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【記者発表】移植細胞を異物反応から守るには、太めのファイバーで包むのが効果的 〜膵島細胞移植による糖尿病マウスの血糖値正常化と移植片の回収に成功〜

○発表者:
竹内 昌治(東京大学 生産技術研究所 教授/
      大学院情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻 教授)
興津 輝  (東京大学 生産技術研究所 特任教授)
渡邉 貴一(東京大学 生産技術研究所 特任研究員(研究当時))

○発表のポイント:
◆直径が1ミリメートル以上のハイドロゲルファイバーは、マイクロサイズのファイバーに比べて、生体内で異物と認識されにくいことを発見しました。
◆このファイバーの中心部に、血糖に応じてインスリンを分泌するラットの膵島細胞群を詰め、糖尿病マウスに移植したところ、血糖値が100日以上正常化し、さらにファイバーを移植細胞ごと回収することに成功しました。
◆神経細胞や肝細胞、iPS細胞から作った細胞などを移植する保護材料として、さまざまな病気の治療への応用が期待されます。

○概要:
 東京大学 生産技術研究所/大学院情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻の竹内 昌治 教授、生産技術研究所の興津 輝 特任教授、渡邉 貴一 特任研究員(研究当時)らの研究グループは、直径の異なるハイドロゲルファイバー(注1)をマウスの腹腔に移植し、ファイバーの直径が生体内の異物反応(注2)に及ぼす影響を調べました。その結果、直径がミリメートルスケールのファイバーはマイクロメートルスケールのファイバーと比べて、異物として認識されにくいことを発見しました。
 次に、マイクロ流体デバイス(注3)を用いて、直径が1ミリメートルのハイドロゲルファイバーの中心部にラットの膵島(注4)を詰め、糖尿病マウスに移植したところ、血糖値を100日以上正常化することに成功しました。さらに、体内に分散せずファイバーとしてひと塊に保たれるため、ファイバーごと移植された膵島をまとめて取り出すことにも成功しました。加えて、このハイドロゲルファイバーを大型動物であるミニブタへ移植したり、取り出したりする場合、腹腔鏡を用いた低侵襲な移植方法も適用できることがわかりました。
 ハイドロゲルファイバーは異物反応を起こしにくく、緊急時に取り出しも可能であることから、今後は膵島だけでなく、神経細胞や肝細胞、iPS細胞から作った細胞などを移植する保護材料として、さまざまな病気の治療に貢献することが期待されます。この研究は、東京大学と明治大学の共同で行いました。
 本成果は、国際学術誌「Biomaterials」のオンライン版で公開されます(最終版は英国夏時間2020年7月15日(水)公開予定)。

○発表内容:
<研究背景>
 1型糖尿病の治療法として、ドナーから得た膵島をハイドロゲル(注1)で覆い、それをレシピエントに移植することによって、糖尿病患者の血糖値を正常化する細胞療法が世界中で盛んに研究されています。特に近年、iPS細胞から膵島の細胞(注4)を作製する方法が進展し、膵臓移植のドナー不足解消の機運が高まり、さまざまな移植技術が開発されています。ドナー細胞の機能をレシピエントの体内で長期間維持するためには、細胞を保護するハイドロゲルが細胞の養分や老廃物を通過し、免疫系細胞を通過しない半透膜性を示すだけでなく、ハイドロゲル自体が激しい異物反応を受けないことが重要です。これまでの研究では、細胞を保護するハイドロゲルの形状として、ビーズ形状が主流でした。しかし、ビーズ形状のハイドロゲルは、移植後に体内に分散するため、移植した細胞に機能障害が起こっても完全に取り出すことは困難で、レシピエントの安全性に問題がありました。そのため、生体内での異物反応を受けにくく、取り出し可能なハイドロゲル移植材料の実現が求められていました。

<研究内容>
 本研究グループは、移植材料として、ファイバーの中心部(コア)をチューブ状の外殻部(シェル)が覆っている「コアシェル型」という構造を持つファイバーを、マイクロ流体デバイスを用いて作製しました。中心部であるコアにはグルコースの濃度に応答してインスリンを分泌するラット膵島と細胞外基質(Extracellular matrix: ECM、注5)の成分であるコラーゲンを混ぜたものを使用しました。外殻部であるシェルにはアルギン酸バリウムハイドロゲルという、機械的強度が高く、細胞の養分や老廃物が通過できる材料を使用しました(図1)。
 マイクロ流路を用いて、直径がマイクロスケールのファイバーとミリスケールのファイバーを作製(図2)し、それぞれ免疫系を持つ糖尿病マウスの腹腔に移植したところ、マイクロスケールのファイバーの場合、移植後10日以内に体内での激しい異物反応によって血糖値を正常化する機能が失われました(図3)。一方で、ミリスケールのファイバーの場合、異物反応を抑制することによって、移植後100日以上という長期での血糖値正常化を達成しました(図4)。さらに、体内に分散しないファイバー状の形を生かして、必要に応じて体内からファイバーを取り出すことにも成功しました。

<今後の展開>
 このハイドロゲルファイバーは、膵島に限らず、神経細胞や肝細胞、iPS細胞から作った細胞などをレシピエントに移植する際の保護材料として、さまざまな移植治療への応用展開を考えています。

○発表雑誌:
雑誌名:「Biomaterials」(オンライン版:最終版は英国夏時間2020年7月15日(水)公開予定。)
論文タイトル :Millimeter-thick xenoislet-laden fibers as retrievable transplants mitigate foreign body reactions for long-term glycemic control in diabetic mice
著者:Takaichi Watanabe, Teru Okitsu, Fumisato Ozawa, Shogo Nagata, Hitomi Matsunari, Hiroshi Nagashima, Masaki Nagaya, Hiroki Teramae, and Shoji Takeuchi
DOI:10.1016/j.biomaterials.2020.120162

○問い合わせ先:
<研究に関すること>
東京大学 生産技術研究所
大学院情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻
教授 竹内 昌治(たけうち しょうじ)
E-mail:takeuchi(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
URL:http://www.hybrid.t.u-tokyo.ac.jp/

○用語解説:
注1)ハイドロゲル・ハイドロゲルファイバー
 ハイドロゲルとは、3次元網目状の高分子の内部に水を含んだ材料のこと。なかでも、ひも状のハイドロゲルをハイドロゲルファイバーと呼ぶ。

注2)異物反応
 体内に侵入した異物に対して起こる自然免疫系に属する炎症反応の一種で、これが細胞を内包した移植材料に対して起こると、最終的に線維化を引き起こし、細胞の機能を失う。

注3)マイクロ流体デバイス
 微細加工技術を利用して作製された、マイクロサイズの微小流路や反応容器の総称。近年、生物工学や化学工学分野などへの応用が盛んに行われている。

注4)膵島・膵β細胞
 膵島とは、膵臓の内部に島の形状で散在する内分泌を営む細胞群のこと。膵島に含まれるβ細胞からは血糖値を下げる作用を持つホルモンであるインスリンが分泌される。

注5)細胞外基質
 生物において、細胞外の空間を充填する細胞の足場であり、細胞の振る舞いを変化させることができる動的かつ機能的な物質で、細胞外マトリックスとも呼ばれる。代表例としてコラーゲンやヒアルロン酸などが挙げられる。

○添付資料: 

図1 コアシェル型ハイドロゲルファイバーの作製方法とファイバーの移植イメージ図


図2 マイクロ流体デバイスを用いて作製された異なる直径の膵島ファイバー。スケールバー:200マイクロメートル


図3 直径が1ミリメートルの膵島ファイバーと0.35ミリメートルの膵島ファイバーを移植した後の血糖値の変化。1ミリメートルの膵島ファイバーでは取り出しまで血糖値が低く抑え続けられているが、0.35ミリメートルの膵島ファイバーでは移植後10日以内に血糖値を正常化する機能が失われている。


図4 直径が1ミリメートルの膵島ファイバーを移植した後の、長期にわたる血糖値の変化。移植後100日以上という長期での血糖値正常化を達成した。

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