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ビジョンの実現へ [UTokyo-IIS Bulletin Vol.10]

工学・生命科学と社会を橋渡しする「デザイン力」を――NYセミナーで語る

2022年6月13日(日本時間14日早朝)、本所は東京大学ニューヨークオフィス(UTokyoNY)で「Delivering the Vision--Closing the gap between academic research and society」と題するセミナーを開催しました。生命科学と工学の境界領域における研究活動にフォーカスを当てた活発な議論が繰り広げられ、示唆に富む内容となりました。本所は、研究者、エンジニア、デザイナー、研究を支援するサポーターの方々の学際的な対話やコラボレーションによって、研究を促進、革新することを目指しています。同セミナーには、本所のマイルス・ペニントン教授(デザイン先導イノベーション)、池内 与志穂 准教授(分子細胞工学)、川添 善行 准教授(建築デザイン)のほか、オンラインで藤井 輝夫・東京大学総長が参加しました。なお、同セミナーは、2020年にリニューアルしたニューヨークオフィスのお披露目も兼ねています。

池内 与志穂 准教授は2014年から、脳などの組織ができる過程を体外で再現し、脳の発達の仕組みと関連する疾患の研究をしています。藤井 輝夫 総長と開発したマイクロディバイスを用いてヒトiPS細胞から作製した神経組織(オルガノイド)を生体内に近い状態でつなぎ合わせる技術などの開発を進めています。ニューロン(脳を構成する神経細胞)が神経回路の中でどのように機能するかを体の外で再現できる、画期的なものです。

研究を進める中で出会ったのが、本所のDLXデザインラボでした。この出会いが、池内准教授の研究への向き合い方に大きな影響を与えることになります。協働で見えてきたのは、「Aura」の開発。体外で培養された神経回路の計算能力を使い、ヒトの生化学シグナルや健康をモニタリングするという近未来型デバイスです。池内准教授はセミナーで、「もちろん、これは未来の製品のコンセプトですが、このデバイスを作るのに何が必要かを考えることができるようになりました。また、私の研究が将来、どのように社会に貢献できるかが具体的に想像できるようになり、大きな刺激を受けました」と、DLXデザインラボがもたらした衝撃を語りました。

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Aura

DLXデザインラボはこれまでに、Auraを含めて約20の社会実装への可視化プロジェクトに携わってきました。同ラボを統括するマイルス・ペニントン教授は、「我々のミッションはデザインを通して価値を創造することにあります」と述べた上で、その価値には、デザイナーと研究者のパートナーシップで生まれる以下の3点があると説明しました。

1) 研究者が研究成果をもとに商品やサービスのアイディア出せるよう支援する
2) 大学の活動を一般社会により身近に感じてもらう(市民科学型のプロジェクトや、研究成果の情報発信の強化)
3) 研究者がそれぞれの研究の未来像を見えるようにする(プロトタイプ化や、研究から得られたアイディアの可視化)

本所には120以上の研究室があり、国内外の1,000人以上の研究者が、量子から宇宙までほぼすべての工学分野を網羅した研究を行なっています。このような環境があるからこそ、本所は「トレジャーハンティング」を行うのに理想的な研究所だと、ペニントン教授は指摘します。つまり、商業化のアイディアにつなげる「隠れたお宝」が、研究の中に眠っている可能性が高いのです。

一方、川添 善行 准教授はセミナーで、建築学と生命科学が融合する実証的建築について興味深い研究を披露しました。人間活動の約9割は屋内で行われるため、室内の環境が身体や精神状態に影響を与えます。実験では、異なる建築要素(建材の材質や色、サイズなど)を被験者に見せ、脳の電気信号がどのように反応するかを分析しました。

例えば、樹木などの緑を見た場合、脳がシータ波を出すことによってリラックスし、クリエイティブな発想を可能にすることが分かっています。「建築では『ヒューマンセントリック(人間主体)デザイン』と呼ばれる、デザインの生理学的な側面も考慮しなければなりません。そうすれば、工学だけではなく、生命科学も建築デザインの過程を変えることになります」

藤井総長は基調スピーチで、学術研究と社会間の溝を埋めるためには「対話」が重要だと強調しました。社会との対話の一例として、DLXデザインラボが手がける「オーシャン・モニタリング・ネットワーク・イニシアティブ(OMNI)」に触れ、広大な海に関するさまざまな情報を、低コストで取得できるセンシングシステムについて紹介しました。同システムは、「簡単に組み立てられ、高校生や大学生、海のスポーツが好きな人にも容易に使える」といい、ワークショップなどを開催して社会の参加を促しています。システムの設計図やデータは、オープンソースで誰でもアクセス可能で、国際的なコラボレーションを通じて世界中のデータを取得、共有することができます。

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オーシャン・モニタリング・ネットワーク・イニシアティブ(OMNI)

藤井総長はさらに、「グリーン・トランスフォーメーション(GX)」(温室効果ガスの排出量の削減の流れを経済成長の機会と捉える考え方)についても言及。GXは海洋、大気、森林、大地など「グローバルコモンズ(国際公共財)」の保護へ向けて重要な役割を果たすとされ、この分野での東大の活動について論じました。

例えば2022年5月、東大グローバル・コモンズ・センターは、グローバルコモンズの保護に対する各国の貢献度を測る「グローバル・コモンズ・スチュワードシップ・インデックス」を、持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(国連)やイェール大学らと共同発表しました。これは、環境危機を回避するために人間活動の変革を促す指標です。東大はさらに、スーパーコンピューター「富岳」を使った大気環境予測のシミュレーションを行い、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次報告書の作成に寄与しています。

これらの東大の活動は、藤井総長が2021年秋に打ち出した、目指すべき理念や方向性をめぐる基本方針「UTokyo Compass」に通じるものです。藤井総長はセミナーでも、「対話」「多様性・インクルーシブ(内包的)」の重要性を説き、「世界の誰もが来たくなる大学」としての魅力を増大させたいと述べました。

各発表後のディスカッションでは、本所の特長について、「刺激的で、研究と社会の橋渡しを促進する場所」(ペニントン教授)などの意見が表明されました。また、ニューヨークオフィスのリニューアルを担当した川添教授がデザインした棚「知の棚」についても、その魅力が語られました。棚には日本各地から集められた古い木材が使われ、セミナー会場に彩りを添えていました。なお、ディスカッションのモデレーターは、パーソンズ美術大学やロードアイランド・スクール・オブ・デザインで教鞭を取るアリシア・タム・ウェイ講師が務めました。

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知の棚

このセミナーは、コロナ感染症の大流行を受けて数度にわたり延期されましたが、ようやく今回、開催に漕ぎ着けました。学生やビジネスパーソンがリアルで参加したほか、オンラインで多数の試聴がありました。UTokyoNYは2015年、米国における研究や、学界、社会との協働活動を促進するために設置されました。2020年にリニューアルされた後は、セミナー、ワークショップ、イベントを開催する広いスペースが確保され、東大の存在感を北米でより高めるコミュニーケーション拠点として活用されています。

(記事執筆:(株)J-Proze 森 由美子)

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