ニュース
ニュース
プレスリリース
【共同発表】感染拡大リスクを下げるための携帯電話の活用に関する研究開発~プライバシーに配慮した次世代型接触確認システムの実現に向けて~(発表主体:北見工業大学)

〇ポイント:
•新型コロナのパンデミックに際して公開された接触確認アプリCOCOAには、「利用率が増えない限り機能しない」、「一部の感染しか検知できない」、「誤検知が多発する」、「保健所の負担を増大させる」といった多くの問題がありました。
•北見工業大学を中心とした研究グループは、携帯電話の位置情報を感染者や住民のプライバシーに配慮した形で利用することで、アプリの利用率に依存せず、多彩な感染様式にも対応した手法の開発をパンデミック以前より進めてきました。
•今回採択された論文に示された研究成果を実際の感染症対策へと応用していくためには更なる研究開発を要しますが、COCOAのような「Bluetooth型」の接触確認アプリの課題を克服した新技術として、今後の発展が期待されます。

〇概要:
 北見工業大学(学長:鈴木聡一郎)の奥村貴史教授、升井洋志教授、東京大学 空間情報科学研究センター関本義秀教授(東京大学 生産技術研究所 特任教授)、東京大学 大学院人文社会系研究科大向一輝准教授、情報・システム研究機構 データサイエンス共同利用基盤施設 ライフサイエンス統合データベースセンター山本泰智特任准教授を中心とした研究グループは、この度、携帯電話を用いて感染拡大リスクを下げる新たな接触確認技術CIRCLE法(Computation of Infection Risk via Confidential Locational Entries)を提案し、その成果がIEEE Access誌に掲載されました。
 この手法は、厚生労働省の支援により奥村貴史教授のグループがパンデミック以前より研究を進めていたもので、「プライバシーに配慮しながら、地域住民に感染のリスクを通知する」という、解決が期待されてきた問題に答えたものです。今回の研究により、提案手法が、現在の接触確認アプリと比べて感染対策上多くの利点を有していることが示されました。本研究を発展させることにより、今後、わが国の感染症対策をより効果的、効率的なものとすることが期待されます。

〇研究の背景:
 新型コロナウイルス感染症の感染リスク軽減に向けて、政府はCOCOAと呼ばれる携帯アプリを公開してきました。COCOAを起動しているスマートフォン同士では、「Bluetooth」と呼ばれる短距離無線技術を介し、お互いの端末が近くにあったことを記録します。この記録を用いることで、利用者の誰かに感染が判明した際、感染者との過去の接触の有無を確認することが可能となります。そして、この処理がすべて匿名でなされることにより、利用者のプライバシーを守りつつ、社会における感染リスクの軽減が実現すると期待されてきました。
 しかし、この方式は新型コロナウイルス感染症の対策としては、問題が多いものでした。まず、同方式では「1m以内で15分間接触した」という情報のみを記録するため、気流に乗って感染するケースや、換気不良により感染するケースを検知することが出来ません。ドアノブなど共通して触るものを介した「接触感染」の検出も困難です。また、通勤電車のように近距離で長時間を過ごすにも関わらず対話はないため感染しにくい接触を大量に誤検知してしまう懸念もあります。これは、患者や接触者の対応に追われる保健所の負担をさらに増やすことになり、地域の感染対策に多大な不利益が生じます。
 2009年に発生した新型インフルエンザ以降、公衆衛生学分野において、普及率の高い携帯電話を有効に活用した感染対策手法の実現が模索されてきました。そうした試みのひとつとして、厚生労働省の所管する国立研究所である国立保健医療科学院において、2017年頃より、プライバシーに配慮しながら効率的な感染リスク通知を可能にするための携帯電話の活用についての研究が奥村教授(2018年5月に本学赴任)を中心として進められてきました。

〇研究の詳しい内容:
 今回掲載されたCIRCLE法(Computation of Infection Risk via Confidential Locational Entries)では、公衆衛生当局は、携帯電話会社に対して、秘密保持契約を締結したうえで、匿名化した患者の行動履歴を提供します(図1)。住民が感染を懸念した際は、そのリスクを携帯電話会社に問い合わせます(①)。携帯電話会社は、この利用者の携帯電話の位置情報履歴と患者行動履歴とを用いて接触の有無を計算し(②)、結果のみを利用者に回答します(③)。感染の可能性が高い場合は、保健所に問い合わせを行い、診察や検査などの対応を行うことになります。この方法では、公衆衛生当局は、患者の行動履歴を一般公開する必要がありません。また、住民側は、自らの位置情報履歴を不必要に行政に渡す必要がありません。
 この手法は、携帯電話を保有する住民それぞれに対して、新型コロナウイルスだけにとどまらず、麻疹(はしか)や結核といった、感染力が強く特別な対応が求められる感染症に罹患したリスクを、患者・利用者双方のプライバシー情報を守りながら通知するための仕組みです。この方法は、携帯電話会社が保有する携帯電話の位置情報履歴と、保健所が保有する陽性患者の行動履歴を用いるもので、感染症対策においてBluetooth法と比較し、多くの利点を有しています。一方、この方式には、携帯電話の位置情報履歴が粗い場合、実際に接触していない多くの住民を感染リスクがあるものと過剰に判定してしまう課題がありました。今回刊行された論文では、特性の異なる接触リスク計算を組み合わせることにより、計算に要するコストを抑制しながら、高精度な接触リスク計算が可能であることを示しました(図2)。

図1_関本研.png
図1:CIRCLE法 概略
陽性患者の行動履歴と携帯電話位置情報をもとに、接触リスクを計算し住民に通知する

図2_関本研.png
図2:多段階の接触リスク計算
接触リスク計算を多段階化し、リスクの高い住民のみを対象に高精度計算を行う
1段目フィルタ/ 患者移動情報と住民の携帯電話基地局情報との照合
2段目フィルタ/ 患者移動情報と住民の携帯基地局、GPS、Wi-Fi接続等多種情報の照合
3段目フィルタ/ 患者移動・行動情報と住民の詳細移動・行動情報の照合

〇今後の展開:
 COCOAが採用しているBluetooth方式とCIRCLE法は、感染リスクの管理手法として相補的な特性を有しています。Bluetooth方式は住民の多数がアプリを利用しなければ機能しませんが、CIRCLE法はアプリをインストールすることなく動作します。CIRCLE法では、Bluetooth方式ではカバーできない、ドアノブを介した感染や換気の悪い密閉空間における接触リスクを検知することができますが、Bluetooth方式のように実際の接触を検知することはできません。今回、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)より研究助成を受け、本方式の実用化に向けた研究を進めました。今後、地方自治体などとの協力を通じて研究を進めることで、感染症対策の効率化への貢献が期待されます。

〇論文について:
掲載誌: IEEE Access
タイトル: Computation of Infection Risk via Confidential Locational Entries: A precedent approach for contact tracing with privacy protection
著者:網淳子、石井邦宙、関本義秀、升井洋志、大向一輝、山本泰智、奥村貴史
URL: https://ieeexplore.ieee.org/document/9448278
DOI: https://doi.org/10.1109/ACCESS.2021.3087478
受理原稿公開日: 2021年 6月 8日 (オンライン公開)

〇お問い合わせ先:
(研究内容について)
北見工業大学 工学部 教授・保健管理センター長 奥村 貴史
E-mail: tokumura(末尾に@mail.kitami-it.ac.jpをつけてください)

東京大学 空間情報科学研究センター 教授/生産技術研究所 特任教授 関本 義秀
E-mail: sekimoto(末尾に@iis.u-tokyo.ac.jpをつけてください)

東京大学 大学院人文社会系研究科 准教授 大向一輝
E-mail: i2k(末尾に@l.u-tokyo.ac.jpをつけてください)

情報・システム研究機構 データサイエンス共同利用基盤施設
ライフサイエンス統合データベースセンター 特任准教授 山本 泰智
E-mail: yy(末尾に@dbcls.rois.ac.jpをつけてください)

一般社団法人社会基盤情報流通推進協議会 石井邦宙
E-mail: khr.ishii(末尾に@aigid.jpをつけてください)

月別アーカイブ