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【記者発表】ニホンジカの生息域と人との接触時リスク評価

○発表のポイント:
◆ニホンジカの生息しやすさと、人との接触リスクを同時に評価できる、新規の地理空間的分析手法を開発した。
◆三重県多気町を対象に解析を行った結果、植生量と降水量がニホンジカの生息しやすさに強く影響し、集落の位置と人口密度が人との軋轢に強く影響することが明らかになった。
◆ニホンジカの保存計画や軋轢緩和など、地域主体の野生動物管理の取り組みを支えることが期待される。

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研究対象地域を示す地図(左:対象県をトリミング表示)および、2021~2024年のシカの位置情報を重ね合わせた研究区域の分布図

○概要:
 東京大学 生産技術研究所のパンディト サンタ 特任研究員、沖 一雄 特任教授(兼:京都先端科学大学工学部・教授)、南アフリカ共和国・西ケープ大学のドゥベ ティモシー 教授、株式会社協和コンサルタンツの諸藤 聡子氏、英国・プリマス海洋研究所のサレム イブラヒム サレム氏(兼:京都先端科学大学工学部・特任准教授)からなる学際的研究チームは、三重県多気町波多瀬地区においてニホンジカ(Cervus nippon)に関する研究を実施した。本研究では、先進的な地理空間技術と専門家の知見を組み合わせ、ニホンジカの生息適性と人間との接触時リスクを評価した。基準選定、意思決定階層の構築、専門家評価の収集、階層分析法(AHP)(注1)の適用という体系的な4段階の枠組みを用いることで、実践的な接触時緩和策に関するエビデンスに基づいた提言を提示している。

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図1:研究対象地域における潜在的生息地適性マップ(左から、土地要因、環境要因、総合要因)

○発表者コメント:パンディト サンタ 特任研究員の「もしかする未来」
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本研究を開始した背景には、日本におけるニホンジカ個体数の増加に伴い、人間社会との軋轢が深刻化しているという課題がある。とりわけ、専門家の知見と地理空間解析を統合して軋轢ホットスポットを特定するアプローチは、地域社会に対して共存に向けた実践的な指針を提供する点で極めて有用であると考えている。今後は、生態系の持続性と地域の安全性の両立を図る空間的フレームワークおよび革新的な管理戦略の高度化を目指すとともに、同様の社会―生態学的圧力に直面する他地域への応用を進めていく予定である。

○発表内容:
 日本では、ニホンジカ個体群の指数関数的な増加が先行研究によって指摘されており、森林劣化、農作物被害、交通事故、生態系への影響など、人間とシカ間の軋轢(Human-Deer Conflicts:HDCs)の深刻化が懸念されている。こうした状況は、空間情報に基づく管理戦略を早急に導入する必要性を強く示している。

 このような背景を踏まえ、本研究では、三重県多気町の波多瀬地区を対象に、専門家の意見を取り入れたAHPと地理情報を組み合わせた新しい手法を開発し、シカが生息しやすい場所と、人との接触が起きやすい場所の両方を同時に評価した。生息適地の評価には、土地要因(標高、傾斜、土地利用、農地面積)と環境要因(河川からの距離、地形湿潤指数[TWI](注2)、地表面温度[LST](注3)、正規化差分植生指数[NDVI](注4)、降水量)を用いた(図1)。一方、HDCリスク(人間とシカの軋轢が生じる危険性)は、近接要因(シカ出現地点、森林、防護柵、道路、農地までの距離)および曝露要因(生息適地、人口密度、集落密度)を用いて評価した。(図2)

 その結果、環境要因(重み0.70)が土地要因(重み0.31)を大きく上回り、本研究地域では、生息適地が主に生物気候学的プロセスによって規定されていることが示された。この傾向は、気候や水文条件といった非生物的要因が、人為的な土地利用よりも生物分布に強く影響するという生態的ニッチの概念を支持するものである。さらに、生息適地がHDCリスクを規定する最も重要な要因であり、全体リスク行列の約50%(重み0.497)を占めていた。4段階から構成されるAHPを用いた結果、植生条件および降水量は、傾斜や標高よりもニホンジカの生息地形成に大きく寄与していることが明らかになった。調査地域の約半分は中程度の生息適地に分類され、特に生息条件が良好な地域と市街地や集落が重複する北部および東部において、被害の「ホットスポット」が集中していた。集落密度は、森林や道路への近接性を上回る最も強いリスク要因として抽出された。

 生息適地評価と被害リスク分析を統合することにより、本研究は、生態系の持続可能性と地域社会の安全性の両立を目指す政策立案者および保全関係者に対し、堅牢かつ実践的な空間的意思決定フレームワークを提供する。具体的な対策としては、高リスク区域における防護柵の設置、忌避性植物を用いた生息環境の改変、繁殖制御プログラム、給餌場などを活用した誘導対策、ならびに集落周辺におけるセンサー型忌避装置の導入が挙げられる。また、森林縁辺部を共有する地域間での越境的な連携は、シカの移動管理において不可欠である。本研究は、人為改変された景観におけるニホンジカの生態理解を深化させるとともに、増大する社会―生態学的圧力下における野生動物管理に対し、実行可能で科学的根拠に基づく知見を提供するものである。

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図2:研究対象地域において特定された潜在的リスクゾーン
(左から、暴露要因、近接要因、HDCリスク総合マップ)

〇関連情報:
プレスリリース【記者発表】AIを利用した音声分析技術でシカの行動実態に迫る」(2024/11/13)

○発表者・研究者等情報:
東京大学 生産技術研究所
 パンディト サンタ(PANDIT Santa)特任研究員

 沖 一雄 特任教授
  兼:京都先端科学大学 工学部 教授

○論文情報:
〈雑誌名〉Ecological Informatics
〈題名〉GIS-based assessment of sika deer (Cervus nippon) habitat suitability and human conflict risk using integrated analytical hierarchy process-multi-criteria decision analysis
〈著者名〉Santa Pandit*, Kazuo Oki, Timothy Dube, Satoko Morofuji, and Salem Ibrahim Salem
〈DOI〉10.1016/j.ecoinf.2025.103562

○研究助成:
本研究は、科研費「基盤研究(A) (課題番号:22H00576)」および農林水産省「スマート農業実証プロジェクト」(事業主体:国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構、課題番号土3E5地)の支援により実施されました。

○用語解説:
(注1)階層分析法(Analytical Hierarchy Process: AHP)
 AHPは、複雑な問題を評価基準や代替案から成る階層構造に分解し、基準間の一対比較によって相対的重要度を定量化し、合理的で一貫性があり、かつ透明性の高い意思決定を支援する多基準意思決定手法であり、研究および実務的応用に広く用いられている。

(注2)地形湿潤指数(Topographic Wetness Index:TWI)
 TWIは、上流集水面積と局所的な傾斜を統合することにより、土壌水分の空間分布を表現する地形ベースの水文学的指標であり、地表の湿潤状態、排水条件、生息地適性の評価など、環境・生態学研究において広く用いられている。TWIは数値標高モデル(Digital Elevation Model:DEM)から算出され、Landsat(人工衛星)の分光バンドとは独立した指標である。

(注3)地表面温度(Land Surface Temperature:LST)
 LSTは、地表面から放射されるエネルギーに基づく地表の表面温度を示す指標であり、土地被覆の熱的状態やエネルギー交換過程を反映する。環境研究においては、地表加熱、植生ストレス、都市化の影響、生息環境条件の評価などに広く利用されている。Landsatでは、放射補正・大気補正および地表面放射率の推定を行った上で、熱赤外センサ(Thermal Infrared Sensor:TIRS)のバンド10(熱赤外域)を用いてLSTが算出される。

(注4)正規化差分植生指数(Normalized Difference Vegetation Index:NDVI)
 NDVIは、健全な植生で高く反射される近赤外域の反射率と、クロロフィル吸収により低くなる赤色域の反射率のコントラストを用いて、植生の緑量および活力度を定量的に評価する代表的な分光指標である。
Landsat 8/9におけるNDVIは、以下のバンドを用いて算出される。
・バンド5(近赤外域:NIR)
・バンド4(赤色域:Red)
算出式:NDVI =(バンド5 − バンド4)/(バンド5 + バンド4)

○問い合わせ先:
〈研究に関する問い合わせ〉
東京大学 生産技術研究所
特任研究員 パンディト サンタ
Tel:03-5452-6128
E-mail:pandit(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)

〈報道に関する問い合わせ〉
東京大学 生産技術研究所 広報室
Tel:03-5452-6738
E-mail:pro(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)

京都先端科学大学 広報センター
Tel:075-406-9121
E-mail:kouhou(末尾に"@kuas.ac.jp"をつけてください)

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