○発表のポイント:
◆薬剤耐性菌の増加により抗菌ペプチドが注目されているが、ヒト細胞への毒性が課題となっていた。
◆体内に存在する2種類の抗菌ペプチド(LL-37 と HNP1)が、膜の脂質環境に応じて集合・解離を切り替え、抗菌活性とヒト細胞への毒性を調節する仕組み(ダブル協奏効果)を解明した。
◆抗菌ペプチドの新たな組み合わせ探索など、薬剤耐性菌に対してより安全な次世代抗菌薬の開発につながると期待される。

抗菌ペプチド(LL-37 と HNP1)のダブル協奏効果
上:ヒトの細胞膜上では抗菌ペプチドは集まり、「ブレーキモード」を示す
下:細菌の細胞膜上では抗菌ペプチドはほどけ、「攻撃モード」を示す
○概要:
私たちの体内には、細菌と戦う自然免疫の分子として「抗菌ペプチド(注1)」が存在します。なかでも LL-37 と HNP1 は代表的な2種類であり、単独でも抗菌活性を示しますが、両者を組み合わせることで抗菌活性が増強されると同時に、ヒト細胞に対する細胞毒性が低減される現象について、東京大学 生産技術研究所 杉原研究室はこれまでに「ダブル協奏効果」として報告してきました。
今回、東京大学生産 技術研究所の杉原 加織 准教授らの研究グループは、全反射蛍光顕微鏡(TIRF)、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)、核磁気共鳴(NMR)、分子動力学(MD)シミュレーションを組み合わせた解析により、LL-37 と HNP1 が状況に応じて「集まったり、ほどけたり」しながら膜毒性(注2)を制御しているという分子機構を明らかにしました。
さらに、膜中の脂質組成(注3)がこの集合状態を制御することを見いだし、細菌の脂質組成では集合体が解離して抗菌機能が発現する一方、ヒト細胞の脂質組成では集合体が維持されることで細胞毒性が抑制されることを示しました。本成果は、薬剤耐性菌に対抗する抗菌戦略の分子基盤を提供し、次世代抗菌薬設計への展開が期待されます。
○発表者コメント:杉原 加織 准教授の「もしかする未来」
「ダブル協奏効果」は、異なる種類の抗菌ペプチドを組み合わせるだけで、抗菌効果が高まり、同時にヒト細胞に対する毒性が低下するという、"一石二鳥"の興味深い現象です。本研究によりその分子メカニズムが明らかになったことで、この効果を意図的に制御する道が開かれました。将来的には、抗菌ペプチドを適切に組み合わせるだけで、より高い有効性と安全性を兼ね備えた抗菌薬を設計できる可能性があり、次世代抗菌薬開発への展開が期待されます。
○発表内容:
薬剤耐性菌の拡大が深刻化する中、抗生物質に代わる新たな治療候補として「抗菌ペプチド」が注目されています。現実として、1960年代に承認された抗菌ペプチドは、多剤耐性菌に対する"最後の切り札"として現在も使用されており、その後も多数の臨床試験が行われてきました。一方で、抗菌ペプチドは細菌だけでなくヒトの細胞膜(注4)にも作用しやすく、腎障害や神経障害などの重い副作用が問題となり、実用化の大きな壁となってきました。細菌とヒト細胞を十分に選び分けられないという「選択性の弱さ」をいかに克服するかが、抗菌ペプチド研究における最大の課題となっています。
選択性を高めるアプローチの一つとして、異なる抗菌ペプチドを組み合わせることで殺菌効果が向上する「協奏効果」が挙げられます。実際、ヒト抗菌ペプチドである LL-37 と HNP1 を併用することで抗菌活性が高まることは、これまでに他の研究グループにより報告されてきました。その後、杉原研究室は、両者の併用によって真核細胞(注5)に対する細胞毒性が低減されるという新たな効果を見いだし、この二重の利点を「ダブル協奏効果」と名付けました。この効果は、抗菌ペプチドの選択性を大きく向上させ、治療可能域を拡張しうる有望な戦略として位置づけられます。しかし、その基盤となる分子メカニズムは明らかにされていませんでした。
本研究グループは、蛍光標識したペプチドが凝集・解離する際に発光強度が変化する現象(Homo-FRET)を利用して、LL-37 と HNP1 を混合した際の凝集挙動を解析しました。その結果、LL-37 は水溶液中では凝集する一方、ヒト細胞膜の主要構成成分であるPOPC脂質を添加すると、凝集体が解離することが分かりました(図1a)。この解離により、ペプチドは本来の機能を発揮し、膜を破壊することができます。次に、LL-37 に HNP1 を加えると、より強固な凝集体が形成され、この LL-37/HNP1 混合凝集体は、POPC を添加しても LL-37 単独の凝集体に比べて解離しにくいことが明らかになりました(図1b)。このことから、LL-37 と HNP1 は水溶液中で凝集することで、ヒト細胞膜に対する毒性を中和しているということが示唆されました。

図1:蛍光標識したLL-37を用いたHomo-FRET実験
(a)ローダミンで蛍光標識したLL-37をPOPC(注6)脂質のベシクル(注7)で滴定すると、蛍光強度の上昇が観測された。このことから、水溶液中で凝集していたLL-37がPOPC膜中で解離したことが分かった。(b)ローダミンで蛍光標識したLL-37にHNP1を混合すると、蛍光強度が低下し、POPC脂質のベシクルで滴定しても蛍光強度の回復は限定的だった。ここから、LL-37/HNP1 混合凝集体は、POPC を添加しても解離しにくいことが分かった。
さらに、TIRF、NMR、MDシミュレーションを組み合わせた解析により、LL-37 と HNP1 が、細胞膜の脂質組成に応じて「集まったり、ほどけたり」しながら膜毒性を制御しているという分子機構を明らかにしました。具体的には、水溶液中で凝集した LL-37 と HNP1 は、ヒト細胞膜の脂質組成を模した生体膜を添加しても凝集状態を維持する一方、細菌膜の脂質組成を模した生体膜を添加すると、強く負に帯電した細菌膜と正に帯電したペプチドとの静電相互作用により凝集が解離し、膜毒性が回復することが示されました。すなわち、2種類のペプチドを組み合わせることで「細菌の細胞膜は攻撃する一方、ヒトの細胞膜は攻撃しにくくなる」という協奏効果は、各ペプチド単独の性質によるものではなく、LL-37 と HNP1 が形成するヘテロ凝集体そのものの特性に由来することが明らかになりました。NMR解析によりそのヘテロ凝集体の結合部位には疎水性のアミノ酸が重要な役割を果たしていることも分かりました(図2)。

図2:NMRにより特定したLL-37とHNP1の結合部位(HNP1側)
LL-37とHNP1の結合に関与していると思われるHNP1側のアミノ酸がNMR解析により明らかになった。
本研究は、生体分子が「集まったり、ほどけたり」する挙動が、複数分子の協調作用において本質的な役割を果たしていることを示しました。体内のように多様な分子が存在する環境では、このような集合状態の動的な変化こそが分子の本来の機能を規定していると考えられます。今回明らかになった「凝集状態によって機能や毒性が切り替わる」という原理は、LL-37 と HNP1 の組み合わせに限らず、他の抗菌ペプチド同士や抗生物質との併用にも応用可能な考え方です。本成果は、相乗効果を持つ抗菌ペプチドの新たな組み合わせ探索や、より有効で安全な次世代抗菌薬の開発に向けた新たな指針を与えるものと期待されます。
○発表者・研究者等情報:
東京大学
生産技術研究所
杉原 加織 准教授
大学院工学系研究科
ホウ ユグ 研究当時:博士課程
現:浙江大学 博士研究員
ツァン ジン 博士課程
ツェン ジアンル 研究当時:博士課程
現:マサチューセッツ工科大学 博士研究員
チェン ジアリ 博士課程
大学院薬学系研究科
竹内 恒 教授
大学院理学系研究科
茅 元司 助教
東北大学
樋口 秀男 教授
北里大学 未来工学部
渡辺 豪 教授
中国科学院
リ ルイ 博士研究員
○論文情報:
〈雑誌名〉Angewandte Chemie International Edition
〈題名〉Aggregation-state Dynamics Drive Double Cooperativity between Antimicrobial Peptides LL-37 and HNP1(4月2日付掲載)
〈著者名〉Yuge Hou, Jing Zhang, Koh Takeuchi, Hideo Higuchi, Motoshi Kaya, Rui Li, Jianlu Zheng, Jiali Chen, Go Watanabe, Kaori Sugihara
〈DOI〉10.1002/anie.202516436
○研究助成:
本研究は、村田学術振興財団、JST創発(JPMJFR211Q)、JST ASPIRE(JPMJAP2523)、NEDO(JPNP20004)、HU-RIZON international excellence program call 2024 (2024-1.2.3-HU-RIZONT-2024-00035)、Beyond AIの支援により実施されました。
○用語解説:
(注1)抗菌ペプチド
免疫の一部として様々な動物の体内に存在する、抗菌作用のある生体分子。
(注2)膜毒性
脂質膜に穴を開けたり、破壊したりする特性。
(注3)脂質組成
細胞膜の主原料の一つとして脂質が挙げられるが、その組成はヒトと細菌で異なる。
(注4)細胞膜/生体膜
細胞膜は真核細胞や細菌を囲んでいる膜であり、主原料の一つとして脂質が挙げられる。生体膜は主に化学合成された脂質を用いて人工的に作成された脂質膜を指し、細胞膜のモデルとして実験でよく使用される。
(注5)真核細胞
ヒト細胞をはじめとする核をもつ細胞の種類。
(注6)POPC
1-パルミトイル-2-オレオイル-sn-グリセロ-3-ホスホコリン。ヒトをはじめとする真核細胞の細胞膜の主原料となっている脂質分子。
(注7)ベシクル
リン脂質や界面活性剤などの両親媒性分子が水中で形成する、内部に水相を持つ脂質二分子膜の球状小胞。
○問い合わせ先:
〈研究に関する問い合わせ〉
東京大学 生産技術研究所
准教授 杉原 加織(すぎはら かおり)
Tel:03-5452-6341
E-mail:kaori-s(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
〈報道に関する問い合わせ〉
東京大学 生産技術研究所 広報室
Tel:03-5452-6738
E-mail:pro(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
学校法人北里研究所 広報室
Tel:03-5791-6422
E-mail:kohoh(末尾に"@kitasato-u.ac.jp"をつけてください)