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カーボンニュートラル達成へ水素エネルギー[UTokyo-IIS Bulletin Vol.10]

シミュレーションと機械学習を駆使し、燃料電池自動車向けに軽量で低コストの水素タンクを開発。水素タンクの課題を解決し、水素エネルギー分野で日本を先駆者へ

約20年前から「水素社会の実現」を掲げる政府の主導の下、日本は水素で発電する燃料電池自動車(FCV)の研究開発で世界を牽引してきました。二酸化炭素を排出しない「究極のエコカー」ともいわれるFCV。本所の吉川 暢宏 教授は、最重要課題である高圧水素タンクの軽量化・低コスト化を目指し、シミュレーションや機械学習を駆使した研究開発に挑んでいます。2050年までにカーボンニュートラルを達成するには、FCVなどのエコカーの普及が不可欠ですが、革新的な高圧水素タンクの開発は、その普及に向けた重要な鍵の一つです。

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吉川 暢宏 教授は、東京大学の助教だった1990年頃、圧縮天然ガスを収容する燃料タンクの開発研究に着手しました。研究室の教授からの提案でしたが、その当時は、天然ガス用タンクの研究が後に環境保全の技術開発につながるとは想像もしていなかったそうです。

転機が訪れたのは、2010年代。政府が停滞する経済の起爆剤にと、水素エネルギーの研究開発に本腰を入れ、トヨタ自動車もFCVの開発を開始しました。「燃料タンクの研究者は当時、ほぼ私しかいませんでしたので、私に白羽の矢が当たりました。燃料タンクの研究を始めた頃は、このような形でお役に立てるとは全く考えていませんでした」と、吉川教授は振り返ります。

しかし、吉川教授によると、天然ガス自動車が普及して久しい北米や欧州の燃料タンクの研究は深化しており、日本に先行しています。欧米の技術とどのように差別化し、独自の技術を開発するかが課題でした。

吉川教授のアプローチは、シミュレーションを行い、高圧水素タンクがどのような状況下で、どのように壊れるかを正確に予測し、タンクの設計・製造に役立てるもので、「世界でも類を見ない研究」と言います。シミュレーションに用いる数理モデルは、「スーパーコンピューター京」(一時期、世界最速の記録を達成)をモノづくりに活用するプロジェクトに参加し、その正確性を大きく向上させました。

さらなる革新を目指すNEDOのプロジェクト

FCVは、エコカーとして多くの優位性を有しています。例えば、電気自動車(EV)が充電に30分ほどかかるのに対し、FCVの水素タンク充填は数分で済みます。また、長距離トラックなどの大型車両には、バッテリーに比べて非常に軽い水素タンクが適していると言われています。

しかし、優位性があるにもかかわらず、日本のFCV普及は限定的です。一般社団法人 次世代自動車振興センターによると、2020年3月現在、個人が所有するFCVは5,170台にとどまり、EVの個人所有台数(12万3,706台)に普及率では水をあけられています。水素ステーション数も2022年3月現在、161と少なく、EVの充電ステーション数(21,198)の130分の1程度です。

高価な水素を使用する点が、FCV普及への足かせになっているのも否めません。それに加え、水素タンクの素材である炭素繊維強化プラスチック(CFRP)も高価なうえ、大量に使用すると重くなるという課題もあります。一方、水素タンクは、気圧の700倍相当である70MPaの高圧水素を収容するため、CFRPを大量に使用し耐圧性を高めて製造することが求められてきました。コスト・重さと安全性は、トレードオフの関係にあるのです。

吉川教授の研究は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトを通して、このトレードオフ解消に挑みます。

開発を目指す高圧水素タンクは、樹脂製の円筒体容器で、両端がお椀状の形状(一方の端に口金、もう一方にはバルブの構造)です。その上に炭素繊維を数万本まとめたテープをグルグル巻きつけて補強します。傷防止のためガラス繊維強化プラスチックを使用した上で、高温で加熱し、樹脂を固めて作ります。タンクの部位によって強度はまちまちですが、弱い部分を標準としてCFRPが巻きつけられます。そのため、強度の高い部分には必要以上にCFRPが巻きつけられることになります。

吉川教授は、「自動車は軽量なほど燃費が良くなります。軽量化にはCFRPの使用量を最低限にすることが必須なので、シミュレーションを行い、タンクの最も弱い部分がどのように、いつ破壊するかを正確に予測し、最軽量のタンクを作ることを目指します」と説明します。

「最軽量のタンク」を利用するには、安全性についての発想を根本的に見直すことを余儀なくされます。自動車をインターネットでつなぎ、センサーを利用して欠陥が起こる予兆を見逃さないモニターシステムを構築できれば、破壊する前にタンクを交換することができるようになる、という発想が必要なのです。

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水素タンクの強度評価。シミュレーション解析、設計、水素タンク実物の破裂実験を繰り返す。
Photo by Gottingham

メゾスケール解析でタンクの強度を予測

吉川教授は、メゾスケール(ナノより大きいがミクロンより小さいスケール)で燃料タンクの破壊を解析しています。これまで開発してきた複合材料強度信頼性評価シミュレーター「FrontCOMP」を使い、炭素繊維の束と樹脂の二つの強度モデルに基づく強度解析を行い、より正確な強度の評価、破裂圧力の評価を実現させます。

二つの強度モデルを使用するのは、材料の混在が解析作業を難しくしているからです。
タンクを補強する、数万本程度にまとめられた炭素繊維は、樹脂を高温で溶かして固められます。つまり、硬い炭素繊維と、柔らかく柔軟性がある樹脂が混在することになります。柔らかい樹脂がゆっくりと破壊され、その後に炭素繊維がプッツリと破断するというメカニズムの把握が重要になります。

また、炭素繊維を巻き付ける過程でずれが生じたり、加熱の際に隙間ができたりする欠陥が生じますが、同シミュレーターでは、欠陥が燃料タンクに与える影響を評価することも可能です。そうすることで、最適な燃料タンクの設計・製造につながります。

水素タンクに巻き付けた炭素繊維束の強度評価シミュレーション。
タンク内の圧力が上がるにつれて炭素繊維の束にひずみが生じる(緑色の部分)。特に、炭素繊維の束の重なった部分には複雑なひずみが生じ(赤色の部分)、内側から切れていく。

元教え子と協力し、機械学習を採用

吉川教授は、東京大学大学院工学系研究科で指導した元教え子が設立したベンチャー、株式会社SUPWAT(NEDOプロジェクトにも参加)と協力し、機械学習を研究に採用しています。

吉川教授は、「樹脂のタンクにCFRPを巻き付けるパターンも非常に多いので、人間の力だけでは解析が難しい。機械学習を使って、どの部分で、どれだけCFRPが削減できるかを特定しようとしています」と、機械学習の有用性を説明します。「将来的には、シミュレーターや機械学習の要素を含むソフトウェアを作成し、希望すれば、どの製造者もタンクの製造に利用できるようにしたいと思います。そうすることで、水素タンクの研究がさらに前に進むと期待します」

今後の抱負は、少なくとも28年後まで生きて、2050年に日本がカーボンニュートラルを達成できたかどうかを確認することだそうです。「もし、FCVがそれまでに普及していたら、空気はもっとクリーンになり、自動車からの騒音もずっと改善されているはずです」と、ワクワク感を語ってくれました。

(記事執筆:(株)J-Proze 森 由美子)

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・関連リンク
吉川 暢宏 研究室 ウェブサイト
http://www.young.iis.u-tokyo.ac.jp/

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