ニュース
ニュース
プレスリリース
【記者発表】「マスク・チャージャー」の開発――静電気の力でマスクをパワーアップ――

○発表のポイント:
◆使い捨てマスク廃棄物の量は、世界中で現在毎月1290億枚にも上ると言われており、環境負荷軽減のためにも、不織布マスクのリサイクル手法開発が求められている。不織布マスクは、製造過程で帯電することを利用し、静電気によって飛沫を吸着することで高いフィルター効果を発揮するが、その静電気は長時間の使用で失われ、フィルター能力が落ちる。
◆本研究では、不織布(ポリプロピレン)を「リチャージ」することで静電気を増大させ、機能をパワーアップさせたり、再利用を可能にしたりする、小型・簡易・安全な卓上装置を開発した。
◆本装置は、一般家庭レベルでも使用できるよう簡単かつ安全な設計になっており、フィルター性能の回復による空気感染症への予防効果向上はもちろんのこと、マスクの再利用によるプラスチック廃棄量の削減などが期待できる。

mask01.jpg
マスクを置き、蓋をして電源を入れ、数秒から1分間待つだけで安全に静電気を印加する卓上マスク・チャージャー

○発表概要:  
 東京大学 生産技術研究所の杉原 加織 講師、木内 笙太 特任研究員(研究当時)、ペニントン・マイルス 教授率いるDLXデザインラボの共同研究グループは、マスクの静電気を1分以内に回復させる卓上の装置を開発した。
 医療現場で広く使われているN95マスクやサージカルマスクなどの不織布マスクは、ポリプロピレンを原料とするフィルターが用いられている。このポリプロピレンは、物理的なフィルター能力に加えて、静電気で飛沫を吸着することによってその効果を発揮している。しかし、高湿度下での保管、呼気の暴露、水洗いなど、水との接触により電荷が失われることが分かっており、気づかないうちにフィルター性能が著しく低下したマスクを着用してしまっているリスクが危惧されている。
 本研究グループが開発した装置は、一般家庭レベルでも使用できるよう簡単かつ安全な設計になっており、フィルター性能の回復による空気感染症への予防効果向上はもちろんのこと、マスクの再利用によるプラスチック廃棄量の削減などが期待できる。

○発表内容:
〈研究背景〉
 N95マスクやサージカルマスクのフィルターに用いられるポリプロピレンメッシュには、呼吸するための微小な穴(直径およそ10μm)が空いている。くしゃみなどの飛沫には、これより小さいものもたくさん含まれるが、静電気力によって吸着することで孔径以下の飛沫に対しても効果を発揮する。
 しかし、高湿度下での保管、呼気の暴露、水洗いなど、水との接触により静電気が失われ、フィルター性能が低下する。コロナ感染症のパンデミック初期においては、マスク不足のため医療現場でもN95マスクを再利用する方法が検討されてきたが、アルコールの噴霧、洗浄、煮沸、オートクレーブなどの一般的なウィルス不活性化手法でも同様に、フィルター性能の低下が指摘された。
 この解決策として、本研究グループが以前報告した、ヴァンデグラフ起電機(注1)を用いて静電気を回復する方法の、さらなる小型化・簡易化を目指すこととした。

〈研究内容〉
 東京大学生産技術研究所の杉原 加織 講師、木内 笙太 特任研究員(研究当時)、ペニントン・マイルス教授率いるDLXデザインラボの共同研究グループは、不織布マスクに静電気を印加しフィルター能力を向上させる簡易、小型、安全なマスク・チャージャーを開発した。

1. コッククロフト・ウォルトン回路を用いてマスクを帯電させることに成功
 以前の報告ではヴァンデグラフ起電機の摩擦帯電による静電気発生の原理を用いたが、本研究ではコッククロフト・ウォルトン回路(図1)による高電圧発生装置に置き換え 、マスクの帯電が可能であることを確認した。この変更によって装置容積を約7分の1に小型化でき、安定性、再現性、堅牢性を向上させることに成功した。

図1.jpg
図1:コッククロフト・ウォルトン回路の回路図

2. 電極の形状、筐体・蓋のデザインを最適化することで高出力電圧を達成
 ヴァンデグラフ起電機に使用されているような金属の電極は、電圧を均一化できる一方で、火花と音を伴った空気放電を引き起こしやすい。そこで絶縁体と金属をレイヤー状に組み合わせた電極を採用し、均一な電圧分布を確保したまま空中放電を抑制する手法を開発した。また、電気的にアースに落とした蓋を取り付けることで電極と蓋の間に高電界を発生させ、帯電の効率を上げることに成功した。

3. 卓上マスク・チャージャーの製作
 最後に、実験で得たすべての情報をもとに、日本の標準的なコンセント(100V、50Hz)で動作する卓上サイズのマスク・チャージャーを開発した(図2)。 この装置を使用し、洗浄によって静電気を除去したサージカルマスクにチャージを行い、新品とほぼ同等のレベルまで電荷とフィルター能力が回復できることを確認した(図3)。

図2-1.jpg
図2-2.jpg
図2:卓上型マスク帯電器の機能プロトタイプ

画像3.png
図3:a, マスク・チャージャーを用いる前と後の帯電量の比較(before charge: 帯電前、polypropylene sheet: ポリプロピレンのみ取り出しチャージした後、Surgical mask: マスクごとチャージした後)。b,フィルター能力試験結果(note charged: 帯電前、right after charging: 帯電直後、after 1 day: 1日後、after 10 days: 10日後)。

〈今後の予定〉
 ポリプロピレンメッシュは、マスク以外にも様々なフィルターとして、例えば、空気清浄機などに使用されている。今後は、コッククロフト・ウォルトン回路を用いたポリプロピレンメッシュの再利用手法を、マスク以外の他の分野でも応用することで、プラスチック廃棄量を減らし、素材の再利用を促すようなサステイナブルな技術を提供していきたいと考えている。

〈関連のプレスリリース〉
「コロナ下で不足するN95 マスクの再利用手法を開発」 ~静電気体験装置でマスクの静電気を復活させ、フィルター能力を回復~」(2020/12/17)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/research/archive/3446/

○発表者:
東京大学 生産技術研究所
    杉原 加織(講師)

○論文情報:
〈雑誌〉Heliyon
〈題名〉Development of a desktop mask charger
〈著者〉Kaori Sugihara
〈DOI〉 10.1016/j.heliyon.2023.e15359

○用語解説:
(注1)ヴァンデグラフ起電機
 科学館などに展示されている、触れて体感することのできる静電気発生装置。ベルトが回転することで摩擦により静電気を起こし、その電荷を球状の電極に集めることで高電圧を作る。電極に触れることで髪の毛が逆立つ様子などを体感できる。

○問い合わせ先:
〈研究に関する問い合わせ〉
東京大学 生産技術研究所
講師 杉原 加織(すぎはら かおり)
Tel:03-5452-6341
E-mail:kaori-s(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
研究室URL:https://sugiharalab.iis.u-tokyo.ac.jp/

〈報道に関する問い合わせ〉
東京大学 生産技術研究所 広報室
Tel:03-5452-6738
E-mail:pro(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)

月別アーカイブ