〇概要:
京都大学大学院エネルギー科学研究科 澄川 貴志 教授、杉坂 浩太 同博士課程学生、東京大学 生産技術研究所 梅野 宜崇 教授、山梨大学大学院総合研究部 島 弘幸 教授、名古屋大学未来材料・システム研究所 荒井 重勇 特任准教授らを中心とした研究チームは、数百ナノメートルサイズの金属単結晶に対する引張圧縮疲労試験を実現し、転位の枯渇により高い疲労耐性が発現する機構を明らかにしました。さらに、この知見を基に、金属単結晶にナノメートルサイズの孔を周期的に設けたナノ構造化金属メタマテリアルを作製し、均質材に比べて相対密度を約半分に抑えながら、約2倍の疲労耐性を示すことを実証しました。
金属が繰り返し負荷を受けると、結晶内部では原子配列が局所的に乱れた領域(転位注1)が集まり、自己組織化した疲労転位構造が形成されます。この構造が、疲労破壊のきっかけとなるき裂の発生につながります。また、材料中に孔を空けると、その周囲に力(応力)が集中して疲労破壊が起こりやすくなるため、従来の材料設計では孔をできるだけ避けることが一般的でした。
本研究では、金属単結晶中にナノメートル間隔で周期的に孔を配置すると、転位は孔の表面から生じる力学的作用によって材料の外へ放出され、内部の転位が枯渇することを明らかにしました。その結果、疲労破壊の発生につながる転位の自己組織化が抑えられ、軽量化と高い疲労耐性を両立できることを示しました。これまで強度上の弱点と考えられてきた孔を逆に積極的に利用するという、金属疲労における材料設計の常識を覆す成果であり、軽量で壊れにくい材料を実現するための新たな設計概念として幅広い応用が期待されます。
本研究成果は、2026年8月23日(中央ヨーロッパ夏時間)に国際学術誌『Advanced Materials』にオンライン掲載されました。

数百ナノメートルサイズの孔を周期的に配列させた金属単結晶(ニッケル(Ni))。繰り返し負荷によって転位は周囲の表面から放出され、材料内部では転位の枯渇を生じ、高疲労耐性化が実現できる。(作成者:杉坂 浩太(澄川研究室)、澄川 貴志、撮影者:杉坂 浩太)
1.背景
金属材料は、一度では破壊しない小さな力であっても、その力を繰り返して受けることで破壊に至ることがあります。これは「金属疲労」と呼ばれています。金属疲労は、エネルギー機器、輸送機器、インフラはもちろん、半導体電子デバイスや生体デバイスなど幅広い製品の主要な破壊原因となっており、材料の疲労強度を高めることは重要な課題とされています。
金属単結晶は、結晶方位の異なる結晶の境界(粒界)を持たないため、粒界の存在に起因する腐食や高温環境での強度低下を避けられるという利点があります。一方で、転位注1の運動を妨げる粒界が存在しないことから、転位は容易に自己組織化注2し、広範囲で塑性変形注3の集中が起こり、疲労き裂発生に至るという欠点があります。この課題を克服し、高い疲労耐性を持つ金属単結晶を実現するために、従来とは異なる新しい材料設計戦略が求められていました。
本研究では、金属材料をナノスケール注4まで小さくすることで発現する転位の枯渇現象に着目しました。ナノサイズの金属単結晶に対して引張・圧縮を繰り返す負荷試験注5を行うことは極めて難しいとされてきましたが、本研究チームは世界に先駆けて試験に成功し、その現象を利用した高疲労耐性金属単結晶の実現に取り組みました。
2.研究手法・成果
本研究チームは、独自の試験システムを開発し、数百ナノメートル寸法の金属(ニッケル(Ni))単結晶に対する引張圧縮繰り返し負荷試験に世界で初めて成功しました。その結果、ナノスケールのNi単結晶は、バルク材注6が持つ疲労き裂発生限度の10倍以上高い繰り返し負荷を与えても、疲労破壊しないことを明らかにしました。超高圧透過型電子顕微鏡注7を用いて材料の内部構造を直接観察しながら実験を実施したことで、孔の表面からの力学作用によって転位は外部に放出され、塑性変形を担う転位が枯渇し、疲労き裂発生が抑制されることを特定しました。
このナノサイズの金属単結晶が示す高い疲労耐性を新たな材料設計概念へと展開するために、材料中に周期的に孔を設けることで、数百ナノメートル寸法の材料を配列させたナノ構造化単結晶を発案・設計・作製しました。均質材(孔のないNi単結晶)と比べて、孔を設けたことで相対密度は約半分まで減少しますが、疲労耐性は約2倍に向上していました(末尾の参考図参照)。
このように、金属単結晶のナノ構造化により、「軽量化」と「疲労耐性向上」を同時に達成する新しい材料設計概念を提示しました。
3.波及効果、今後の予定
本研究の成果は、従来は疲労強度低下の要因と考えられてきた孔を、ナノスケールで適切に設計することにより、軽量化と疲労き裂発生耐性の向上を同時に実現できることを示したものです。本設計概念は、軽量性と高い耐久性が求められる金属配線、輸送機器やエネルギー機器などへの将来的な展開が期待されます。実用化のためには、多結晶金属や各種合金への適用可否検証を最優先として、大型化、製造技術の確立、長期的な疲労特性および信頼性の検証が必要であり、今後、産学連携も視野に入れながら、段階的に研究を進めます。
4.研究プロジェクトについて
本研究は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 CREST(JPMJCR2092)、ACT-X(JPMJAX25DC)、および、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(A)(JP24H00283)、挑戦的研究(萌芽)(JP24K21575)、特別研究員奨励費(JP25KJ1508)の支援を受けたものです。また本研究の一部は、文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ」事業(JPMXP1225NU0058)の装置を使用して実施しました。
<用語解説>
注1. 転位:
結晶は本来、原子が規則正しく並んでいるのに対し、その並びが部分的にずれている線状の欠陥を転位と言います。この転位が結晶中を動くことで金属は変形し、その振る舞いは金属の疲労強度特性を左右します。
注2. 自己組織化:
多数の要素が、外部から個別の制御を受けずに、相互作用を通じて自発的に規則的な構造やパターンを形成する現象。金属疲労の場合、材料全体に対する繰り返し負荷によって転位が自発的に集まり、規則的な組織を作ることを指します。
注3. 塑性変形:
物に力を加えて形が変わり、力を取り除いても元の形に戻らない変形のことです。例えば、針金を曲げたあと、そのまま曲がった形が残る場合が塑性変形です。反対に、ゴムのように力を取り除くと元に戻る変形は「弾性変形」といいます。
注4. ナノスケール:
1ナノメートル(100万分の1ミリメートル)から数百ナノメートル程度の極めて微小な寸法の領域。この寸法領域まで材料が小さくなると、通常の大きさの材料には見られない特有の性質が現れます。本研究では、数百ナノメートルの寸法領域で金属単結晶が示す疲労強度特性に注目しています。
注5. 引張・圧縮を繰り返す負荷試験:
疲労挙動の本質を理解するためには、材料の両端をつかんで引張と圧縮の負荷を繰り返し与える試験が必要となります。独立したナノスケールの微小な材料では、損傷を与えることなく両端をつかむことが極めて難しいことから、世界的にもこのような実験は実施されていませんでした。
注6. バルク材:
目で見て手で持てる、あるいはそれよりももっと大きい材料を指します。例えば、身の回りの金属の板や棒、かたまりなどがバルク材にあたります。とても薄い膜や、目に見えないほど小さな粒とは区別して使います。
注7. 超高圧透過型電子顕微鏡:
透過型電子顕微鏡は、可視光の代わりに電子線を用いる顕微鏡の一種です。数十ナノメートルまで薄くした金属材料に電子線を透過させ、その内部構造を高い分解能で観察できます。本研究で用いた超高圧電子顕微鏡は100万ボルトの加速電圧を有しており、数百ナノメートルの金属材料を透過できます。
<研究者のコメント>
強度設計の観点からは、「材料は寸法に寄らず同一の強度を有する」、「応力集中源となる形状は避ける」は長い歴史の中での常識でした。一方で、材料がナノスケールまで小さくなると、従来の常識が必ずしも成り立たなくなることが知られています。今回は「金属疲労」に着目し、材料にナノ構造を付与することで、軽量・高疲労耐性材料を実現する新しい設計概念を実証できました。本研究の成果は、「材料力学、材料強度学、金属疲労学」という学問にはまだまだ奥深さと広がりがあることを示しています。本研究をきっかけに、若い世代にもこれらの学問の面白さを感じてもらえればと思います。(澄川 貴志、杉坂 浩太)
<論文タイトルと著者>
タイトル:Nano-Architected Metallic Metamaterial With Enhanced Fatigue Resistance via Dislocation Starvation(転位の枯渇によって疲労耐性を向上させるナノ構造化金属メタマテリアル)
著者:Kota Sugisaka, Yamato Ishizaka, Hiroki Ikeda, Shigeo Arai, Masataka Abe, Yoshitaka Umeno, Hiroyuki Shima, Takashi Sumigawa
掲載誌:Advanced Materials
DOI:10.1002/adma.74447
<研究に関するお問い合わせ先>
京都大学大学院エネルギー科学研究科
教授 澄川 貴志(すみがわ たかし)
E-mail:sumigawa.takashi.2c(末尾に"@kyoto-u.ac.jp"をつけてください)
<報道に関するお問い合わせ先>
京都大学 広報室 国際広報班
Tel:075-753-5727
E-mail:comms(末尾に"@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp"をつけてください)
東京大学 生産技術研究所 広報室
Tel:03-5452-6738
E-mail:pro(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
山梨大学 総務企画部 総務課 広報・渉外室
Tel:055-220-8005
E-mail:koho(末尾に"@yamanashi.ac.jp"をつけてください)
名古屋大学 総務部広報課
Tel:052-558-9735
E-mail:nu_research(末尾に"@t.mail.nagoya-u.ac.jp"をつけてください)
科学技術振興機構 広報課
Tel:03-5214-8404
FAX:03-5214-8432
E-mail:jstkoho(末尾に"@jst.go.jp"をつけてください)
<JST事業に関するお問い合わせ先>
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
金山 晋司(かなやま しんじ)
Tel:03-3512-3531
FAX:03-3222-2066
E-mail:crest(末尾に"@jst.go.jp"をつけてください)
<参考図>

ナノ構造化Ni単結晶の疲労き裂発生耐性
試験片に負荷した飽和応力振幅と、き裂が発生するまでの繰り返し数の関係を示す。右向き矢印は、試験終了までき裂が発生しなかったデータを表す。ナノ構造化Ni単結晶は、孔のない均質材と比較して、約2倍の疲労き裂発生耐性を示した。