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柔らかなエレクトロニクスの実現に向けて[UTokyo-IIS Bulletin Vol.11]

エレクトロニクスの常識に挑む若きフロントランナー

 スマートフォンやパソコン、まばゆいデジタルサイネージ......。私たちの身の回りにはさまざまなエレクトロニクスデバイスがあふれています。ほとんどの人は、こうしたデバイスは伸縮性がなく固いものだという常識を当然のものとして受け入れています。しかし本所の松久 直司 准教授は「エレクトロニクス=固い」という常識に挑み、柔らかい(伸縮性のある)エレクトロニクスの実現を目指しています。

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柔らかいウェアラブルデバイスが拓く未来

 伸縮性エレクトロニクスの応用先として最も注目されているのがウェアラブルデバイスです。
 現在、スマートウォッチなどのウェアラブルデバイスが普及しつつあります。従来ならば1週間や1ヶ月に1回程度の頻度でしか得られなかったデータが24時間得られるようになり、心房細動やアルツハイマー病などを高い精度で早期発見できるというデータが次々と発表されています。ウェアラブルデバイスの重要性に対する認知が広がる中、普及に向けた大きな壁となっているのは、デバイスの「固さ」です。固いデバイスを身に付けられる場所となると、腕や指、耳など、体の一部に限定されてしまい、また、身につけるのに抵抗感を抱く人も少なくありません。
 皮膚と同じような機械特性を持つ柔らかいウェアラブルデバイスであれば体にピタッと貼り付くので、違和感が大幅に軽減されます。赤ちゃんや認知症の方など、デバイスをつける意味を認識するのが難しい方にも抵抗なく身につけてもらうことができるようになると期待されます。
 皮膚への密着性が向上することで、得られる生体信号の質が劇的に改善するというのも大きなメリットです。接触面積が大きくなると接着力が強くなり、皮膚の表面が動いてもうまく追従できるので、運動などによるノイズを大幅に軽減できます。将来的には、大面積のディスプレイとして活用することも可能になると考えられています。
 コロナ禍で在宅医療の重要性が改めて認識されました。今後高齢化が進むと医療機関に出向くことが難しいお年寄りや、医療を確保することができない地域がさらに増えると考えられています。医療者の負担軽減と高精度なヘルスケアモニタリングの両立が求められる中、柔らかいウェアラブルデバイスは今後ますます重要となってくるでしょう。

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ロボティクス分野でも活用が進む

 伸縮性エレクトロニクスは、ロボティクス分野での活躍も期待されています。
 なかでも注目されているのが、生物のような柔らかい動きを再現するソフトロボットです。ソフトロボットは、災害現場などでの活躍が期待されている技術です。災害現場では、決まった形の部品を扱う工場などとは異なり、がれきや廃棄物をつかんだり、バルブやレバーを回したり臨機応変な対応が求められるので、柔らかいハンドで包み込むように掴むことが求められます。ハンドの表面に柔らかいセンサーを設置することで、掴むものの固さや質感などを判断して、どれくらいの握力で持てば良いかなどの重要な情報を取得できます。ソフトロボットは柔らかい素材でできているので、人を傷つける心配が少ないという利点もあります。ソフトロボットの実現には、柔らかいエレクトロニクスが中心的な役割を果たします。

エレクトロニクスと人間のつながり方にも変革をもたらす

 松久准教授は、実用的な応用用途だけでなく、エンターテインメント分野での活用も視野に入れています。
 「今、皮膚に密着するディスプレイを開発していて、デジタルな化粧などに使えるんじゃないかと思っています。周囲の明るさに応じて自動的に色味が調節できたり、ドキドキしているような表情を作り出せたりとか、役に立つかどうかはわかりませんが、少なくとも面白いとは思ってもらえると思います。そういうところに実はすごい高性能な生体センサーが乗っていて、貼った場所から高精度な生体情報を取得できるというところまでつなげられたら、社会的なインパクトは大きいのではと思っています」

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開発中の、皮膚の皺にまで密着するディスプレイ。電源を入れると色が濃くなる。

 エレクトロニクスは固いものというイメージを打ち砕く柔らかいエレクトロニクスは、人間のエレクトロニクスに対する認識そのものを変える可能性があると、松久准教授は指摘します。
 「例えばぬいぐるみは、柔らかいから抱っこしようという気持ちが芽生えますが、固いパソコンを抱っこしたいとは思わないですよね。固いデバイスには非生物的な冷たいイメージがあり、どうしても異物感が伴います。しかし、エレクトロニクスデバイスが生体としての柔らかさを獲得することで、ぬいぐるみのような親しみやすさが生まれると思うんです。そうすると、コンピュータと自分の関係性や、エレクトロニクスと自分のつながり方、エレクトロニクスで得られたデータへの考え方などが変わってくるんじゃないかなと思います」

基礎から応用まで幅広い研究を展開。伸縮性エレクトロニクスの未来を切り開く

 松久准教授はこれまで、さまざまな分野の研究者との共同研究を通じて、1つの研究分野にとらわれない多彩な成果を発表してきました。そんな松久准教授が共同研究でもっとも重要視することは「人間的にお互いに魅力を感じること」だと言います。
 「人間的に仲良くなって、その人だから一緒に研究がしたいという関係になると、かなりうまくいくと感じています。ポスドクでスタンフォード大学にいた時も、ホームパーティで仲良くなった電池の研究者との共同研究が、伸縮性リチウムイオン電池の研究につながりました」

 基礎的な材料の開発から、本格実用化を念頭に置いたデバイスの構築まで、多様な研究を展開する松久准教授。今、特に力を入れている研究として次の2つを挙げました。
 「半導体というと固いシリコン材料が常識ですが、最近、フレキシブルな半導体が実用化されました。そのさらに次世代として伸びる半導体ができているので、そうした半導体を使った電子デバイスの開発に力を入れているところです。
 もう1つは、見ても触ってもまったくわからないような電子デバイスの開発です。皮膚と一体化するような特殊な処理を施していって、そこにあるのだけどないように感じるようなデバイスを作っています」

 松久准教授のポリシーは「伸びれば何でも使うこと」だと言います。松久准教授は「例えば無機物は、安定性は高いですが、柔らかさがありません。一方、有機物だと安定性の限界があります。伸縮性エレクトロニクスを実現するためには、必要な材料を適材適所で使う必要がありますので、さまざまな材料を使えるようになっておきたいです」と、伸縮性エレクトロニクスをさらに深化させるための意欲を語りました。


伸縮性ワイヤレスセンサ・ディスプレイ

ミニクロストーク:松久 直司 准教授 × 立間 徹 教授

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立間(→ ナノ材料で光を自在に制御する [UTokyo-IIS Bulletin Vol.11])
 研究として純粋に面白いだけでなく、役にも立つテーマで素晴らしいと思います。
 私たちの研究室では半透明な太陽電池や光センサー、量子ドットディスプレイなどの研究もおこなっています。今後そうしたデバイスにも伸縮性を持たせると面白そうです。

松久
 それはまさに今取り組んでいるテーマの1つです。柔らかい有機系材料と無機系の量子ドットを混ぜ合わせるなど、色々と方法はあると思っています。

立間
 材料のバリエーションが増えれば、活用の幅がさらに広がりそうですね。私たちが作っている金属や半導体のナノ粒子も、使えそうでしたらいつでも提供しますよ。

Reference

Tokihiko Shimura, Shun Sato, Peter Zalar and Naoji Matsuhisa"Engineering the Comfort-of-Wear for Next Generation Wearables"Advanced Electronic Materials (2022),
DOI: 10.1002/aelm.202200512

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