○発表のポイント:
◆新型コロナウイルス感染症のワクチンをマイクロニードルに組み込んだ「ワクチン接種デバイス」(図1)を開発した。動物実験で、注射よりも抗体応答が高い傾向を示した。
◆マイクロニードルの作製プロセスを改良し、ワクチンの充填率の大幅な向上と、製造過程におけるウイルス力価の安定化に成功した。
◆将来的には痛みが少なく自分で打てるワクチン接種デバイスを目指し、常温での輸送を可能にすることで、医療従事者やインフラが整っていない発展途上国での予防接種への貢献も期待される。

図1:マイクロニードルパッチの適用とパッチ模式図
○概要:
東京大学 生産技術研究所の金 範埈 教授、朴 鍾淏 助教、青柳 星見 技術専門職員、同大学 大学院工学系研究科の荘林 幸太郎 大学院生(博士課程)と、東京都医学総合研究所の小原 道法 特任研究員、安井 文彦 プロジェクトリーダーの研究グループは、共同研究で、新型コロナウイルス感染症の抗原の遺伝子を組み換えたワクシニアウイルス(r-DIs-S、注1)を搭載した溶解性マイクロニードルパッチ(注2)を開発しました。
本研究では、3Dプリンターで作製したバッキング上の支柱に、新型コロナウイルス感染症の抗原の遺伝子を組み換えたワクシニアウイルスのワクチンをニードル先端のみに充填する構造を考案し、マイクロニードルワクチンパッチを実現しました。
その結果、ワクチン薬物のニードル先端への効率的な充填、乾燥時間の短縮、製造後のウイルス力価(注3)の安定化を確認しました。また、マウスを対象にしたコロナウイルス感染実験の結果から、開発したマイクロニードルワクチンパッチによる接種は高い免疫効果があることが確認できました。本技術を用いることで、痛みが少なく、医療従事者やインフラの整っていない発展途上国での予防接種への貢献が期待されています。
○発表者コメント:荘林 幸太郎 大学院生の「もしかする未来」
新型コロナウイルスのパンデミックをきっかけに、ワクチンへの平等なアクセスという課題と向き合うようになり、マイクロニードルの技術の可能性について考えるようになりました。今はまだ動物実験で効果を検証した状況ですが、近い未来、痛みを伴わず自己接種が可能で、常温流通にも対応したワクチン接種技術を実現することで、誰もがワクチンにアクセスできる社会を目指していきたいと考えています。
○発表者コメント:金 範埈 教授の「もしかする未来」
新型コロナウイルス感染症のパンデミックを契機に、東京都医学総合研究所の小原先生の研究グループと共同で、新型コロナウイルス感染症に対して、ヒトにより安全かつ安定した免疫効果をもたらすパッチ型ワクチンの開発に取り組んできました。マイクロニードルを用いた新規ワクチンデリバリー技術の確立を目指し、従来の注射に依存しない、接種方法の実現に挑戦しています。近い将来、常温流通にも対応可能なワクチン接種技術を実現することで、医療インフラが十分に整っていない国や地域においても、より容易にワクチンを届けることが可能となり、誰もが公平にワクチンの恩恵を受けられる社会実現を期待します。
○発表内容:
ワクシニアウイルスワクチンは、皮内投与(注4)によって、高い免疫効果を示すことが知られています。歴史的には、天然痘ワクチンを含むワクシニアウイルスワクチンは、二又針(注5)によって投与されてきました。しかしながら、この方法は、皮膚を繰り返し穿刺するため侵襲性が高く、痛みや出血を伴う、投与量や深さの再現性が低いといった課題があります。
マイクロニードルは、長さが数百ミクロンで皮膚の表皮や真皮組織を狙う設計より、低侵襲で痛みを伴わない薬物送達の新しい医療機器として注目されています。しかし、ワクチンを溶解型マイクロニードルに組み込む際、①ニードル先端への搭載量の制御が難しい、②長い乾燥工程におけるウイルス力価の低下、③ワクチンがマイクロニードルの基板(バッキング)に拡散し、ロスが生じる、といった課題がありました。
本研究では、これらの課題を解決するために、バッキングに柱構造を組み込んだ柱状ガイド付きマイクロニードルアレイパッチを考案しました(図2)。また医学総合研究所の研究グループが開発した新型コロナウイルス感染症の抗原の遺伝子を組み換えたワクシニアウイルスワクチンをマイクロニードル化することに成功しました。

図2:本研究の製造プロセスと従来製造プロセスの違い
本研究で考案した製造プロセスは、マイクロニードルの先端だけにワクチン溶液を充填することを可能にし、先端充填効率は16.5%と、従来のモールディング方法と比べて約8.3倍の向上を達成しました。また、従来のマイクロニードル作製法ではウイルスワクチンの力価が40.4%まで低下したことに比べて、本研究の開発した手法で作製したマイクロニードルワクチンパッチでは、50.4%力価を保持することを確認しました。
免疫原性試験では、ワクチン接種には9.4~11.6x106PFU/パッチのウイルス力価を充填したマイクロニードルパッチを用いてマウスに接種しました。その結果、マイクロニードルで接種したマウスは、従来の皮内投与法で接種したマウスよりも1.2倍高い抗体応答を示しました。さらに、本実験条件下では、SARS-CoV-2感染モデルにおいて、全てのマウスが生存しました(図3)。本研究は東京大学ライフサイエンス研究倫理支援室の承認のもと実施されました。本研究はマウスを用いた基礎研究段階での成果であり、ヒトへの倫理応用には今後、安全性・倫理性を含めた慎重な検討と長期的な研究が必要です。
本研究で開発したワクチンパッチは、痛みが少なく、医療従事者やインフラが整っていない環境でのワクチン接種に貢献できると期待されます。

図3:作製したマイクロニードルとSARS-CoV-2感染モデルの結果。本実験条件下でマイクロニードルを接種したマウスはウイルス感染を行ってもすべてのマウスが生存した。
○発表者・研究者等情報:
東京大学
生産技術研究所
金 範埈 教授
朴 鍾淏 助教
青柳 星見 技術専門職員
大学院工学系研究科精密工学専攻
荘林 幸太郎 博士課程
東京都医学総合研究所
感染制御プロジェクト
小原 道法 特任研究員
安井 文彦 プロジェクトリーダー
○論文情報:
〈雑誌名〉Scientific reports
〈題名〉Precision dosing of recombinant vaccinia vaccine via pillar-guided microneedle patch confers SARS-CoV-2 immunity
〈著者名〉Kotaro Shobayashi, Jongho Park, Hoshimi Aoyagi, Fumihiko Yasui, Michinori Kohara & Beomjoon Kim
〈DOI〉10.1038/s41598-025-29183-z
○研究助成:
本研究は、AMEDの課題番号 JP223fa627001 (UTOPIA 若手研究育成プログラム)の支援と「JST SPRING(JPMJSP2108)」の支援により実施されました。
○用語解説:
(注1)組換えワクシニアウイルス(株)
ワクシニアウイルスとは、天然痘のワクチン株として用いられたウイルス株であり、「ワクチン」という言語の語源。本研究では、東京都医学総合研究所の小原道法教授らが開発した、SARS-CoV-2遺伝子組み換えのワクシニアウイルスをベクターとしているワクチンを使用しました。
(注2)溶解性マイクロニードルパッチ
マイクロニードルの種類の一つで、針自体が体内で溶ける素材(ヒアルロン酸やカルボキシメチルセルロースなど)でできています。
(注3)ウイルス力価
試料中(ここではマイクロニードル内)に含まれる感染性を持つウイルス量のことです。
(注4)皮内投与
薬剤を皮膚の浅い層(表皮・真皮)0.5~1.0 mm に届ける方法です。深さのレンジは、体の部位、人種によって異なります。皮内には、免疫反応を誘導するランゲハンス細胞が多く分布しています。
(注5)二又針
先端が二つの突起(フォーク状)になっている特別な針で、突起の間にワクチン液をつけて、皮膚に数回刺すことで、ワクチンを表皮層へ届けます。1970年代には、WHO天然痘根絶計画で標準的に使用されました。
○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
教授 金 範埈 (きむ ぼんじゅん)
Tel:03-5452-6224
E-mail:bjoonkim(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)