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令和8年 所長年頭挨拶「君の名は」

2026年所長年頭挨拶(750).jpg

 新年明けましておめでとうございます。

 年明け早々の1月に、生産技術研究所では「第三者評価」という6年に一度の組織評価を実施します。これは所の組織運営、研究成果、将来構想などを数名の外部評価委員に対して説明し、大所高所から批評・助言を受ける重要行事であり、これに向けて一年間、所の教職員が文字通り一丸となって準備して参りました。所の皆様のご尽力に深く感謝いたします。

 生研は「よくやっている」研究所だと自負しておりますので、圧倒的インパクトのある研究成果のアピールに関してはまったく心配ありません。むしろこの第三者評価には、所の構成員が6年毎に「生研とは何か」を問い直して自らのアイデンティティを再確認し、他の研究機関との違いを自覚する機会としてより重要な意義があります。またその準備過程で、シニア教員と若手教員、事務・技術職員が意見を交わし合い、所に代々伝わる生研らしさ、すなわち「生研スピリッツ」なる無形財産が共有されます。それはまるで、かの地では巨大ピラミッドの造り方をすっかり忘れてしまったのに対して、我が国では式年遷宮のお陰で1,300年の長きにわたって伊勢神宮の建築技術がしっかり伝承されていることに通底します。

 ところでその生研スピリッツとはいったい何なのでしょう?他にはない研究の発想、生研らしい独自の組織運営、あるいは文化のことでしょうか。今回の第三者評価では外部委員からの事前の宿題として、他の研究機関の参考となる生研独自の好事例の提示を求められました。つまり、生研の運営が旨く行っている秘密をちょっと見せよ、というリクエストです。さてどこまで見せたものかと、いま、あの曲のあのフレーズを思い浮かべています1)

 そもそも生研スピリッツとは確たる定義のない造語であり、多くの先輩方の残した指導、教訓、哲学の集合体です。生研にある5つの研究部門にも、それぞれ宗派の異なるドクトリンが伝承されていることでしょう。なかには文字にもなっておらず、口伝による遺産もあるはず。いまそれらを集めて乱暴に言語化したところで、サンプリングの粗さゆえに誤訳を生じかねず、大事な要素がこぼれ落ちることを懼れます。

 そこで今回の第三者評価では、ほかではあまり見られない、生研ならではの制度を紹介することにします。たとえば、特別研究審議委員会(特審)による選定研究・展開研究などの競争的内部資金の制度や、リサーチ・マネジメント・オフィス(RMO)による所全体の予算獲得活動のほか、初代所長の名を冠した部門間の教授ポスト貸し借り制度(瀬藤定数)がそれに該当します。とはいえ、秘すれば花2)とも言いますし、手の内を明け透けに曝してもそれが得になるとは限りません。言を尽くして説明したところで所詮言葉は遙か先にある真理を指さす道具に過ぎない3)。誤解されれば敵を作り、理解されれば支配される。それゆえに、あえて曖昧さを残して優位性を保つという戦略もあり得ます。

 とりわけ、生産技術研究所という名称が戦略的曖昧さの源泉です。設立当初の所の設置目的には「生産」と「技術」の二語が含まれており、名は体を表しておりました。ところが2008年の改訂版にはこれらの文字を見ず、いまの設置目的からすると「生産技術研究所」とはもはや謎の組織名です。具体的に何を研究するところなのか、部外者にはそのヒントすら与えません。またその英称には直訳のInstitute of Industrial Technologyを用いず、設立当時からInstitute of Industrial Scienceを充てています。大胆な意訳ですが、森羅万象の中に普遍的な真理を見い出し、それを世に供しようとする研究者集団のスピリッツを表す名として、Institute of Industrial Scienceとはまさに言い得て妙でありましょう。
 名にし負はばいざ言問はむ...4)

 今回の第三者評価でもまた、これを名に負う組織の存在意義が問われています。

 生研では、第三者評価や所の将来展望を語り合う機会のたびに組織名変更の議論が何度となく持ち上がっては何かに気付き、やはり元の名を保つという歴史を繰り返してきました。組織名を巡ってかくも長く議論が続くとは、その中にこそ先達が隠した秘密のコードを見る気がします。

生産技術研究所 所長
年吉 洋

脚注
1)Daryl Hall & John Oates、"Kiss on my list"(1980)。著作権の都合で歌詞を引用できないのが残念ですが、最初の数行は外部評価を受ける身の本音を代弁するかのようです。
2)世阿弥、「風姿花伝」(室町時代)。猿楽から能を大成した父・観阿弥の理論を記録したもの。講演の機会の多い研究者もここから学ぶところが多い。
3)もとは曹洞宗・道元(鎌倉時代初期)などが説いた「指月の譬え」。ブルース・リー主演「燃えよドラゴン」(1973)にも引用されている。指月をイラストにした仙厓義梵(江戸時代後期)の禅画「指月布袋画賛」は出光美術館所蔵。月(=真理)に向けられた布袋の指(=言葉)に気を取られる小僧さんの表情が可愛い。
https://idemitsu-museum.or.jp/collection/sengai/sengai/01.php
4)「名にし負はばいざ言問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと」は伊勢物語(平安時代前期)に収録の和歌。生研という名前に期待する人も多いことでしょう。

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