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【記者発表】地球温暖化で赤い雪が広がる?~微生物が引き起こす赤雪現象を、地球まるごとシミュレーション~

○発表者:
大沼 友貴彦(東京大学 生産技術研究所 特任研究員)
芳村 圭  (東京大学 生産技術研究所 教授)
竹内 望  (千葉大学 大学院理学研究院 教授)

○発表のポイント:
◆低温で育つ藻類が繁殖して雪の表面が赤くなる「赤雪」が各地で起きており、積雪や氷河の融解を加速させると問題視されている。今回、世界各地の赤雪の発生を予測する数値シミュレーションに世界で初めて成功した。
◆赤雪の発生は、主に降雪頻度と融雪期間に依存することが分かった。また、地球温暖化によって赤雪の発生時期が早まり、発生地域が広がる可能性が示唆された。
◆今後もモデル開発を続け、赤雪がもたらす雪氷圏および気候変動への影響を評価していく。

○発表概要:
 雪氷藻類(注1)は、世界中の氷河や積雪上に繁殖している光合成微生物です。アスタキサンチンという赤い色素を細胞内に貯め込む雪氷藻類が大繁殖すると、雪が赤く染まったように見える「赤雪」と呼ばれる現象が起こります(図1)。雪の表面が赤くなると太陽光が吸収されやすくなり、積雪の融解が加速することや、雪の中の有機炭素量の増加により地球全体の炭素循環が変化することから、赤雪が気候に与える影響が問題視されてきました。
 東京大学 生産技術研究所と千葉大学 大学院理学研究院の共同研究グループは、全球の赤雪発生を予測する数値モデルを構築し、世界初の赤雪の全球シミュレーションに成功しました。シミュレーションの結果は、世界各地で報告されている赤雪発生の時期や分布を概ね再現できていました。また、世界各地の赤雪の発生が、降雪頻度と融雪期間に依存して決まることも分かりました。
 近年の地球温暖化によって赤雪の発生時期の早期化、発生地域の拡大が示唆される一方、微生物活動による積雪や氷河の融解や炭素循環の変化が気候変動へ与える影響も懸念されています。今後、本シミュレーションを活用して、微生物活動がもたらす気候変動への影響を解明できるようになることが期待されます。
 なお、本成果はアメリカ地球物理学連合が発行するオンライン学術雑誌「Journal of Geophysical Research: Biogeosciences」(2月2日発行)に掲載されました。

○発表内容:
<研究の背景>
 世界各地の高山や氷河上の積雪中には、寒冷環境に適応した雪氷藻類と呼ばれる光合成微生物が繫殖していることが知られています。雪氷藻類のうち、アスタキサンチンという赤色の色素を細胞内に含んでいる藻類の大繁殖は、積雪を赤く染める赤雪と呼ばれる現象を引き起こします。赤雪は北極から南極にかけて世界中で近年発生しており、その規模は衛星画像からでも確認できるほどです。積雪の色が赤くなると、雪面の反射率(アルベド)が白い雪面に対して約15%低下するため、赤雪の発生は積雪や氷河の融解を加速させると考えられています。赤雪の実態を明らかにすることは、地球温暖化で近年急激に融解している積雪域や氷河質量の変動を正確に把握することに加えて、それらの変動を通した気候への影響を解明する上で重要です。しかしながら、この赤雪がいつどこで発生するのかという疑問については、明らかになっていないことが多く、明確な答えはこれまで出ていませんでした。

<研究内容・結果>
 そこで東京大学 生産技術研究所と千葉大学 大学院理学研究院の共同研究グループは、世界各地の赤雪発生を予測する数値モデルSnow algae modelを構築(図2)し、同モデルと陸面過程モデルMATSIRO(注2)を組み合わせて、赤雪の発生日を全球でシミュレーションしました(図3)。シミュレーションの結果、赤雪は6月ごろから北半球の中緯度で発生し始め、8月になるとグリーンランドでも発生し、北半球では季節の進行とともに赤雪の分布が北上していることが初めてわかりました。一方、南半球では季節が春から夏に進むとともに赤雪の分布が南米やニュージーランドから南極へと南下していました。これらの赤雪発生の季節や分布は先行研究の赤雪報告例とも一致しており、本研究のSnow algae modelが信頼できる赤雪の分布を全球規模で計算していることを示しました。これまで赤雪の報告例のほとんどないロシア北部やカナダ北部ではモデルでも同様に赤雪が発生しておらず、この理由としてこれら地域の降雪頻度と融雪期間が赤雪の発生条件を満たさなかったためと考えられました。今回の全球シミュレーションは、主に降雪頻度と融雪期間に依存して世界各地の赤雪の発生が決まることを示唆しています。

<社会的意義・今後の予定>
 本研究では、全球の赤雪発生を予測する数値モデルを開発し、世界で初めて赤雪発生の全球シミュレーションを実施しました。シミュレーションの結果は世界各地で報告されている赤雪発生の時期や分布を概ね再現できていた一方で、夏季に降雪が頻繁に発生するヒマラヤのような高山地域や沿岸の積雪地域ではモデルの予測する赤雪発生日の不確実性が比較的高いこともわかっています。この課題を解決するためには、今後も引き続き、現地あるいは衛星画像観測で得られたデータに基づいたモデル開発を継続して行うことが重要です。赤雪は藻類の大繁殖で発生するため、雪面のアルベドを低下させる以外にも、積雪内での有機炭素量の増加を起こします。本研究のシミュレーションでは、近年の地球温暖化によって赤雪の発生時期の早期化、発生地域の拡大が示唆され、微生物活動による積雪や氷河の融解や炭素循環の変化を通した気候変動への影響も懸念されます。赤雪が及ぼす気候変動への影響も本研究のモデルによって評価することができれば、社会にとって有益な情報を提供できることが期待されます。

 なお、本研究は、文部科学省統合的気候モデル高度化研究プログラム(TOUGOU, JPMXD0717935457)、北極域研究推進プロジェクト(ArCS, JPMXD130000000)、北極域研究加速プロジェクト(ArCS II, JPMXD1420318865)、及びJSPS科研費(JP23221004, JP26247078, JP26241020, JP16H01772, JP16H06291, JP19H01143, JP20K19955)、スペイン研究開発助成(CTM2014-56473-R)の支援を受けて行われました。

○発表雑誌:
雑誌名:「Journal of Geophysical Research: Biogeosciences」(2月2日発行)
論文タイトル:Global Simulation of Snow Algal Blooming by Coupling a Land Surface and Newly Developed Snow Algae Models
著者:Yukihiko Onuma*, Kei Yoshimura*, Nozomu Takeuchi
DOI番号:10.1029/2021JG006339

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
特任研究員 大沼 友貴彦(おおぬま ゆきひこ)
Tel:04-7136-6965  Fax:04-7136-6965
E-mail:onuma(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
URL:https://isotope.iis.u-tokyo.ac.jp/

○用語解説:
(注1)雪氷藻類
 光合成で繁殖する微生物(藻類)の中でも、雪氷上で繁殖するものを雪氷藻類と呼ぶ。雪氷藻類は世界各地の氷河や積雪上に広く分布し、1~5℃程度の低温環境でも生息可能な極限環境微生物である。

(注2)陸面過程モデルMATSIRO
 東京大学、国立環境研究所、海洋研究開発機構が共同で開発している全球気候モデルMIROCの陸面物理過程を計算する数値モデル。MIROCを含めた気候モデルの解説は、https://adaptation-platform.nies.go.jp/materials/e-learning/study/el-glossary_03_01.html?font=standard

○添付資料:
図1_大沼.png
図1 世界各地で発生する赤雪現象と赤雪を発生させる微生物
 赤い雪を発生させる雪氷藻類Sanguina nivaloidesの顕微鏡写真(a)、アラスカのハーディング氷原で確認された大規模な赤雪現象(b)、世界各地で報告されている赤雪の発生地域(c)。(c)の赤色の円と白抜きの実線の円は、本研究のモデル検証地域を意味する。両者の円では観測頻度が異なり、それぞれ時系列と赤雪発生日のみの観測値が取得された地域を示す。白抜きの破線の円は、赤雪の発生が報告されているものの、本研究で利用した雪氷藻類について観測値が存在しない地域。

図2_大沼.png
図2 本研究で開発したSnow algae modelの概念図
 本研究では、融雪期間に応じて微生物が増殖する過程を再現した従来のモデル(上段)、光合成が可能な日中のみに藻類の繫殖を限定する過程を従来のモデルに導入したモデル(中段)、降雪被覆による繫殖抑制過程を中段のモデルに導入したモデル(下段)の3つを、現地での観測値との比較検証で利用した。図の黒色の破線は藻類の繁殖可能な層(積雪の上部2cm)を意味する。下段モデル内の水色の点線は、降雪によってできた新雪の層を示し、一部の藻類細胞(白円)は計算結果から除外される。モデルによる藻類細胞濃度の計算は1時間ごとに行った。

図3_大沼.png
図3 本研究のモデルでシミュレーションした赤雪発生日の全球分布(1980-2014年の平均値)
 モデルの生物パラメータ(初期細胞濃度X0、細胞増加率µ、繁殖上限値K)のうち初期細胞濃度が高いケースでのシミュレーション結果(図2の下段モデルを使用)。図のカラーバーは1月1日からのユリウス日を示す。図では、赤い色の地域ほど赤雪の発生日が1月から数えて早く、北半球と南半球ともに春から夏にかけて赤雪が発生していることを意味している。北半球と南半球では、それぞれ北上あるいは南下するにつれて赤雪の発生日が春から夏へと遅くなる傾向がみられる。

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