○研究成果のポイント:
◆タンパク質と脂質の結合をハイスループットで解析できる新技術「CLiBアッセイ」を開発
◆ CLiB アッセイを利用した分子進化により、脂質プローブ「PX-SnxAGV」を作製し、ストレス条件下で形成される特殊な膜脂質環境の可視化に成功
◆ 多様な膜脂質環境の理解に繋がるとともに、膜脂質を標的としたAI創薬への展開に期待
○概要:
大阪大学蛋白質研究所 西村 多喜 教授、東京大学 生産技術研究所 坪山幸太郎 講師、東京大学大学院薬学系研究科 石野 雄己 特任研究員、河野 望 准教授、大阪大学大学院歯学研究科 Lu Shiou-Ling 助教、野田 健司 教授、慶應義塾大学大学院理工学研究科 中垣 友希さん(研究当時)、山本 詠士 准教授、東京大学大学院医学系研究科 水島 昇 教授らの研究グループは、タンパク質と脂質の結合を調べるための新しい実験系「Cell surface Liposome Binding (CLiB)アッセイ」を開発しました。

図1 生体膜の膜脂質環境は多様である
従来、タンパク質と脂質分子の結合を調べるためには多くの実験ステップが必要で、一度に調べられるタンパク質と脂質の組み合わせはせいぜい数十通りに限られていました。CLiB アッセイは少ない実験ステップでタンパク質と脂質の結合を解析できるだけでなく、次世代シークエンス解析※1と組み合わせることで、数千種類のタンパク質を対象としたハイスループット解析を可能にしました。
この技術により、従来の方法では困難であった、目的に合わせた脂質プローブの戦略的な開発が可能となり、ホスファチジルイノシトールリン酸 PI(3,5)P2と強く結合する脂質プローブPX-SnxAGVを作製しました。さらに、このPX-SnxAGVをGFP融合タンパク質として細胞内に発現させ、その局在を観察することで、ストレス条件下においてPI(3,5)P2が濃縮した膜ドメインが形成される様子を可視化することに成功しました。
本研究は、CLiB アッセイによってタンパク質-脂質結合に関する大規模なデータを取得できることから、AI を用いた膜脂質を標的とした創薬への応用も見込まれ、基礎生命科学の発展だけでなく、創薬や産業への波及効果という点でも大きな可能性を秘めています。
本研究成果は、英国科学誌「Nature Cell Biology」に、7月2日(木)18時(日本時間)にオンライン公開されました。
○大阪大学蛋白質研究所 西村 多喜 教授のコメント:
CLiB アッセイを使うことで、さまざまな膜脂質を標的とする脂質プローブの効率的な開発が可能になりました。多様な膜脂質環境の可視化や脂質結合能の予測といった基礎研究での有用性はもちろんですが、特定の脂質を標的とするVHH抗体の開発など、AI創薬にも応用できる可能性が期待できます。
○研究の背景:
生体膜を構成する脂質分子は、細胞の機能や状態を決定する重要な役割を担っています。しかし、細胞内には千種類以上の脂質分子種が存在するため、特定の脂質分子種が細胞内のどこに、どのように分布しているのかを捉えることは容易ではありません(図1)。
こうした脂質分子の細胞内での挙動を追うためには、一般に、特定の脂質分子種と選択的に結合するタンパク質(脂質プローブ)が利用されます。しかし、現在使われている多くの脂質プローブは、もともと自然界に存在する脂質結合ドメイン※2を流用しているに過ぎず、必要な特性を持つ脂質プローブを、目的に応じて作製する一般的な方法は存在していませんでした。
○研究の内容:
研究グループはまず、酵母ディスプレイ法※3を用いて、酵母細胞の表面上でタンパク質と脂質の結合を再現する実験系の構築に成功しました。
この新しい手法は「Cell surface Liposome Binding (CLiB)アッセイ」と名付けられ、タンパク質と脂質の選択的な結合を、およそ2時間程度で迅速に調べることができます(図2)。CLiBアッセイは次世代シークエンス解析とも相性が良く、複数のクローンが混在したサンプルからでも、クローンの脂質結合データを個別に得ることができます(図 3)。この仕組みを利用して、6000 種類以上の異なるタンパク質と標的脂質の結合データを一度に取得することにも成功しました。

図2 CLiBアッセイの説明図(左)と実際の解析結果(右)

図3 次世代シークエンス解析とCLiBアッセイを組み合わせた解析の結果
次に研究グループは、CLiB アッセイを用いて、脂質結合ドメインの人工的な改変に取り組みました。PX-SnxA はホスファチジルイノシトールリン酸 PI(3,5)P2と結合することが知られていましたが、その結合能が弱いという問題がありました。そこで、研究グループは分子進化※4の手法とCLiBアッセイによる効率的なスクリーニングを組み合わせることで、結合能が増強したクローン PX-SnxAGVを単離し、分子動力学 (MD) シミュレーション※5から結合様式を明らかにしました(図 4)。PXSnxAGVを細胞内でGFP融合タンパク質として発現させると、PI(3,5)P2が豊富に存在する膜構造に局在する様子が観察されました。またさらに、特定のストレス条件下では、酵母細胞の液胞膜やマクロファージ様培養細胞のリソソーム様オルガネラ膜上に、PI(3,5)P2が濃縮した膜構造が出現することも明らかになりました(図5)。

図4 PX-SnxAGVとPI(3,5)P2が結合する様子を示すMDシミュレーション

図5 酵母細胞とマクロファージ様細胞で、脂質プローブPX-SnxAGVを用いてPI(3,5)P2の細胞内分布を可視化
○本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義):
本研究成果により、研究の目的に合わせて脂質プローブを設計・開発する道筋が示され、細胞内における膜脂質環境の多様性の理解が大きく進むことが期待されます。また、CLiB アッセイによってタンパク質-脂質結合に関する大規模なデータを取得できることから、AI を用いた脂質結合能の予測や、膜脂質と結合するVHH抗体※6のin silico designなど、膜脂質を標的としたAI創薬への応用も見込まれます。このように、本研究は基礎生命科学の発展だけでなく、創薬や産業への波及効果という点でも大きな可能性を秘めています。
○特記事項:
本研究成果は、2026年7月2日(木)18時(日本時間)に英国科学誌「Nature Cell Biology」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:"Cell surface Liposome Binding (CLiB) allows lipid-binding probe engineering via high-throughput screening"
著者名:Taki Nishimura*, Kotaro Tsuboyama*, Yuki Nakagaki†, Shiou-Ling Lu†, Yuki, Ishino, Nozomu Kono, Takeshi Noda, Eiji Yamamoto, and Noboru Mizushima (*責任著者,†equally contributed)
DOI:10.1038/s41556-026-01996-8
なお本研究は、科学技術振興機構(JST) 創発的研究支援事業(JPMJFR226A、JPMJFR230Z)、戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR20EC、JPMJPR21E9、JPMJPR22EE)、研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP) 産学共同ステージI(育成フェーズ)(JPMJTR24U7)、戦略的創造研究推進事業 CREST(JPMJCR23B6)、革新的 GX 技術創出事業(GteX)(JPMJGX23B9、JPMJGX23B4)、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業(JP25H02268、JP21H05146、JP24K02019 、 JP24H01356 、 JP24H01117 、 JP25K09629 、 JP23H02475 、JP22K06171、JP22H04919、26H01632、26H01630)、日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業ユニットタイプ(AMED-CREST)「疾患脂質代謝に基づく生体組織の適応・修復機構の新基軸の創成と医療技術シーズの創出」、三島海雲記念財団、小野医学研究財団、アステラス病態代謝研究会、上原記念生命科学財団、中谷財団、LeaP科学財団、ヒロセ財団、セコム科学技術振興財団、武田科学振興財団、井上科学振興財団、中島記念財団、第一三共生命科学研究振興財団、三菱財団、UTEC-UTokyo FSI 研究助成プログラム、内藤記念科学振興財団、シオノギ感染症研究振興財団、小林がん学術振興会、旭硝子財団、大阪大学OUマスタープラン実現加速事業の支援を受けて実施されました。
○用語解説:
※1 次世代シークエンス解析
ハイスループットでDNA配列を網羅的に決定する技術と、そのデータを解析する手法の総称。変異の同定やDNAライブラリーの多様性評価などに広く用いられる。
※2 脂質結合ドメイン
特定の脂質分子(例:ホスホイノシチドやホスファチジルセリンなど)に選択的に結合するタンパク質ドメイン。細胞内膜の局在化やシグナル伝達に重要な役割を果たし、脂質の時空間的な分布を認識する。
※3 酵母ディスプレイ法
酵母細胞の表面に目的タンパク質を提示し、リガンドとの結合を細胞単位で評価する技術。フローサイトメトリーと組み合わせることで、大規模ライブラリーから高親和性変異体を迅速に選抜できる。
※4 分子進化
遺伝子やタンパク質配列が変異と選択を通じて変化し、機能が最適化・多様化していく過程。人工的には変異導入とスクリーニングを繰り返すことで、目的機能を持つ分子を創出する手法としても利用される。
※5 分子動力学 (MD) シミュレーション
系を構成する一つ一つの原子、または複数の原子をまとめて1つの粒子として扱い、各粒子の座標と速度を古典力学に従って時間発展させることで、分子構造やダイナミクスを解析する手法。
※6 VHH抗体
ラクダ科動物が持つ「重鎖のみ抗体」の可変領域からなる、非常に小型で安定な単一ドメイン抗体。従来抗体では結合しにくいエピトープも標的にできることから、診断・創薬・イメージングなどへの応用が期待されている。
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○本件に関する問い合わせ先:
<研究に関するお問い合わせ>
大阪大学 蛋白質研究所 教授 西村 多喜(にしむら たき)
TEL: 06-6879-4312
E-mail: ntaki(末尾に"@protein.osaka-u.ac.jp"をつけてください)
研究者総覧: https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/56b0bcc98a9179b2.html
東京大学 生産技術研究所 講師 坪山 幸太郎(つぼやま こうたろう)
TEL: 03-5452-6333
E-mail: ktsubo(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
慶應義塾大学 理工学部 システムデザイン工学科 准教授 山本 詠士(やまもと えいじ)
TEL: 045-566-1733
E-mail: eiji.yamamoto(末尾に"@sd.keio.ac.jp"をつけてください)
<広報に関するお問い合わせ>
大阪大学 蛋白質研究所 研究戦略推進室
TEL: 06-6879-8592
E-mail: uraoffice(末尾に"@protein.osaka-u.ac.jp"をつけてください)
東京大学生産技術研究所 広報室
TEL: 03-5452-6738
E-mail: pro(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
慶應義塾 広報室
TEL: 03-5427-1541
E-mail: m-pr(末尾に"@adst.keio.ac.jp"をつけてください)
科学技術振興機構 広報課
TEL: 03-5214-8404
E-mail: jstkoho(末尾に"@jst.go.jp"をつけてください)
<JST事業に関するお問い合わせ>
科学技術振興機構 創発的研究推進部 永井 諭子(ながい さとこ)
TEL: 03-5214-7276
E-mail: souhatsu-inquiry(末尾に"@jst.go.jp"をつけてください)