ニュース
ニュース
プレスリリース
【記者発表】降水の気候変化の特徴を精度よく推定 ――気候モデルシミュレーションを高解像度化し、温暖化の影響を評価――

○発表のポイント:
◆雨の降り方は、局地的な地形の影響を受け、地域ごとに大きく異なる。従来の気候モデルシミュレーションでは、解像度が低いため、局地的な降水特性を推定することが困難だった。
◆機械学習を用いて、気候モデルシミュレーションを高解像度化する手法を開発した。局地的な降水特性を再現し、温暖化が与える影響を評価することが可能となった。
◆3,000年分の気候モデルシミュレーションの高解像度化から、近年の梅雨期の降水変化は、温暖化よりも自然変動の影響が極めて大きいことが示唆される。今後は、地形や気象現象等の複雑な相互作用による降水強化メカニズムを解明し、水災害リスクの低減につなげたい。

clim01.png
AIによる気候モデルシミュレーションの高解像度化

○発表概要:
 東京大学 生産技術研究所の吉兼 隆生 特任准教授と芳村 圭 教授は、低解像度の気候モデルシミュレーションから高解像度の降水特性を推定するための機械学習を用いた手法を開発しました。現状の気候モデルシミュレーションでは、対応が困難である、地域詳細の降水特性の推定を可能にします。
 降水の気候特性は、地形など局地的な要因の影響を強く受けて地域ごとに大きく異なります。そのため、洪水など水災害リスクや水資源量の気候変動を予測するためには、地域詳細の降水特性を再現する必要があります。一方、数値モデルにより気候変動を再現するためには、長期間の気候モデルシミュレーションが不可欠です。しかし、気候モデルシミュレーションを高解像度で実施するには膨大な計算機資源を必要とするため、現状では局地降水の気候変動特性を推定することが困難でした。
 そこで、以前に開発した広域での降水空間分布特性と局地降水との関係性を機械学習でパターン認識するモデルバイアス補正手法(注1)を応用して、低解像度の気候モデルシミュレーションを高解像度化する手法を開発しました(注2)(図1)。高解像度化により局地降水の気候特性(頻度、月降水量、強雨)が再現可能であることを示しました(図2)。

clim02.png
図1:本手法による気候モデルシミュレーションの高解像度化。
数値モデルが解像度の5~8倍の気象現象を再現できる性能を有することを利用して、予報モデルによる降水空間分布特性と観測値との関係性をパターン認識した識別器を気候モデルシミュレーションに適用することにより高解像度化を実施した。高解像度化は、説明変数の中心格子を9分割することにより、0.18°(約20km)から0.06°(約5km)へダウンスケーリング(高解像度化)した。


clim03.png
図2:観測(左)、AIによる高解像度化(本手法)(中央)、気候モデルシミュレーション(右)の降水頻度、月降水量、強雨(99パーセンタイル)の長期空間分布。
AIによる高解像度化で気候モデルシミュレーションのバイアスが補正され、観測とほぼ同じ空間分布特性が再現された。気候モデルシミュレーションでは強雨の再現が難しいため過小評価が顕著である。

 さらに3,000年分の気候モデルシミュレーションから高解像度化された降水推定値を解析することにより、近年の梅雨期の降水の気候変動特性を明らかにしました(図3)。観測結果との比較から、過去60年間の降水頻度、強雨は、温暖化による影響よりも自然変動の影響が極めて大きいことが分かりました(図4)。洪水などの深刻な水災害を低減するためには、温暖化による影響だけでなく地形等の局地的要因や様々な気象現象の相互作用による降水強化のメカニズムや特性を解明することが求められます。

clim04.png
図3:観測(左)、AIによる高解像度化(中央)、気候モデルシミュレーション(右)の降水頻度(1mm/h以上)、月降水量、強雨(99パーセンタイル)の前半30年(1952年~1981年)に対する後半30年(1982年~2011年)の気候変動特性。
丸印はウェルチt検定による有意に増加した格子点を示す。3,000年分の再現実験によりAIによる高解像度化と気候モデルシミュレーションでは、降水頻度と月降水量についてはほぼ全域で有意な増加が確認できる。一方で、強雨では有意に増加する地点数が全体の35%程度であり、山岳地域の複雑な熱力学的過程が関係していることが推察される。


clim05.png
図4:観測(左)、AIによる高解像度化(中央)、気候モデルシミュレーション(右)の降水頻度、月降水量、強雨(99パーセンタイル)の各アンサンブル実験の前半30年(1952年~1981年)に対する後半30年(1982年~2011年)の増加率。
誤差範囲は50アンサンブル実験の標準偏差を示す。全体的には増加傾向が見られるが、アンサンブル間のばらつきが大きく、増加しないアンサンブルも少なからず確認できる。観測は、AIによる高解像度化と気候モデルシミュレーションの誤差範囲内に分布することから、60年間では温暖化による影響よりも自然変動が大きいことが示唆される。

○発表内容:
 近年のスーパーコンピュータの飛躍的な進化に伴い、気候モデルシミュレーションによる気候予測精度が大幅に向上しました。一方で、降水は地形に強く影響されるため、地域毎に気候特性が大きく異なります。洪水などの水災害リスクや水資源量を正確に見積もるためには、局地的な降水特性を推定する必要があります。局地降水を再現するには気候モデルの高解像度化が必要です。しかし、膨大な計算機資源が必要になり、現状では、実施が困難です。そこで、以前に開発した広域での降水空間分布特性と局地降水との関係性を機械学習でパターン認識するモデルバイアス補正手法)を応用して、低解像度の気候モデルシミュレーションを高解像度化する手法を開発しました(図1)。
 本手法では、数値モデルがその解像度(格子間隔)の5倍以上の水平規模の気象現象を再現できる性能を有することを利用して、気候モデルと同じ解像度の予報モデルで学習したパターンを気候モデルに適用しました。本手法による高解像度化により気候モデルシミュレーションのバイアスを補正して局地降水の気候特性(降水頻度や強雨)が再現可能であることを示しました(図2)。さらに、3,000年分の気候モデルシミュレーション(過去60年間×50アンサンブル実験:d4PDF)(注3)から高解像度の降水を推定することにより、近年の梅雨期の降水の気候変動特性を明らかにしました(図3)。観測結果との比較から、過去60年間の降水頻度、月降水量、強雨は、温暖化による影響よりも自然変動の影響が極めて大きいことが分かりました。過去60年間の観測からは、温暖化により局地での降水が増加したとは言えないことを示唆しています(注4)(図4)。一般に、温暖化による強雨の変化は、1℃の気温上昇に対し7%の割合で増加するクラウジウス・クラペイロンスケーリング(CC-scaling)(注5)によって説明されます。しかし、実際には地域により7%を超える増加率(Super-CC-scaling)や7%未満の増加率(Sub-CC-scaling)が報告されており、山岳地域での複雑な熱力学過程などが強く影響していることが示唆されています。図3の強雨の結果も、複雑な局地的要因が影響したことが推測されます。一方で、図4から前半30年に対する後半30年の強雨の増加率が50%を超えるケースが少なからず確認できます。これは、自然変動による影響が大きいことが推察されます。自然変動では、台風や梅雨前線を構成する様々な時空間スケールの現象による相互作用や、さらに、地形など局地的要因とも相互作用して局地降水を強化するプロセスが含まれます。今までは、豪雨による被害が少ない地域であったとしても、今後は被害が多くなることも想定されます。洪水などの深刻な水災害リスクを低減するためには、温暖化による影響だけでなく気象現象の相互作用による降水強化のメカニズムや特性を解明することが不可欠になると思われます。
 d4PDF等のアンサンブルによる気候モデルシミュレーションと本手法を活用して、観測されたことのない極端降水現象を再現することにより、地域毎の水災害リスクの推定精度が大幅に向上することが期待されます。本手法で得られた推定値を陸域水循環シミュレーションシステムToday's Earth Japan(注6)に適用し、脆弱性の発見や水災害リスクの低減のための対策強化に役立てることも可能になるでしょう。将来的には、本手法やToday's Earthで得られた情報をデジタルツイン技術により仮想空間上に再現することにより、「災害に強いまちづくり」への利用や、水災害リスクを広く一般にわかりやすく伝えて避難等の判断の支援に役立たせることが可能になるでしょう。

〈関連のプレスリリース〉
「プレスリリース名①機械学習を用いた局地降水予測手法を開発~水災害リスクや水資源量を推定し、災害に強い社会の実現をめざす~」(2022/05/13)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/3851/

「プレスリリース名②環境と経済活動の相互影響を考慮した地球規模シミュレーションによる、長期間に渡る環境負荷の観察を実現~地球規模の包摂的なサステナビリティの実現をめざす~」(2023/05/25)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/4220/

「プレスリリース名③日本中の河川をモニタリング!『Today's Earth - Japan』〜氾濫の危険を30時間以上前に予測〜」(2021/06/18)
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/3585/

○発表者:
東京大学 生産技術研究所
  吉兼 隆生(特任准教授)
  芳村 圭(教授)

○論文情報:
〈雑誌〉 Scientific Reports(6月9日付)
〈題名〉 A downscaling and bias correction method for climate model ensemble simulations of local-scale hourly precipitation
〈著者〉 Takao Yoshikane, Kei Yoshimura
〈DOI〉  https://doi.org/10.1038/s41598-023-36489-3

○研究助成:
 宇宙航空研究開発機構 委託研究 日本域陸面水文量モデルシステムの開発・評価および全球モデルへの適用検討(JAXA)(JX-PSPC-533980)、内閣府総合科学技術・イノベーション会議の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)、環境省環境研究総合推進費(S-20)(JPMEERF21S12020)、環境省・( 独)環境再生保全機構「環境研究総合推進費 2-2202 極端気象の将来変化に関する物理的理解に基づく予測不確実性を低減した情報伝達」、文部科学省統合的気候モデル高度化研究プログラム領域テーマA全球規模の気候変動予測と基盤的モデル開発(TOUGOU)(JPMXD0717935457)、JST未来社会創造事業「顕在化する社会課題の解決」領域 地表面水文量予測情報を利用した流域治水の先進的な実践(JST)(JPMJMI21I6)の成果の一部です。

○用語解説:
(注1)モデルバイアス補正手法
 局地的な降水量や降水頻度には、周辺の地形等が大きく影響する。しかし、従来の予報モデルにその影響を組み込むには、モデルの高解像度化と大量の計算機資源が必要であり、実現が困難だった。広域の気象と複雑な地形等に強く影響された局地気象の関係性をパターン認識し、バイアス補正する手法を開発した。数値モデルが再現可能な広域での気象現象(低気圧に伴う温暖・寒冷前線や停滞前線など)を認識する手法であるため、前線に伴ってその内部で発生する線状降水帯などスコールラインの微細な構造を正確に認識することは難しい。そこで、機械学習で得られた推定値を観測の降水強度で補正することにより、線状降水帯による強雨の効果を間接的に取り入れた。その結果、誤差を大幅に低減し、複雑な地形に対応した降水の推定が可能となった。降水の予報精度向上による水災害リスクの低減や、水資源量の推定への活用が期待される。
東京大学生産技術研究所 最新の研究
http://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/research/archive/3852/

(注2)気候モデルシミュレーションの高解像度化
 複数の高解像度化手法が開発されているが、ほとんどは地形などの局地的効果を反映しにくい手法であり、多くの問題点が指摘されていた。また、予報モデルシミュレーションで学習した機械学習モデルを気候モデルシミュレーションで適用する場合、数値モデル間で降水特性が大きく異なることや機械学習モデルの解釈の難しさなどから適用の根拠が曖昧であり、高解像度化の実施が困難だった。本手法は、数値モデルが解像度の5倍以上の気象現象を再現できることを利用し、広域での気象現象が予報モデルと気候モデルの違いに依存せず再現できると仮定して様々な数値モデルを用いて検証した。その結果、降水の長期特性や気候変動特性が再現され、本手法が気候モデルシミュレーションに適用可能であることを示した。さらに予測精度を向上するには線状降水帯をより正確に予測することが不可欠であり、今後の課題として、数値モデルだけでなく機械学習手法の改良も必要である。

(注3)d4PDF(Database for Policy Decision-Making for Future Climate Change)
 日本周辺での強雨は、主に梅雨前線や台風に伴って形成される。梅雨前線は東西方向に対して南北方向の影響範囲が極めて狭く、形成位置の違いが地域の降水特性に大きな影響を与える。台風は、その規模や経路がケースごとに異なり、その僅かな差が地形に作用して局地の降水特性に大きな影響を与えることが示唆される。過去60年間では、これらの自然変動による影響を評価することが極めて難しく、水災害リスクの推定が困難であった。そこで、数値モデルシミュレーションのもつ初期値鋭敏性(バタフライ効果)を利用し、過去60年間の気象を50パターン(合計3,000年分)仮想的に創造して自然変動を含めた影響評価を試みる研究プロジェクト(d4PDF)が実施された。これにより観測されたことのない様々な降水イベントを評価することが可能になった。本研究では、d4PDFで得られたデータを用いることにより、地点ごと、7月のみの限定された条件において、近年の温暖化と自然変動による影響を評価することが可能になった。図4の結果から、観測結果のほとんどが本手法の推定値のばらつき(標準偏差)の範囲内にあり、d4PDFが観測結果と整合していることが示された。d4PDFを活用することにより、自然変動を含めた水災害リスクの推定精度の向上が期待される。
地球温暖化対策に資するアンサンブル気候予測データベース
https://www.miroc-gcm.jp/d4PDF/about.html

(注4)温暖化による大雨への影響
 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書(AR6)第1作業部会(WG1)報告書、政策決定者向け要約では、「世界中の地域で観測された大雨の変化と、その変化に対する人間の寄与に関する確信度の統合的評価」において、近年大雨の増加傾向が見られるものの、ほとんどの地域で人間の寄与の確信度を「低い」と評価している。さらに、リスク評価等を行う場合は、内部変動など自然変動の影響を考慮することが重要であると述べている。また、気象庁でもアメダスによる観測で近年の大雨の増加傾向が見られるが、数十年スケールの自然変動の影響が大きいことを示唆している。本研究もIPCCや気象庁の見解と一致しており、図3と図4で示しているように、過去60年間で温暖化の影響を検出するには大量の数値モデルシミュレーションが必要であり、それは自然変動の影響が大きいことを意味している。
気象庁 Webサイト IPCC第6次評価報告書(AR6)第1作業部会報告書 政策決定者向け要約
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ipcc/ar6/IPCC_AR6_WGI_SPM_JP.pdf
気象庁 Webサイト 異常気象リスクマップ 大雨が増えている
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/riskmap/heavyrain.html

(注5)クラウジウス・クラペイロンスケーリング
 熱力学的理論から得られるクラウジウス-クラペイロンの関係(気温が1℃上昇するごとに空気中に含むことできる水蒸気量が7%増加)に基づき、気温の上昇に伴って降水量が増加することが知られている。つまり、暖かい大気はより多くの水蒸気を保持できるため、降水を強化する。しかし、場所により気温と強雨のスケーリング率が、クラウジウス-クラペイロンの関係(7%/℃)と大きく異なること場合がある。クラウジウス-クラペイロンの関係よりもスケーリング率が大きい場合をsuper-CC-scaling、小さい場合をsub-CC-scalingという。これらのメカニズムの詳細は不明だが、原因の一つとして地形による複雑な熱力学的プロセスが関係していることが示唆されている。

(注6)陸域水循環シミュレーションシステムToday's Earth Japan
 陸上の水循環をより詳細に把握するためにJAXAと共同で開発されたシステム。日本域においておおよそ30時間先までの降水予報値(気象庁提供)を入力し、約1km解像度での河川流量、水位、土壌水分量など水災害に関係した予測値を出力する。
宇宙航空研究開発機構Webサイト Today's Earth
https://www.eorc.jaxa.jp/water/index_j.html

○問い合わせ先:
〈研究に関する問い合わせ〉
東京大学 生産技術研究所
特任准教授 吉兼 隆生(よしかね たかお)
Tel:04-7136-6965
Fax:04-7136-6965
E-mail:takao-y(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)

〈報道に関する問い合わせ〉
東京大学 生産技術研究所 広報室
Tel:03-5452-6738
E-mail:pro(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)

月別アーカイブ