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独創的な課題解決 [UTokyo-IIS Bulletin Vol.8]

ポストコロナを見据え、日本初の全国人流データ基盤を開発へ

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新型コロナ感染症の大流行の中で、人流を減らすことがウィルス感染症の拡大を抑えることにつながるとの理解が広がりました。本所の関本 義秀 特任教授 (空間情報科学研究センター 教授兼任)は、入手可能なデータを活用して日本全国の人流の擬似データを作るという意欲的なプロジェクトに取り組んでいます。この方法によれば、全地球測位システム(GPS)のデータ利用に伴う「プライバシー保護」という難問を回避し、研究者間で解析結果などを共有できるようになります。

人間都市情報学を専門とする関本特任教授は、東日本大震災前後の首都圏の人流をGPSデータで追跡するなど、都市部での人流の研究を行ってきました。しかし、2010年代後半以降、プライバシー保護の問題からGPSデータを共有することの難しさに何度も直面したといいます

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東日本大震災発生時の人の流れ

「携帯電話のGPSデータは様々な事象を発見するのに便利です。しかし、個人情報の取り扱いには厳格な規制があり、データを加工したとしても、他の研究者と共有することができないのです。広く共有できる、共有財産としての人流データは存在しないということになります」

そこで関本特任教授は、同様の精度は期待できないにしても、GPSデータに代替できるものがないか模索し続けたそうです。その最中に発生したのが、人流の把握が感染対策として重要になる新型コロナ感染症です。関本特任教授は、人の行動をシミュレーションする擬似データ(人流リプリカ)が解決策になると、素早く行動に移しました。

擬似データの有用性を実証

関本特任教授の研究チームはすでに、富山・静岡両県で人流の擬似データを作成しています。国勢調査から地域の人口の年齢、性別などの情報を入手し、建築物や交通機関に関するオープンデータや低コストで入手できるデータを活用し、エージェントモデルと呼ばれる、シミュレーションに採用するモデルを設定しました。採用したモデルは、朝に家を出て、夕方に戻る「通勤者モデル」、スーパーなど近隣を訪れる傾向がある「主夫・主婦モデル」、小中高校に通学する「学生モデル」です。

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富山県全域の人の動きを可視化(正午、平日)

「この方法で作成された擬似データの再現精度は、実際のGPSデータと比べ0.75の相関係数がありました。ある地域の特定時間帯で高精度な交通量の再現にも成功しています」 (相関係数とは、2種類のデータの関係を示す指標で、1.0が完全な一致)

今後は、相関係数を0.9まで高めることを目指しながら、年内に全国の初の擬似人流データを完成する予定です。精度向上のために、通勤者の職場など、モデルが訪れると推定される場所をさらにシミュレーションに設定。「高齢者」などモデルの数も増やしていく予定です。

また、擬似人流データに基づいた都市のデジタルツイン(実際の空間を仮想空間で再現したもの)を準備中で、コロナ禍やその後も研究者に利用してもらおうと考えています。

様々な応用が可能

「数百万人規模の人流を追跡したい」と、関本特任教授が人流の研究を始めたのは、2008年に「人の流れプロジェクト」が空間情報科学研究センターで始動してからでした。

当時はGPSデータが普及しておらず、人流を把握するためにアンケート調査の結果を活用したそうです。2010年代にGPSデータが活用できるようになってからは、東日本大震災や熊本地震など4つの震災での避難状況を分析したほか、ヒト間の接触状況がコロナ感染拡大にどのような影響を与えたかを研究しました。しかし、研究者間のデータ共有の難しさが繰り返し、障壁として立ち塞がったと言います。

一方、擬似データは研究者間で共有できるため、感染症の抑制や災害対策など様々な科学分野の発展に寄与できる期待が高まります。この擬似データは、2022年3月までに研究者に無料で提供を開始する予定です。

擬似データはまた、国境を超えて活用できます。関本特任教授は、アジアの国々で研究を行った際、現地携帯電話会社とGPSデータの扱いについて覚書(MOU)を交わし、データの国外持ち出し禁止などの制約を受けてきましたが、「擬似データを使用すれば、世界中の研究者で共有できることになります」と、その有用性に自信を見せます。

3次元デジタルツインで都市情報学を進展

デジタルツインの構築も、関本特任教授の研究分野の一つです。現在取り組んでいるのは、高速、3次元、ホットスタンバイ(同じ構成のデータを予備にスタンバイさせる)デジタルツインの作成で、ユーザーは3次元のデジタル地図を見ながら、クリック一つで詳細な関連データを閲覧することができるようになります。必要なソフトウェアは自ら開発中です。

関本特任教授の活動はキャンパスにとどまりません。自身が代表理事を務める一般社団法人 社会基盤情報流通推進協議会は、社会インフラ関連データの収集や流通の促進に尽力しています。同協議会は、2021年7月3日に静岡県・熱海市で発生した土石流の情報をいち早く発信しています。

また、生研の元教え子、前田紘弥さんが社長を務めるベンチャー企業、株式会社 アーバンエックステクノロジーズでは取締役に就任。同社は携帯電話やドライブレコーダーで撮影した画像データを人工知能(AI)で分析し、道路の保守管理用に提供しています。同社の技術は、前田さんが関本特任教授の指導の下、大学院で開発した技術に基づいています。

前田さんに関本特任教授の印象を尋ねると、「とてもきさくで、興味深い研究に導いてくれる先生」とのこと。関本特任教授は、「きっと大学教授の威厳がないのでしょう」と笑いつつ、「ただ、学生との間に不必要な壁は作らないように努めています。自由な雰囲気で研究をしてもらいたいですから」と、インタビューを締め括ってくれました。

(記事執筆:(株)J-Proze 森 由美子)

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