○発表のポイント:
◆広い流路の底面に高感度の光センサーを並べ、検出領域を2次元に拡張した新しい細胞検出技術を開発しました。
◆レーザーを照射してからわずかに時間を置いて細胞からの蛍光を捉えることで、光学フィルターを使わずに蛍光を検出し、複数の光センサーを用いて個々の細胞や細胞塊を同時に高速検出することに成功しました。
◆大きさや形の異なる細胞や細胞塊を含む複雑な試料を高速に分析できることから、血液中のがん細胞の検出によるがん診断など、新しい細胞解析・診断技術への応用が期待されます。

2次元フローサイトメトリーの概念図
○概要:
東京大学 生産技術研究所の金秀炫准教授らの研究グループは、時間ゲート(注1)型SPAD(単一光子アバランシェダイオード)(注2)アレイを用いた「2次元フローサイトメトリー(注3)」を開発しました(図1)。
2次元フローサイトメトリーでは、広いマイクロ流路(注4)の底面に半導体集積回路上に作成した時間ゲート型SPADのアレイを配置し、細胞の検出領域を2次元に拡張しました。パルスレーザー照射後の蛍光寿命(注5)を利用した時間領域分離により、光学フィルターを使わずに細胞からの蛍光を検出し、複数のSPADで個々の細胞や細胞塊を同時並列に高速検出することに成功しました。本技術により、大きさや形の異なる細胞や細胞塊を含む複雑な試料を高速に検出できることから、血液中のがん細胞の分析によるがん診断など、新しい細胞分析・診断技術への応用が期待されます。

図1:2次元フローサイトメトリーの概念図。
○発表者コメント:金 秀炫 准教授の「もしかする未来」
フローサイトメトリーは、細胞を高速に解析できる非常に強力な技術ですが、従来の装置では細胞を狭い検出領域に集束させる必要があります。本研究では、半導体集積回路上でアレイ化された検出器を用いることで、細胞を無理に一点へ集めることなく広い領域で検出するという、新しい考え方を提案しました。今回の研究では、単一細胞だけでなく細胞塊も検出できることを示しました。今後さらにSPADアレイを大規模化することで、より高速かつ大規模な細胞解析が可能になると考えています。将来的には、血液などの複雑な生体試料を対象として、これまで見逃されていた細胞や細胞塊の特徴を高速に解析できる技術へ発展させたいと考えています。
金 秀炫 准教授の研究者プロフィール
○発表内容:
東京大学 生産技術研究所の金 秀炫 准教授らの研究グループは、時間ゲート型SPAD(単一光子アバランシェダイオード)アレイを用いた「2次元フローサイトメトリー」を開発しました。
フローサイトメトリーは、液体中に分散した細胞を一つずつ高速に解析する技術で、免疫学、感染症研究、がん研究など幅広い分野で利用されています。一般的な装置では、細胞を細い流路の中の限られた検出位置に集め、レーザーを照射して細胞から発生する蛍光などを検出します。しかし、細胞の大きさや形が異なる試料や、複数の細胞が集まった細胞塊を解析する場合には、細胞を一つの検出位置に集めることが課題となります。
そこで本研究では、広いマイクロ流路の底面に6×16、計96個の時間ゲート型SPADをアレイ状に配置し、細胞の検出領域を2次元に拡張しました(図2)。これにより、細胞を狭い領域に集束させることなく、広い流路を流れる個々の細胞や細胞塊を複数の光センサーで同時並列に検出できるようにしました。さらに、パルスレーザー照射後の蛍光寿命を利用した時間領域分離により、光学フィルターを使わずに細胞からの蛍光を検出しました。レーザー照射直後の強い励起光を避け、数ナノ秒遅れてSPADを作動させることで、細胞からの蛍光を選択的に検出できます。

図2:2次元フローサイトメトリーの動作原理(左)と製作したデバイス(右)。
蛍光標識した細胞を用いた実験では、単一細胞だけでなく、複数の細胞からなる細胞塊も検出できることを実証しました(図3)。また、同じ細胞が複数のSPADを通過する際に得られる信号の時間差から、細胞の移動速度を推定できることも示しました。さらに、毎分1 mLの流量で細胞を検出できることを実証しました。時間分解能を高めることで、毎分1 mLの流量において61.4 µsの時間分解能で流れる細胞の蛍光信号を検出しました。

図3:2次元フローサイトメトリーを用いた個々の細胞や細胞塊の検出。マイクロ流路内を流れる細胞および細胞塊の様子(上段左)と96個のSPADで検出された蛍光信号(上段右)。細胞(下段左)および細胞塊(下段右)が流れる様子と、それぞれに対応する蛍光信号の拡大図。
本技術は、大きさや形の異なる細胞や細胞塊を含む複雑な試料を高速に検出できる新しいフローサイトメトリー方式です。今後、SPADアレイの大規模化や検出性能の向上により、血液中のがん細胞の分析によるがん診断など、生物医学研究や臨床診断における新しい細胞分析・診断技術への応用が期待されます。
○発表者・研究者等情報:
東京大学
生産技術研究所
金 秀炫 准教授
飯塚 邦彦 シニア協力員
田子 沙織 学術専門職員(研究当時)
藤井 輝夫 教授(研究当時、現東京大学 総長)
大学院工学系研究科精密工学専攻
三上 昇悟 修士課程(研究当時)
○論文情報:
〈雑誌名〉Biosensors and Bioelectronics
〈題名〉Two-dimensionally expanded flow cytometry with an array of time-gated single photon avalanche diodes
〈著者名〉Kunihiko Iizuka, Shogo Mikami, Saori Tago, Teruo Fujii and Soo Hyeon Kim*
〈DOI〉10.1016/j.bios.2026.119290
○研究助成:
本研究は、日本学術振興会 科研費JP24K03302、JP23H03865と、科学技術振興機構 さきがけJPMJPR17H3の支援により実施されました。
○用語解説:
(注1)時間ゲート
特定の時間だけ検出器を動作させる方式です。本研究では、パルスレーザーを照射した直後の強い励起光を避けて、その後の特定の時間だけSPADを作動させることで、励起光の影響を抑えながら細胞からの蛍光を選択的に検出することができます。
(注2)SPAD(単一光子アバランシェダイオード)(Single-Photon Avalanche Diode)
光子1個レベルの非常に微弱な光を高感度に検出できる半導体光センサーです。光子が入射した際に生じる電子を増幅して電気信号として検出するため、微弱な蛍光を高速かつ高感度に検出することができます。
(注3)フローサイトメトリー
液体中に分散した細胞などを一つずつ高速に検出し、細胞の大きさや蛍光などの特徴を解析する技術です。
(注4)マイクロ流路
細胞や微粒子などを含む液体を、数十~数百マイクロメートル程度の微細な流路の中で制御して流すための構造です。微量の試料を扱いながら、細胞の移動や反応、検出などを精密に制御できるため、細胞分析や診断などの研究に利用されています。
(注5)蛍光寿命
物質が光を吸収した後、蛍光を発して元の状態に戻るまでの平均的な時間を指します。
○問い合わせ先:
〈研究に関する問い合わせ〉
東京大学 生産技術研究所
准教授 金 秀炫(きむ すーひょん)
Tel:03-5452-6482
E-mail:shkim(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
金 秀炫 研究室