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【記者発表】溶液の酸性度で、ナノ粒子の凝集構造が変化~複雑な「電荷調整」の影響をシミュレーションで解明~

○発表者:
ユアン ジャーシン(東京大学 先端科学技術研究センター 特任研究員)
高江 恭平(東京大学 生産技術研究所 特任講師)
田中 肇 (東京大学名誉教授、現在:東京大学 先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー(特任研究員))

○発表のポイント:
◆ナノ粒子の一部が水中で解離すると、周囲の環境に応じて粒子全体の電荷分布が変化する機構を「電荷調整」と呼ぶ。この機構をシミュレーションに取り入れることで、ナノ粒子の新たな凝集構造形成メカニズムを発見した。
◆大規模なコンピューター・シミュレーションを実行し、表面の電荷分布が不均一なナノ粒子の構造を、溶液の酸性度(pH)を変えることで制御することに成功した。
◆pH応答性のあるスマート材料設計や、タンパク質などの生体分子の構造と機能の関係性の理解に役立つと期待される。

○発表概要:
 正負の電荷を同時に持つナノ粒子は、双対イオン性ナノ粒子(注1)と呼ばれ、その電気的な応答性を制御することで、スマート材料開発やドラッグ・デリバリーシステムへの応用など、多くの場面で活用されることが期待されています。多くの場合、ナノ粒子は、その表面の解離基(注2)が水中で解離または結合することで、電荷分布を周囲環境に応じて動的に変化させます。この機構は「電荷調整」と呼ばれ、コロイドや生体高分子の電気的性質を理解し、制御する上で欠かせない概念となっています。しかし、コンピューター・シミュレーションに電荷調整の効果を取り入れることは、粒子個々の位置の変化とそれに応じた表面の電荷の変化が整合する様にシミュレーションを行う必要があり、その複雑さのためこれまでほとんどの場合考慮されてきませんでした。
 東京大学 先端科学技術研究センターのユアン ジャーシン 特任研究員、生産技術研究所の高江 恭平 特任講師、田中 肇 東京大学名誉教授(現在:先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー)の研究グループは、荷電粒子の運動に応じて時々刻々変化する電荷調整の効果を正しく取り入れたシミュレーション技法を新たに確立しました。また、シミュレーションにより、双対イオン性ナノ粒子の作る構造が、電荷調整の有無で劇的に変化することを新たに発見しました。具体的には、電荷調整を考慮しない従来のシミュレーションでは、常にひも状の構造ができるのに対し、電荷調整を考慮した本研究では、丸まったコンパクトな構造と、ひも状の構造とが酸性度(pH)により転移することを発見しました(図)。さらに、電荷調整の効果により電荷分布が粒子の赤道付近に局在し、粒子表面の電荷分布が不均一になることが、このような構造選択性を生み出していることを明らかにしました。
 この結果は、ナノ粒子が作る構造や機能発現における電荷調整の重要性を如実に表しています。そのため、pH応答性のスマートナノ材料設計や、タンパク質など正負の電荷を同時に持つ生体分子がどのような構造をつくり、機能を発揮するのかを理解することに役立つと期待されます。
 本研究成果は2022年4月12日にPhysical Review Lettersに掲載されました。

○発表内容:
 正負に帯電した表面を同時に持つ双対イオン性ナノ粒子は、刺激応答性のドラッグ・デリバリーシステムから自己駆動粒子(アクティブマター)に至るまで、多くの実用的な用途があります。また、タンパク質などの不均一に帯電した生体分子のモデルとしても注目を集めています。それらが自己組織化する挙動を理解することは、ナノテクノロジーの応用だけでなく、生物におけるさまざまな構造の形成を理解するためにも重要です。多くの場合、ナノ粒子は、その表面の解離基が、水中で結合状態から解離することで電荷を獲得します。この過程が粒子の周囲環境に応じて起きる機構は、電荷調整として知られています。例えば、DNAのように帯電した分子が近くに存在すると、ナノ粒子付近の電気化学的状態が変化するため、電荷パターンが変化する可能性があります。この現象を取り入れた数値シミュレーションを行おうとすると、粒子個々の位置の変化に応じて表面電荷の動的な変化を取り入れた計算が必要になり、複雑なシミュレーションが必要になります。そのような困難を避け簡単化するために、粒子に一定の電荷があると仮定するシミュレーションがしばしば用いられ、電荷調整がナノ粒子の構造形成に果たす役割は明らかにされてきませんでした。

 東京大学 先端科学技術研究センターのユアン ジャーシン 特任研究員、生産技術研究所の高江 恭平 特任講師、田中 肇 東京大学名誉教授(現在:先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー)の研究グループは、ナノ粒子の構造形成に対して、電荷調整が果たす役割を明らかにするために、ナノ粒子の運動にともなう粒子表面の電荷分布の変化を微小な時間ステップごとに正しく取り入れた大規模なコンピューター・シミュレーションを実行しました。球の半面に酸を、もう半面に塩基を持つナノ粒子の稀薄溶液を対象に、pHを変えたときにどのような凝集構造が生ずるかを調べました。すると、pHが高い場合には、電荷調整の起こらない場合と同様にひも状構造ができるのに対し、pHが低くなると、丸まったコンパクトな構造が形成されることが明らかになりました(図)。その原因は、電荷調整により、電荷分布が赤道面付近に偏り、その結果ナノ粒子の回転が容易になるためであることが判明しました。この効果は、塩濃度が小さく、温度や溶媒の誘電率が小さいときに顕著になります。ナノ粒子においては他にファンデルワールス相互作用なども働きますが、電荷調整の効果はこれらに匹敵するほど大きく、ナノ粒子の構造形成現象を理解するには、電荷調整の効果を取り入れることが不可欠であることが明らかになりました。

 帯電したナノ粒子が構造を作る際に、電荷調整の効果が重要であるという本研究の結果は、pH応答性のスマート材料設計などの工学的応用や、タンパク質など生体分子の凝集を理解するうえで、解離基の解離の自由度の結果、どのようにイオンが表面に分布し、どのような機能を生み出しているのかを理解する助けになります。本結果は、コロイド粒子表面の電荷分布、またそのゆらぎが自然界での構造形成に果たす役割を明らかにするための基礎的な物理原理を提供するとともに、双対イオン性ナノ粒子の自己組織化を制御する新しい方法を示したものであり、実用上のインパクトも大きいものと期待されます。

 なお、本論文は、編集者により約5%の論文が選出されるPRL Editors' Suggestionに選ばれました。

 本研究は、日本学術振興会 特別推進研究(JP20H05619)新学術領域研究ソフトクリスタル(JP17H06375)の支援を受けて実施しました。

○発表雑誌:
雑誌名:「Physical Review Letters」(4月12日)
論文タイトル:Impact of charge regulation on self-assembly of zwitterionic nanoparticles
著者:Jiaxing Yuan, Kyohei Takae, and Hajime Tanaka
DOI番号:10.1103/PhysRevLett.128.158001

○問い合わせ先:
東京大学名誉教授
東京大学 先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー
田中 肇(たなか はじめ)
Tel:03-5452-6125  Fax:03-5452-6126
E-mail:tanaka(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)

○用語解説:
(注1)双対イオン性ナノ粒子
正負の電荷を同時に持つコロイド粒子(直径nm(ナノメートル)~μm(マイクロメートル)程度の大きさの球形粒子)のことを言う。ここでは、球状粒子の2つの半球面がそれぞれ酸と塩基の解離基を持つ粒子を考える。

(注2)解離基
例えば食塩を水に溶かすと、正に帯電したナトリウムイオンと負に帯電した塩化物イオンに分離する。このように、粒子を水などに溶かした際、分離することで電荷を獲得できる部位のことを解離基と呼ぶ。

○添付資料:

図 双対イオン性ナノ粒子の自己組織化における電荷調整のはたらき
電荷調整を考慮しない従来のシミュレーションでは、粒子は常にひも状に配列するが、電荷調整の効果を取り入れることで、粒子の作る構造をpHにより制御することに成功した。粒子の赤い面、青い面、白い面はそれぞれ、正に帯電した面(赤)、負に帯電した面(青)、および帯電のない中性(白)の面を表す。また、溶液中に分散している点は、粒子表面のイオン化により生じた、溶液中の陽イオン(薄い赤色)および陰イオン(水色)を表す。

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