○発表のポイント:
◆本研究では、衛星観測データをもとに黄河流域の河川流量を推定し、灌漑用の水利用により河川流量が減少している可能性を発見しました。
◆従来は限られた数の現地観測地点における時系列的な評価しかできませんでしたが、衛星観測により河川流量を上流から下流まで連続的に推定でき、空間的な流量変動を捉えました。
◆現地観測地点が乏しい流域でも河川流量を把握できるため、途上国を含むグローバルな河川モニタリングや流域管理への貢献が期待されます。
衛星観測データから河川流量の空間的変動を捕捉
○概要:
東京大学大学院工学系研究科 社会基盤学専攻 石川 悠生博士課程学生(研究当時)と同大学 生産技術研究所 山崎 大准教授らによる研究グループは、河川に流れる水の量を衛星観測データから推定する手法(衛星観測流量:注1)を黄河の主河道を対象として空間的に連続に適用し、人間活動による流量変化を宇宙から捉え得ることを明らかにしました。
衛星観測流量に関する従来の研究は、現地流量観測所が存在する限られた地点における時系列的な精度評価に留まっていました。これに対し本研究では、衛星観測流量の広域適用可能性に着目し、対象流域の上流から下流まで連続的に推定することで空間的な流量の変動を捉えることができるのではないかという発想に至りました。流量空間変化を現地観測データや灌漑農地分布と比較した結果、灌漑が盛んに行われている区間において人間による取水の影響で河川流量が減少している可能性があることを発見しました。これにより、衛星観測流量を用いて流況把握ができることが確認されたため、現地流量観測所が乏しい未観測流域においても流域モニタリング・管理への貢献が期待されます。
○発表者コメント:石川 悠生氏の「もしかする未来」
衛星観測データのみから流量を推定するという先進的な手法を知ったときに、もともと関心のあった人間活動が河川に与える影響をこの手法を応用して捉えられないかというのがモチベーションでした。
データが溢れる時代ですが、水文観測データは十分に整っている流域の方が少ないため、未観測流域における人為的な河川への影響を把握できるというのは大きな価値があると考えています。
今後は新たに活用できるようになったSWOT衛星(注2)データも用いて全球の人間社会と陸域水循環の相互作用を宇宙から解明することを目指していきたいです。
○発表内容:
ダム操作や農業用水の取水などの人間活動は流域の水循環を改変し、河川を流れる水の量(流量)には自然流域とは異なる時空間的な変化が生じています。これらの変化は、水資源の公平な分配や下流域での水利用の安定性に直接影響し、洪水・渇水リスクや生態系への負荷の増大、さらには流域内の社会活動の持続性にも関わります。しかしながら、現地流量観測が限られる流域においては、流域の上流から下流にかけてどこでこのような人間活動の影響が生じているのかを把握するのは容易ではありません。このような空間的な制約を解決する手段として衛星リモートセンシングの活用が挙げられますが、従来の衛星は地表面の観測は可能であったが、水面下の情報が必要な河川流量の観測は困難でした。近年、SWOT衛星の2次元水面標高データの利用を見越して衛星観測データのみから河川流量を推定できる手法(衛星観測流量)が開発されました。既往の衛星観測流量に関する研究では、現地観測データと比較した時系列評価に主眼が置かれていましたが、人間活動による河川流量の変動まで検出することできるかは未知数でした。本研究チームは地上観測データを用いずに広域に流量推定を可能にするという利点に着目し、Landsat衛星(注3)画像から抽出された河道幅をもとに、黄河主河道の上流から下流まで連続した668箇所に対して流量の推定を試みました。
その結果、妥当な河川流量の空間分布が推定され、上流域においては一定区間内の衛星観測流量の変化トレンドが観測流量と一致しており、特に灌漑が盛んな地域では流量の減少傾向が明瞭に確認されました(図1)。また、主要な支川との合流点において衛星観測流量の増加も観察されました。これらの結果から、衛星観測流量は人為的要因・自然的要因の両方による流量変動を把握し得ることが示唆されました。
さらに、衛星観測流量の第一推定値(注4)においても人間活動による取水の効果を擬似的に考慮することで、人間活動の影響が集中的に現れる下流部において流量の過大推定を抑制し、衛星観測流量の推定精度を向上させることが明らかになりました(図2)。一方で、黄河下流域のように堤防によって河道幅の変化が制限されている区間では、河道幅に基づく衛星観測流量推定では空間的な流量変化を捉えることが困難であることも確認されたため、河道幅に加えて水面標高を観測するSWOT衛星データの利活用を今後は検討しています。
本研究の発見により、全球の河川において衛星データから人間活動の影響を把握し得ることが判明しました。これは、世界各地での水利用の実態把握や、水資源や農業の持続可能性を評価するための基盤となり得ます。さらに、途上国や山岳地域などの現地観測が乏しい流域における河川洪水・水資源管理や生態系影響モニタリングのための計画・政策の策定に寄与することが期待されます。さらに将来的には、衛星観測と水文モデル(注5)を統合的に利用して全球規模の河川-人間活活動モニタリングシステムを構築し、気候変動や人口増加によって深刻化する水資源問題に対する持続可能な解決策を提示できるような枠組みの実現を目指していきたいと考えています。
図1:黄河主河道における衛星観測流量の空間的な変化。
(a)668の個別河線における流量推定値(水色の点線)とその区間回帰(濃青の破線)。灰色の縦線は主要な支流との合流部("C")を示し、全ての合流点で流量が増加(Cの下に示す数字が流量の増加量 [m3/s])していることがわかる。区間回帰線は特に上流部で×で示す現地観測流量値の傾向と一致しており、これらは灌漑が盛んに行われている地域である。(b)回帰区間における河川流量の変化量のトレンド。
図2:異なる流量第一推定値を用いて衛星観測流量を推定した場合の精度比較
(a)黄河主河道の4つの観測点における衛星観測流量値の時系列変化。(b)19観測所において検証された従来実験(青)と擬似灌漑考慮実験(赤)における衛星観測流量の相関係数(CC)、相対バイアス(rBIAS)、Nash-Sutcliffe係数(NSE)。擬似灌漑考慮実験では特に下流側において過大評価が抑制されたことで衛星観測流量の推定精度が向上している。
○発表者・研究者等情報:
東京大学
大学院工学系研究科
石川 悠生 博士課程学生/日本学術振興会特別研究員(研究当時)
生産技術研究所
山崎 大 准教授
○論文情報:
〈雑誌名〉Geophysical Research Letters
〈題名〉Evaluation of a Width-Based Satellite Discharge Algorithm for Detecting Longitudinal Flow Changes in a Human-Regulated Continental River Basin
〈著者名〉Yuki Ishikawa, Dai Yamazaki, Yuting Yang
〈DOI〉10.1029/2024GL114191
○研究助成:
本研究は、科研費「特別研究員奨励費(課題番号:23KJ0709)」、「基盤研究(S)(課題番号:21H05002)」、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(課題番号:JPMJSP2108)、中国奨学金委員会の支援により実施されました。
○用語解説:
(注1)衛星観測流量
地上の観測機器から得られた情報に依存せず、人工衛星が取得する河道幅や水面標高などの水文情報を利用して河川流量を推定する手法および推定された流量値を指します。現地観測が乏しい地域における水資源や洪水リスクを把握できる点が特長です。
(注2)SWOT衛星
Surface Water and Ocean Topography satelliteの略称で、2022年に打ち上げられた国際共同ミッションの人工衛星です。地球上の河川や湖沼、海洋の水面標高を高精度で2次元的に測定できる世界初の衛星として、水循環研究に革新をもたらすと期待されています。
(注3)Landsat衛星
アメリカ航空宇宙局(NASA)が1972年から運用している地球観測衛星シリーズで、地表面の土地利用や植生、水域の変化を数十年にわたり観測しています。本研究ではLandsatが捉えた地表水域から河道幅の変化を捉え、衛星観測流量の推定に活用されています。
(注4)流量第一推定値
衛星観測流量を推定する際に、対象とする河川において大まかにどの程度の水が流れているかの初期値を指します。この初期値を衛星から観測された水文情報(河道幅や水面標高)をもとに補正してあげることで、現実の観測情報を反映したより確からしい流量値が計算されます。
(注5)水文モデル
降水や蒸発、地表流や地下水流など、自然界の水の移動を物理法則や経験式に基づいて数値的に再現するモデルです。流域全体の水循環を理解や洪水・渇水のリスク評価のために活用されています。
○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
准教授 山崎 大(やまざき だい)
Tel:03-5452-6382
E-mail:yamadai(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
研究室URL:https://global-hydrodynamics.github.io/