○発表のポイント:
◆可視光を吸収し、2ミリ秒と長く発光し続ける分子状の亜鉛化合物を創出しました。さらに、この特性により、青色LEDを利用した光触媒反応への応用にも成功しました。
◆亜鉛のもつ、電子を収容していない「空(から)」の軌道を効果的に利用する分子設計により、従来の亜鉛化合物の課題であった「可視光吸収の乏しさ」「励起子寿命(吸収した光エネルギーの保持時間)の短さ」を同時に克服することに成功しました。
◆希少金属に依存しないため、低コストな可視光機能材料設計が期待されます。加えて、亜鉛の生体適合性を活かし、創薬・医療・バイオ分野への展開に資する技術となることが期待されます。

空軌道の利用により、可視光の吸収・発光・光触媒などの可視光機能を示す亜鉛化合物
○概要:
東京大学大学院工学系研究科の岩本 秀光 大学院生、生産技術研究所の砂田 祐輔 教授、和田 啓幹 助教らによる研究グループは、可視光を吸収し、2ミリ秒と長く発光し続ける分子状の亜鉛化合物の合成に成功しました。
本研究では亜鉛のもつ「空(から)」の軌道(注1)を効果的に利用する新しい分子設計を取り入れることにより、従来の亜鉛化合物の課題であった可視光の吸収と長く持続する発光を同時に達成しました。さらに、可視光吸収と長く持続する発光の同時実現により、可視光源を利用した光化学反応が可能となり、実際に青色LEDを利用した化学反応への応用にも成功しました。
以上の結果は、亜鉛化合物が可視光に応答し、能動的な光機能を示すことを実証するものです。本研究の成果により、希少金属に依存しない亜鉛を用いた低コストな可視光機能材料の開発や、亜鉛の生体適合性を活かした創薬・医療・バイオ分野における材料開発への展開が期待されます。
○発表者コメント:和田 啓幹 助教の「もしかする未来」
この研究の核心にあるのは、「亜鉛は、光材料の主役になれるのか?」という問いです。亜鉛は、可視光に対してはイノセントな元素とされてきた一方、コストや生体毒性の低さに鑑みると、非常に魅力的な金属元素でもあります。そのため、もし亜鉛が主体的に可視光に応答し、発光や光反応を担うことができれば、人類にとって大きな価値創造につながると考え、この研究に着手しました。今回の結果は、まだまだ萌芽段階ではありますが、本研究を契機として、さらに深化した光機能を有する亜鉛化合物が構築され、人類の豊かさに貢献できる、そんな未来を目指して研究を進めていきます。
○発表者コメント:砂田 祐輔 教授の「もしかする未来」
本成果は、和田 啓幹 助教の立案・主導のもと、岩本 秀光 博士課程学生との協働による多くの努力と創意工夫から生まれたものです。未来社会を支える物質科学の発展には、各元素の潜在的機能の発見・活用・最大化が重要です。本研究は、光機能材料の中心金属として未活用だった亜鉛に可視光応答機能を付与した、材料設計における元素選択の幅と階層を拡張し得る重要な成果と思います。今後、和田助教を中心とした研究グループによるさらなる発展を期待しています。
○発表内容:
亜鉛化合物は一般に無色な物質であり、分子の中心に位置する二価の亜鉛は、可視光に対してイノセント(innocent,「無実/関与しない」)な元素であると長らく考えられてきました。そのため、可視光を利用する光化学反応や光デバイスにおいて重要な役割を果たす光機能性材料への応用には、大きな制約がありました。
このような背景のもと、研究グループは2023年に、世界で初めて可視光を吸収する亜鉛化合物を報告しましたが、その実現には分子内に二つ以上の亜鉛原子を組み込むことが不可欠でした。今回の研究では、亜鉛原子を一つのみ含み、それ以外は水素・炭素・窒素といった普遍的な軽元素から構成される亜鉛「単核」錯体(注2)において、可視光機能を実現しました。鍵となったのは、亜鉛が本来有する「空(から)」の原子軌道の利用です。亜鉛の空軌道を、別の原子がもつ空軌道に対して適切な方向に配列させることで、エネルギーの低い新たな空軌道を構築でき、その結果、従来は困難であった可視光吸収が単核錯体においても実現可能なことを実証しました。図1には、Z-cAACCy名付けた亜鉛単核錯体を用いた対照実験の結果を示しています。空軌道が垂直に配置された場合には可視光吸収せず、無色な結晶を与えるのに対し、空軌道が平行に配置された場合には可視光吸収を示し、黄色い結晶を与えることがわかります。

図1:Z-cAACCyと名付けた亜鉛錯体の特性の模式図と結晶の写真。亜鉛(Zn)の空軌道と炭素(C)の空軌道の配置が垂直となる場合には無色な結晶(左)を与える一方、平行な配置となる場合には、新たに低エネルギーな空軌道が形成され、可視光を吸収する黄色結晶を与える(右)。
さらに、この知見を基に開発したZ-IPと名付けた別の亜鉛単核錯体は、可視光吸収に加えて発光も示すことがわかりました。この発光は軽元素のみから構成される一般的な蛍光材料とは異なり、室温下においても発光寿命(注3)が2ミリ秒と長く、錯体の励起状態(注4)が長時間維持されていることを示す結果でした(図2a)。Z-IPは軽元素以外には亜鉛原子のみを含む単核錯体であり、この特異的に長い励起状態は亜鉛の関与によって実現したことが明らかとなりました。
加えて、このような長い励起状態は、光化学反応への応用において好ましい性質であることが知られています。そこで本研究では、「可視光吸収」と「長寿命励起状態」という二つの特長を活かし、可視光源を用いた光触媒(注5)反応への応用可能性を検証しました(図2b)。その結果、青色LEDを光源として用いることで、Z-IPを光触媒とした既存のモデル反応が効率的に進行することを確認しました。
以上の結果は、適切な分子設計によって亜鉛化合物が可視光に応答して機能する材料となり得ることを示すものであり、可視光吸収にとどまらず、発光や光触媒といったアクティブな可視光機能を亜鉛錯体で実現できることを明らかにしています。これは、可視光機能において亜鉛が従来イノセントと見なされてきた理解を覆し、非イノセントな役割を果たし得ることを、理論的・実験的に明確に示したものです。

図2:(a)Z-IPの構造および発光物性。(b)Z-IPを利用した光触媒のモデル反応。
亜鉛は低コストで生体適合性を有する金属元素として知られており、これまで光機能材料では主に貴金属に依存してきた技術分野において、材料設計の観点から新たな選択肢となり得る元素の一つです。本研究で開発した亜鉛単核錯体により、そのような亜鉛を用いた材料が可視光に応答して機能し得ることを実証しました。本研究の成果は、亜鉛単核錯体において可視光応答を実現した点で、光機能材料としての亜鉛を用いた材料設計の可能性を大きく拡張するものです。特に、持続可能性や安全性が求められる創薬・医療・バイオ分野において、可視光を利用する光機能材料設計に新たな選択肢を与えるものであり、今後の材料開発および分子設計技術に貢献すると期待されます。
〇関連情報:
「プレスリリース①鮮やかに色づく亜鉛(Zn)化合物の合成に成功――安価・低毒性なZnを用いた可視光機能材料開発へ――」(2023/10/11)
○発表者・研究者等情報:
東京大学
大学院工学系研究科
岩本 秀光 博士課程学生
生産技術研究所
砂田 祐輔 教授
和田 啓幹 助教
○論文情報:
〈雑誌名〉Chemical Science
〈題名〉Zincafluorene complex with an empty C-Zn π orbital that captures visible light
〈著者名〉Hidemitsu Iwamoto, Yusuke Sunada, and Yoshimasa Wada*
〈DOI〉10.1039/D5SC09340F
○研究助成:
本研究は、JSPS科研費「若手研究(23K13757)」、「基盤研究(B)(24K01495および25K01781)」、JST「ALCA-Next(JPMJAN23B1)」、(公財)藤森科学技術振興財団 研究助成、東京大学生産技術研究所 助教研究支援費の支援により実施されました。
○用語解説:
(注1)軌道
原子や分子の中で電子が存在する、または存在し得る空間的な領域のこと。電子が存在している軌道を占有軌道とよび、存在していない軌道を空軌道とよぶ。
(注2)錯体
金属元素に、配位子と呼ばれる原子や原子団が結合して形成される分子の総称。亜鉛錯体では、亜鉛が金属元素に相当する。また、単核錯体とは、分子内に金属元素を一つだけ含む錯体を指す。
(注3)発光寿命
光を吸収した物質が、どのくらいの時間光り続けるかを表す指標。蛍光材料は百万分の一ミリ秒程度の短い発光寿命を示す。
(注4)励起状態
エネルギー的に最も安定な状態よりも高いエネルギー状態のこと。ここでは、電子が可視光などの光を吸収した際に生じる一時的な高エネルギー状態のことを指す。
(注5)触媒
それ自身は反応の前後で消費されることなく、化学反応に関与して反応を促進する物質。特に光触媒とは、光を吸収することで機能する触媒を指す。
○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
助教 和田 啓幹(わだ よしまさ)
Tel:03-5452-6362
E-mail:waday(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)