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【記者発表】コロイドやたんぱく質の新しいゲル化様式

○発表者:
田中  肇(研究当時:東京大学 生産技術研究所 教授/現:東京大学 名誉教授)
      
○発表のポイント:
◆コロイド分散系(注1)やたんぱく質溶液の相分離に伴うゲル化は、粒子間の引力により縮もうとする力の下で形成されると考えられてきた。今回、従来知られていたゲル化の様式に加え、希薄コロイド分散系において、力学的な力に強く影響されない新しいゲル化の様式を発見した。
◆ゲル化の様式に2種類の基本様式が存在すること、さらには、そのどちらが選択されるかが「力学的に安定な構造ができるまでの時間」と「全系にわたって粒子が繋がったネットワーク構造ができる(パーコレーション)までの時間」の大小関係だけで決まっていることを明らかにした点に新規性がある。
◆この成果は、コロイド分散系のみならず、生体の細胞内で起きる相分離に伴うゲル化現象の理解、さらには、どのような時にゲルが形成され、どのような時にゲル化を伴わない液体としての相分離が起きるかについて基礎的な知見を与えてくれる。化学、食品、化粧品分野などにおけるゲル化の制御、生体内でのたんぱく質のゲル化の理解に大きく貢献すると期待される。

○発表概要:
 東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授(研究当時、現:名誉教授/シニア協力員)、鶴沢英世 博士研究員、大学院工学系研究科 物理工学専攻の荒井 俊人 講師の研究グループは、コロイド分散系のゲル化がどのような機構で起きるかを明らかにすべく研究を行った。相分離に誘発されたゲル化現象は、工業的な応用のみならず、細胞内の相分離に伴うゲル化がアルツハイマー病に代表されるさまざまな病気を引き起こす原因と考えられていることから、近年大きな注目を集めている。しかしながら、希薄な分散系で起きるゲル化の物理的な機構は未解明のままであった。
 本研究グループは、相分離の初期からサンプルに乱れを与えることなく相分離を開始し、共焦点レーザ顕微鏡(注2)を用いて一粒子レベルで三次元観察することにより、希薄なコロイド分散系におけるゲル化の全過程を実時間で追跡することにはじめて成功した。
 従来知られていたゲル化の機構では、コロイド粒子の運動が停止し固体化する前にネットワーク構造の形成(パーコレーション)が起こるため、ネットワークに縮もうとする力(収縮応力)が発生する。すなわち、「力学的に安定な構造ができるまでの時間」>「パーコレーションまでの時間」が成り立つ。今回、希薄なコロイド分散系において、まず力学的に安定な構造が形成され、粒子の運動が停止した後にパーコレーションが起きることを発見した。すなわちこの場合、「力学的に安定な構造ができるまでの時間」<「パーコレーションまでの時間」が成り立つ。このように、これら2種類のゲル化の選択は、二つの特徴的な時間の大小関係で決まるが、さらに、粒子間の相互作用が短距離の場合には、その大小関係がコロイドの体積分率のみで決定されることが明らかになった。このような粒子系のゲル化の普遍的な分類は、ソフトマター分野や生物学分野におけるゲル化の理解に大きく貢献するものと期待される。
 本成果は2020年10月7日(米国東部夏時間)に「Science Advances」のオンライン速報版で公開された。

○発表内容:
 東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授(研究当時、現:名誉教授/シニア協力員)、鶴沢英世 博士研究員、大学院工学系研究科 物理工学専攻の荒井 俊人講師の研究グループは、コロイド分散系のゲル化がどのような機構で起きるかを明らかにすべく研究を行った。相分離に誘発されたゲル化現象は、化学、食品、化粧品産業分野に代表される工業的な応用のみならず、細胞内でたんぱく質の相分離において、どのような時にゲル化が生じ、アルツハイマー病に代表されるさまざまな病気が引き起こされるかといった観点から、近年大きな注目を集めている。しかしながら、希薄な分散系で起きるゲル化の物理的な機構は未解明のままであった。
 これまで、希薄なコロイド分散系のゲル化の実時間観察が困難であったため、より濃厚な分散系において知られていたゲル化の機構と同じ機構で説明できると考えられてきた。このようなゲル化では、コロイド・リッチ相のコロイド粒子の運動が停止する前にネットワーク形成(パーコレーション)が起こるため、ネットワークに縮もうとする力(機械的な収縮応力)が発生する。このネットワークが固体化した時点で初めてゲル特有の固体的な弾性が出現する。すなわち、このゲル化の場合には、「力学的に安定な構造ができるまでの時間」>「パーコレーションまでの時間」が成り立つ。
 本研究グループは、希薄なコロイド分散系において、相分離の初期からサンプルに乱れを与えることなく相分離を開始し、希薄なコロイド分散系におけるゲル化を、共焦点レーザ顕微鏡を用い一粒子レベルで三次元観察することにより、その全過程を微視的レベルで実時間追跡することにはじめて成功した。また、この現象の流体力学的シミュレーションにより、コロイド粒子間の短距離引力と流体力学的相互作用のユニークな協奏によってネットワークが形成される基本的なメカニズムを明らかにした。
 その結果、希薄なコロイド分散系においては、これまで知られていた上述の機構とは異なる、全く新しい機構でゲル化が起きることが明らかになった。より具体的には、力学的に安定な剛体的な凝集構造がまず形成され、粒子の運動が凍結された後にパーコレーションが起きることを発見した。すなわち、このゲル化の場合には、「力学的に安定な構造ができるまでの時間」<「パーコレーションまでの時間」が成り立つ。その結果、パーコレーションにより機械的な応力はほとんど生じず、そのため、こうして形成されるゲルはほとんど応力フリーであるといえる。また、これら2種類のゲル化の選択は、上で述べたように二つの特徴的な時間の大小関係で決まるが、粒子間の相互作用が短距離の場合には、その大小関係はコロイドの体積分率のみで決定されることが明らかとなった。このような粒子系のゲル化の普遍的な分類は、ソフトマター分野や生物学分野におけるゲル化の理解に大きく貢献するものと期待される。
 応用の観点からは、ここで発見されたゲル化の2つの様式の存在は、ゲル材料の設計に有用な基礎的知見を提供すると期待される。特に、ストレス・フリーゲルを用いると、ゲル化後のネットワーク収縮が起こらない安定したソフトなコロイドゲルの形成が可能となると予想される。
 また、本研究により、粒子間引力の性質が凝集・相分離・ゲル化にどのように影響するかも明らかにされた。特に、コロイドの凝集過程は、流体力学的相互作用の影響下では、短距離引力と長距離引力では全く異なること、さらには、上記のゲル化の分類は、短距離引力を持つコロイドにのみ適用されるべきであることが示された。このことは、細胞内の生体分子の相分離様式にも重要な示唆を与える。生体内での相分離で形成される凝縮物は、通常は液体状態であるが、紫外線照射下やpH変化などの環境ストレス下では、固体の集合体(ゲル)になることがある。このような細胞内相分離に伴う固体形成は、さまざまな病気を引き起こす原因であると考えられている。したがって、たんぱく質分子のどのような特徴がゲル化を引き起こすのかが重要な問題となる。
 本研究では、短距離相互作用を持つコロイドは、液体状態を経ることなく、相分離の際に直接ゲルを形成することを示した。この発見は、コロイドと球状たんぱく質の相分離の類似性を考慮すると、生体分子の凝縮物の物理的メカニズムを理解する上で有用であると期待される。しかし、たんぱく質間の相互作用はコロイド間のものよりもはるかに複雑であるため、相互作用の複雑さ(例えば、静電的、異方性、多成分の特性)を考慮したより詳細な研究が望まれる。
 本研究は、文部省科学研究費 基盤研究(A)(JP18H03675)、ならびに、特別推進研究(JP25000002, JP20H05619)の支援の下に行われた。

参考文献
 H. Tsurusawa, M. Leocmach, J. Russo, and H. Tanaka, "Direct link between mechanical stability in gels and percolation of isostatic particles", Sci. Adv. 5, eaav6090 (2019); doi: 10.1126/sciadv.aav6090
プレスリリース「コロイドゲルはどのようにして弾性を獲得するか」:
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/3111/

○発表雑誌:
雑誌名:「Science Advances」(10月7日:第6巻(2020年)eabb8107頁)
論文タイトル: A unique route of colloidal phase separation yields stress-free gels
著者: Hideyo Tsurusawa, Shunto Arai, and Hajime Tanaka
DOI:10.1126/sciadv.abb8107

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
名誉教授/シニア協力員 田中 肇(たなか はじめ)
Tel:03-5452-6125 Fax:03-5452-6126
E-mail:tanaka(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
URL:http://tanakalab.iis.u-tokyo.ac.jp/

○用語解説:
(注1)コロイド分散系
ここでは、大きさ2μm程度の大きさの揃った球形の固体粒子が液体に分散したもの。

(注2)共焦点レーザ顕微鏡
焦点面のだけの像をとることにより高解像度のイメージ取得と三次元情報の再構築が可能な光学顕微鏡の一種。

○添付資料:

図1:コロイドの体積分率4.6%でみられた相分離によるゲル化過程。孤立したコロイドや小さいクラスターは小さな球で示している。色はクラスターの大きさに対応して、小さい方から大きい方へ青から赤になるようにつけてある。

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