床応用には今後、安全性・倫理性を含めた慎重な検討と長期的な研究が必要です。
○発表者コメント:藤田 博之 名誉教授の「もしかする未来」
本研究の着想は、共同研究者の辻孝先生の「皆のための再生医療」の講演を聞いているときに湧きました。生きた細胞を体内情報のセンサーに変え、それを見ただけで病気にかかったのが分かる「もしかする未来が」垣間見えたのです。そして、当時所属していたキヤノンメディカルシステムズ先端研究所で研究を始めてから苦節8年、すばらしいチームの総力を結集し、やっと論文になりました。動物や人の健康状態を、体を傷めずに、いつでも、どこでも、だれでも見てとれる技術につながる可能性があるのではないかと、夢は広がります。もちろん、倫理の順守、社会の容認を得るための議論をふくめた慎重な検討が必要です。
○発表内容:
血糖値や炎症性物質などのバイオマーカーは、病気の予兆や進行度を知るうえで重要な指標です。しかし、従来の測定法は採血が必要であり、頻回採血による負担やサンプルの迅速な処理が必要など、多くの課題がありました。また、ウェアラブルデバイスの発展により、汗や唾液などを利用した連続測定も進んでいますが、体表から離れた体内の微量シグナルを、高い選択性と感度で長期間捉えることは難しい状況でした。一方、生体内の細胞は、本来、化学物質や炎症シグナルを高感度かつ高選択的に検知し、分子シグナル経路を通じた遺伝子発現で応答する「究極のセンサー」です。また皮膚は、体表面積が大きく、表皮幹細胞が表面から0.1~0.3mmという浅い位置にあるため、その変化を外側から読み取りやすいという特徴があります。
研究グループは、体内で炎症が起きると蛍光を発する細胞から培養した皮膚を、マウスの皮膚に生着させました。このマウスに炎症性物質を投与したところ、移植部の蛍光強度が上昇し、体内の炎症状態を皮膚表面からの蛍光観察によって非侵襲的にモニタリングできることが示されました(図2)。また、このセンサー機能は、皮膚の新陳代謝を経ても常に維持されることが確認され、メンテナンスフリーで長期間の使用が可能であることが示唆されました。
センサー機能を持つ人工皮膚は、次のようにして作りました。まずヒト由来の表皮幹細胞に遺伝子を導入し、炎症性物質が結合しNF-κB(エヌエフカッパビー)経路(注4)が活性化されるとEGFPを発現する人工皮膚を作りました。この人工皮膚は、炎症性物質の濃度に応じて、24時間以内にEGFPの発現により蛍光強度が増加すること(図3)、応答の範囲は0〜20 ng/mLであることが分かりました。
続いて、得られた人工皮膚を免疫不全マウスの背部皮膚に移植し、生着を観察しました。4週間後の組織観察では、移植部位に周囲のマウス皮膚とは異なるヒト様の乳頭構造を伴う皮膚が形成されていることが分かりました。移植部の面積は、移植後30日までは縮小するものの、その後200日以上にわたり大きさと位置がほぼ一定に保たれていました。

図2:炎症物質の繰り返し投与時のリビングセンサーディスプレイの応答。炎症の発生と鎮静化に応じて蛍光が増加しやがて減少すること、複数回の応答が可能なことが分かった。(a)移植皮膚の明視野画像 (b)1回目投与前 (c)投与1日後 (d)2回目投与前 (e)投与1日後の蛍光画像(f) リビングセンサーディスプレイの蛍光強度の時間変化(日数)

図3:炎症性物質を検知したセンサー機能を持つ人工皮膚の組織像。上段写真の白い部分(i)が炎症物質に応答する人工皮膚の移植部。中段左に波のような乳頭構造が見え、下段左にEGFPの発現が見える。(ⅱ、ⅲ)マウスの皮膚。中段中央と右では構造が異なり、下段中央と右ではEGFPは発現していないことが分かる。
本研究は、幹細胞を含む皮膚組織そのものをセンサー兼表示デバイスとして利用することで、従来困難だった体内の微量バイオマーカーの長期・非侵襲モニタリングを実現できることを示しています。ターゲットとなる受容体や配列を変更すれば、炎症性物質以外のさまざまな分子(ホルモン、代謝産物など)を検出する「設計可能な生体センサー」への拡張も期待されます。さらに一度の移植で長期間機能する「リビングセンサーディスプレイ」としての可能性も示しており、慢性疾患の管理や未病対策において、患者のQOLを大きく向上させるだけでなく、言葉で体調を訴えにくいペットや家畜の健康状態を見守る新しいツールとしての応用も見込まれます。なお、本研究は【東京大学ライフサイエンス研究倫理支援室の承認のもと】実施されました。本研究はマウスを用いた基礎研究段階の成果であり、ヒトへの臨床応用には今後、安全性・倫理性を含めた慎重な検討と長期的な研究が必要です。
○発表者・研究者等情報:
東京都市大学
総合研究所
藤田 博之 特別教授/東京大学名誉教授/台湾国立清華大学 玉山榮譽講座教授
東京大学
生産技術研究所
竹内 昌治 特任教授
本務:東京大学 大学院情報理工学系研究科 教授
澤山 淳 特任助教(研究当時)
現:東京大学 大学院情報理工学系研究科 技術専門職員
理化学研究所
生命機能科学研究センター
辻 孝 器官誘導研究チームリーダー(研究当時)
現:株式会社オーガンテック 取締役会長、創業者
キヤノンメディカルシステムズ株式会社 先端研究所
矢野 亨治 研究員
○論文情報:
〈雑誌名〉Nature Communications
〈題名〉Living sensor display implanted on skin for long-term biomarker monitoring
〈著者名〉Jun Sawayama, Makoto Takeo, Yuki Takayama, Miki Takase, Hoshimi Aoyagi, Aki Takimoto, Saki Mizutani, Maiko Onuki, Satoshi Ikeo, Shogo Nagata, Miho Ogawa, Koji Yano, Takashi Tsuji, Shoji Takeuchi, Hiroyuki Fujita*
〈DOI〉10.1038/s41467-025-67384-2
○研究助成:
本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金(JSPS KAKENHI)JP22H00284、JP21H05013 の支援を受けて実施されました。
○用語解説:
(注1)バイオマーカー
病気の有無や進行度、治療効果などを反映する体内の指標の総称です。血糖値やコレステロール、炎症性サイトカイン、ホルモン、代謝産物などが含まれます。
(注2)リビングセンサーディスプレイ
生きた細胞や組織そのものを「センサー」と「表示デバイス」として利用するという概念です。本研究では、炎症シグナルを検知して光る表皮細胞を含む人工皮膚を体内に移植し、皮膚表面の蛍光として体内状態を読み取る仕組みを指します。
(注3)表皮幹細胞
皮膚の一番外側にある「表皮」の基底層に存在する幹細胞です。自分自身を増やしつつ、角化細胞へと分化することで、数週間~1か月程度の周期で表皮を新しく入れ替える新陳代謝を担っています。
(注4)NF-κB(エヌエフカッパビー)経路
炎症や免疫応答、ストレス応答に関わる代表的なシグナル伝達経路の一つです。炎症性物質の刺激により活性化され、細胞核内で多くの炎症関連遺伝子の発現を制御します。本研究では、この経路の活性化を蛍光タンパク質の発現に結び付けることで、炎症シグナルの「見える化」を行っています。
○問い合わせ先:
〈研究に関する問い合わせ〉
東京都市大学 総合研究所
特別教授 藤田 博之(ふじた ひろゆき)
E-mail:hfujita(末尾に"@tcu.ac.jp"をつけてください)
東京大学 生産技術研究所・大学院情報理工学系研究科
教授 竹内 昌治(たけうち しょうじ)
Tel:03-5452-6545
E-mail:takeuchi(末尾に"@hybrid.t.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
〈報道に関する問い合わせ〉
東京大学 生産技術研究所 広報室
Tel:03-5452-6738
E-mail:pro(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
東京大学 大学院情報理工学系研究科 広報室
E-mail:ist-pr.t(末尾に"@gs.mail.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
東京都市大学
総合企画局 企画・広報部 企画・広報課
E-mail:toshidai-pr(末尾に"@tcu.ac.jp"をつけてください)