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【記者発表】ガス貯蔵材料などに活躍、柔らかい次世代多孔性結晶開発へ――孔の硬さと大きさが変化し、分子の吸着・脱着状態が安定化――

○発表のポイント:
◆ ナノメートルサイズの小さな孔に選択的に分子を吸着し、消臭剤や脱水剤、触媒などで活躍する、柔らかい多孔性結晶の新たな理論モデルを提案し、分子吸脱着を制御する指針を得た。
◆ 分子吸着によって結晶の硬さや孔の大きさが変化することで、吸着・脱着状態が安定化されることが明らかになった。
◆ 優れた安定性を示すガス貯蔵材料や触媒など、機能的な多孔性結晶開発への応用が期待される。

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理論モデルのイメージ図

○発表概要:
 東京大学 生産技術研究所の光元 亨汰 特任研究員、高江 恭平 特任講師は、金属有機構造体(Metal-Organic Framework; MOF) (注1)における分子吸脱着過程に対するモデルを、統計物理学(注2)の手法を用いて提案し、コンピュータシミュレーションにより、硬さの不均一性が分子吸脱着転移におけるヒステリシス(注3)に対して本質的な役割を果たすことを明らかにしました。
 活性炭やゼオライト(注4)などの多孔性材料は、ナノメートルサイズの小さな孔に選択的に分子を吸着する性質を持ちます。この性質を利用することで、消臭剤や脱水剤、触媒など、様々な用途で使用されています。近年、次世代の多孔性材料として、金属有機構造体(MOF)が注目されています。従来の多孔性材料よりも柔軟な格子構造を持ち、分子を吸いこむことで膨らんだり縮んだりします。そのやわらかさを利用して、燃料ガス貯蔵や、ガス分離によるCO2の排出削減など、エネルギー・環境問題の解決が模索されています。しかし、MOFの中でおこる現象については、未解明な部分が多く、とくに、吸い込まれた分子によって、結晶の硬さや孔の大きさが変化することが、吸着状態と脱着状態の転移や、吸着分子の分布など、吸着の性質にどのように反映されるかについては、明らかにされてきませんでした。
 本研究は、分子の吸着過程はどこでも同じではなく、吸いこんだ領域のみ、部分的に硬さが変わることに注目しました。この、部分的な硬さのちがいが、分子の分布に影響をおよぼし、ヒステリシス制御につながることを明らかにしました。この結果は、機能的な多孔性結晶を開発するための物理学的指針を提供するものです。近年、活発となっているAI技術を利用した材料設計の枠組みに、硬さの変化という要素を組み込むことで、優れた安定性を持つガス貯蔵材料や触媒などの開発への応用が期待されます。

○発表内容:
 小さな孔がたくさん空いた材料のことを多孔性材料と呼びます。孔の中に気体・液体分子を取り込むことができ、我々の生活の中で非常に古くから活用されてきました。代表的なものは活性炭やゼオライトなどです。活性炭は、車の中の消臭剤等に利用され、ゼオライトは、水質を改良するためなどに利用されます。また、ゼオライトは、工学的にも重要であり、ガソリンの合成や環境汚染ガスの分解に使われる触媒などに利用されています。近年、次世代の多孔性材料として、金属有機構造体(MOF)が注目されています。MOFは非常に高いデザイン性を持ち、現在では、20,000種類以上のMOFが合成されています。吸着剤やガス分離・貯蔵、触媒、センサー、磁性材料など、さまざまな応用可能性を秘めており、とくに、燃料ガス貯蔵や、ガス分離によるCO2の排出削減など、エネルギー・環境問題への応用が期待されています。しかし、MOFの中でおこる現象については、未解明な部分が多くあります。たとえば、吸い込まれた分子による結晶の硬さと孔の大きさの変化が、吸着分子の分布にどのように影響するか、吸着の性質にどのように反映されるかについては明らかにされてきませんでした。
 本研究では、物理学の視点から、柔らかい多孔性結晶における分子のふるまいを解明することを目指しました。分子吸着した部分の硬さの変化と格子変形を取り入れたモデル(図1左)を統計物理学の手法を用いて提案し、コンピュータシミュレーションにより、分子吸脱着過程において観測されるヒステリシスに対して、硬さの不均一性が重要な役割を担うことを見出しました。分子の吸着過程はどこでも同じではなく、部分的に吸いこむことで、部分的に硬さが変わります。これは弾性不均一性と呼ばれ、マテリアルサイエンスで古くから研究されてきました。硬い領域は、コンパクトな形に、やわらかい領域は、細長い形になる効果が弾性不均一性によって生じます。この効果が、柔らかい多孔性結晶における分子の分布に影響を及ぼすことを、新たに発見しました(図1右)。そして、この分布がさらなる吸着・脱着をさまたげ、結果として大きなヒステリシスを生み出していることがわかりました。

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図1:(左) 理論モデルの概念図。(右)吸着で硬くなる場合におけるシミュレーション結果。 分子吸着していない柔らかい領域は細長い形状になっている。

 ヒステリシスが大きいということは、分子を内部に取り込んだ状態を安定的に維持できるということを意味します。これは、貯蔵したガスを輸送する際に非常に便利な性質です。また、広い温度・圧力範囲での触媒利用が可能となります。本研究では、格子変形だけではなく硬さの変化もまたヒステリシスを生み出す原因となることを、コンピュータシミュレーションによって発見しました。近年、活発となっているAI技術を利用した材料設計の枠組みに、硬さの変化という要素を組み込むことで、優れた安定性を持つガス貯蔵材料や触媒などの開発が期待されます。

○発表者:
東京大学 生産技術研究所
  光元 亨汰(特任研究員)
  高江 恭平(特任講師)

○論文情報:
〈雑誌〉Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of AmericaPNAS、米国科学アカデミー紀要) (7月19日付)
〈題名〉Elastic heterogeneity governs asymmetric adsorption-desorption in a soft porous crystal 〈著者〉Kota Mitsumoto and Kyohei Takae
〈DOI〉 10.1073/pnas.2302561120

○研究助成:
本研究は、科研費「特別推進研究(課題番号:JP20H05619)」の支援により実施されました。

○用語解説:
(注1)金属有機構造体 (Metal-Organic Framework; MOF)
 金属イオンと有機分子が架橋してできた格子構造を持つ。用いる金属や有機分子の種類を変えることで、様々な性質を持つ物質をデザインすることができる。多孔性配位高分子(Porous Coordination Polymer; PCP)とも呼ばれる。

(注2)統計物理学
 結晶や液体に代表されるような、多数の粒子からなる系の、熱力学的現象や相転移を理解するための物理学の一分野。

(注3)ヒステリシス
 物質の状態が、現在の温度・圧力等の条件だけでなく、過去の状態や条件を変化させる過程に依存する現象。

(注4)ゼオライト
 天然の粘土鉱物として発見された多孔性の無機結晶である。現在では、天然のゼオライトだけでなく、天然では採掘されないような人工のゼオライトも合成されており、多様な用途で用いられている。

○問い合わせ先:
〈研究に関する問い合わせ〉
東京大学 生産技術研究所
特任講師 高江 恭平(たかえ きょうへい)
Tel:03-5452-6125
E-mail:takae(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)

〈報道に関する問い合わせ〉
東京大学 生産技術研究所 広報室
Tel:03-5452-6738
E-mail:pro(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)

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