○発表のポイント:
◆リアルタイムデータ同化システムを開発し、日本全国の主要河川の80%で流量予測精度を向上させ、日本全国の水位観測地点の60%以上で信頼性の高い洪水予測を実現可能であることを示した。
◆早期警戒システムのモデルを変更することなく、1,800の水位観測データを用いて初期状態を補正するだけで、これまで予測が困難であった急峻な洪水のピーク流量の捕捉に成功した。
◆最大1日前からの洪水予測精度の向上により、避難準備や緊急対応のための時間的余裕が生まれ、人的・経済的被害の軽減への貢献が期待される。
図1:リアルタイムデータ同化システムのフレームワーク。
○概要:
東京大学 生産技術研究所の芳村 圭 教授、同大学大学院新領域創成科学研究科の柳 莹莹 修士課程(研究当時)らが参画する国際研究チームは、洪水予測におけるリアルタイムデータ同化(注1)システム(図1)を開発し、日本全国における河川流量・洪水予測の精度を大幅に向上させることに成功しました。本システムは、国土交通省が管理する1,800か所の水位観測データを1時間ごとにモデルの初期状態へ反映させることで、データ同化を使わない早期警戒システムを上回る予測性能を実現しました。日本の主要河川の80%で予測精度が向上し、日本全国の水位観測地点の60%以上で信頼性の高い洪水予測が可能となりました。2019年の台風ハギビス(図2)、2022年の北日本洪水、2024年の秋田県における突発的洪水の3事例での検証では、いずれもデータ同化により最大1日前からの洪水予測が改善され、特にこれまで予測が困難であったピーク流量の捕捉に顕著な効果が確認されました。本研究の成果は、日本国内における洪水早期警戒システム(FEWS)への実装のみならず、洪水リスクの高い世界各地への応用も期待されます。

図2:台風ハギビス(2019年)における多摩川でのデータ同化結果。 (a) 上流・下流観測所(赤丸)および河道画素(青丸)の位置図。(b)〜(g) 2019年10月12日〜14日の各時刻における上流端(図の左端)から下流端(図の右端)までの距離に沿った河川水位(WSE)の上昇度の縦断分布。青線はデータ同化なしの実験、赤線は全観測所を用いたデータ同化結果、灰色線は上流観測所のみを用いたデータ同化結果を示し、灰色棒グラフは降水量を表す。
○発表者コメント:芳村 圭 教授の「もしかする未来」
2019年の台風19号(ハギビス)が接近したとき、私はシミュレーションによる予測結果を見ながら、「さすがにここまで深刻な事態にはならないだろう」と半信半疑でした。しかし、予測は現実となり、各地で甚大な被害が発生しました。そのときの衝撃と無力感は、今でも昨日のことのように覚えています。私が思い描く「もしかする未来」は、天気予報を見るのと同じように、人々が日常的に洪水予報を活用できる社会です。それが日本だけでなく世界中に広がれば、洪水によって命や財産を失う人々を大幅に減らすことができるはずです。その未来を実現するために、私は洪水を予測するシミュレーション技術、観測技術、そして両者を結びつけるデータ同化技術の研究開発と社会実装に取り組んでいきたいと考えています。
芳村 圭 教授 研究者プロフィール:https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/research/staff/kei-yoshimura/
○発表内容:
これまでの先行研究では、データ同化を用いた洪水予測は主に流域スケールや実験的なフレームワークに留まっており、国家規模でのリアルタイム運用システムへの適用はほとんど行われていませんでした。また、既存の手法では観測地点のみに同化効果が限定され、観測のない河川区間の予測精度改善が困難であるという問題点が挙げられていました。さらに、従来の早期警戒システムでは観測データをリアルタイムでモデルの初期状態へ反映する仕組みを持たないため、急峻な局所的洪水や観測が困難な降水条件下での予測精度が著しく低下するという課題も存在していました。
この度、本研究チームは、気象・海洋分野におけるアンサンブルカルマンフィルタの成功事例に着想を得て、局所アンサンブル変換カルマンフィルタ(LETKF)を日本全国規模のリアルタイム洪水予測システムへ初めて導入しました。LETKFによる空間的局所化手法を用いることで、従来の同化手法では対象となる河川グリッドのわずか10.2%にしか適用できなかった同化範囲を、日本全国の河川グリッドの58.4%へと大幅に拡張することに成功しました。本システムは、国土交通省(MLIT)が管理する全国約1,800か所の水位観測局からリアルタイム水位データを1時間ごとに取得し、陸面モデルMATSIROと河川・氾濫動態モデルCaMa-Floodを組み合わせた水文モデルの初期状態をリアルタイムに補正します。
システムの性能は、2019年台風ハギビス、2022年北日本洪水、2024年秋田県洪水という性格の異なる3つの大規模洪水事例を対象に、水位・河川流量・浸水域の3変数を用いて検証されました(図3)。その結果、同化地点における水位のRMSE改善率は78〜95%に達し、KGE(クリング・グプタ効率)が0.5を超える良好な予測精度を示す地点の割合は、データ同化前後でそれぞれ35.5%から56.7%(2019年)、8.3%から27.4%(2022年)、0%から58.1%(2024年)へと大幅に向上しました。また、水位のみを直接同化したにもかかわらず、65%の流量観測地点でもRMSE低減が確認され、直接同化していない変数に対しても改善効果が波及することが示されました。

図3:3つの洪水事例におけるデータ同化なし実験(OL)とデータ同化実験(DA)のSTD(予測のばらつきの大きさを表す)およびKGE(予測の正確さを表す)の差異。 (a) STD_OL-STD_DA(大きい方が良い)、(b) KGE_OL-KGE_DA(小さい方が良い)。横軸はピーク流量前の予測リードタイム(時間)を示す。青・赤・橙色はそれぞれ2019年洪水・2022年洪水・2024年洪水を表す。STDの正値はデータ同化によるアンサンブル不確実性の低減を、KGEの負値は予測精度の向上を示す。
さらに、直接観測のない地点における予測改善効果を評価するため、5回の交差検証実験を実施しました。その結果、同化から除外した観測地点においても平均79.3%の地点で水位予測精度が向上し、直接同化地点と同等の改善率が得られました。特に2024年の洪水では、検証対象の全17地点(100%)で改善が確認されました。また、多摩川を対象とした縦断分布解析では、上流観測局のみを同化した場合でも、その補正効果が約12km下流域まで伝播することが確認されました。
洪水予測スキルの評価では、データ同化なし(以降、オープンループOLと呼ぶ)予測が比較的良好な事例(2019年)では5時間先まで、OL予測精度が低い困難な事例(2022年・2024年)では24時間先においても一貫した予測改善効果が示されました。特に2024年の短時間洪水では、従来のOLシステムでは全く再現できなかったピーク流量をデータ同化によって良好に再現することに成功しました。これは局所的な降雨によって短時間で生じる洪水においても本システムが有効であることを示す特筆すべき成果です。
浸水域予測に関しては、欧州の人工衛星センチネル1号のSAR(合成開口レーダー)データを参照して検証した結果、データ同化によりCSI(クリティカル・サクセス・インデックス)スコアが両検証領域で0.02・0.07から0.1以上へと改善し、特にOLシステムが過大評価していた支流域の浸水範囲が顕著に縮小されることが確認されました。この改善効果は24時間先の予測においても持続することが示されました。
以上の成果は、日本全国規模のリアルタイムデータ同化フレームワークの実用性を実証するものであり、既存の全国洪水早期警戒システムへの実装による予測精度向上への貢献が期待されます。また、同一フレームワークはアジア・アフリカをはじめとする洪水頻発地域への応用も可能であり、グローバルな洪水リスク管理の高度化と、観測網の整備が進む地域における国家規模の防災インフラの発展に広く寄与することが期待されます。
〇関連情報:
「プレスリリース①【報告】東京大学 生産技術研究所と飯山市が連携協力協定を締結」(2025/12/25)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/4963/
「プレスリリース②【共同発表】国内初!岡崎市と東京大学 生産技術研究所は「長時間洪水予測技術を用いた災害対策の推進に関する協定」を締結しました。」(2025/3/31)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/4735/
「プレスリリース③【記者発表】洪水予測データの利活用等に関する共同研究における長野県をフィールドとした予測データ活用型流域治水の実現に向けた検証を開始」(2022/1/26)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/3756/
「プレスリリース④【記者発表】日本中の河川をモニタリング!『Today's Earth - Japan』〜氾濫の危険を30時間以上前に予測〜」(2021/6/18)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/3585/
「プレスリリース⑤【記者発表】日本中の河川をいつでも誰でもモニタリング! ~『Today's Earth - Japan』を公開~」(2019/11/29)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/3193/
○発表者・研究者等情報:
東京大学
生産技術研究所
芳村 圭 教授
大学院新領域創成科学研究科
柳 莹莹 修士課程(研究当時)
現:コーネル大学 博士課程
○論文情報:
〈雑誌名〉Journal of Hydrology
〈題名〉Application of real-time data assimilation system to improve streamflow forecasts in Japan
〈著者名〉Yingying Liu, Kei Yoshimura*, Menaka Revel, Yuting Zhu
〈DOI〉10.1016/j.jhydrol.2026.135680
○研究助成:
本研究は、JST未来社会創成事業(JPMJMI21I6)、JST e-ASIA共同研究プログラム(JPMJSC22E4)、JSTムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2282-08)、文部科学省ArCS3プログラム(JPMXD1720251001)、文部科学省SENTANプログラム(JPMXD0722680395)、環境省環境研究総合推進費(S-20)(JPMEERF21S12020)、科研費(22H04938)の支援により実施されました。
○用語解説:
(注1)データ同化
データ同化とは、コンピューターによる気象・水文シミュレーションに、実際の観測データをリアルタイムで取り込み、予測の「出発点」を現実に近づける技術です。カーナビが現在地を自動で修正しながらルートを案内し直すように、データ同化はモデルの計算結果を観測値で常に補正することで、より正確な予測を継続的に実現します。
○問い合わせ先:
<研究内容について>
東京大学 生産技術研究所
教授 芳村 圭(よしむら けい)
Tel:04-7136-6965
E-mail:kei(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
研究室WEBサイト:https://isotope.iis.u-tokyo.ac.jp/
<機関窓口>
東京大学 生産技術研究所 広報室
Tel:03-5452-6738
E-mail:pro(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)