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【記者発表】コロイドゲルはどのようにして弾性を獲得するか

○発表者:
田中 肇(東京大学 生産技術研究所 教授)

○発表のポイント:
◆共焦点顕微鏡(注1)を用いて、コロイド粒子すべての位置を補捉しながらコロイドゲルの形成過程を3次元的に観察することに成功するとともに、その微視的構造、力学的特性の時間変化を測定することにより、ゲル化に伴う弾性の発現の起源を明らかにすることに成功した。
◆コロイドやタンパク質の凝集に伴うゲル化とそれに伴う弾性の出現は、例えばプリンが固まるといった、日常的な現象であるにもかかわらず、その物理的な理解は大きく遅れていた。今回、「コロイド粒子が、少々の外力では簡単に変形しない力学的に安定なネットワーク構造を形成することで、弾性の出現がもたらされる」ことを明らかにした点に新規性がある。
◆この成果は、コロイド分散系を中心とするソフト・バイオマターのゲル化現象に伴う弾性の発現について、新たな基礎的知見をもたらしたという意味で、その応用も含め大きな波及効果が期待される。

○発表概要:
 東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授、鶴沢 英世 元博士課程大学院生(現日本FEI 株式会社)、レオクマック マチュー 元特任研究員(現フランス、CNRS研究員)、ルッソ ジョン 元特任助教(現英国、ブリストル大講師)の研究グループは、直径nm~μm程度の大きさの球形粒子(コロイド)が溶媒中に分散した「コロイド分散系」において、コロイドゲルが形成される過程を、共焦点顕微鏡を用いて、全てのコロイド粒子の位置を補捉しながら3次元的に観察することに成功した。同時に、コロイドゲルの形成過程におけるコロイド分散系の力学的な性質を、粒子の運動の様子から明らかにすることで、ゲル化に伴う弾性の発現の起源を明らかにすることに成功した。その結果、「コロイドゲルの弾性は、コロイド粒子の凝集に伴い粒子が動きづらくなること(ガラス転移)により発現する」という従来の定説を覆し、「弾性は、少々の外力では変形しないような力学的に安定な粒子の凝集体が、全系にわたって繋がりあうことで発現する」ことを発見した。このことは、コロイドのゲル化に伴う弾性の発現が、純粋に力学的な起源によることを意味する。以上の成果は、コロイドやタンパク質などのゲル化の基礎的理解に資するのみならず、コロイド科学はもとより、生物科学、化粧品科学、食品化学をはじめとする様々な分野への波及効果が期待される。
 本成果は2019年5月31日(米国東部夏時間)に「Science Advances」のオンライン速報版で公開された。

○発表内容:
 コロイド分散系とは、nm~μm程度の粒子(コロイド)が溶媒中に分散した系の総称であり、気体・液体・固体微粒子の懸濁液、タンパク質溶液、エマルジョンなど、ソフトマター物理学・生命科学が対象とする系が多く含まれる。コロイドの凝集過程は、タンパク質の自己組織化のモデルとして、その静的・動的な挙動を理解することは基礎・応用両面で極めて重要な課題である。特に、コロイド分散系が相分離によりコロイドの粒子の凝集体がネットワーク構造をとる場合に、ゲル状態が形成されることが長年知られてきた。このような現象は、我々の身の回りで日常的に観察され、プリンが冷却時に固まるのも典型的なゲル化現象である。このプリンの例で分かるように、ゲル化の過程で、傾けると流れる液体状態から傾けても形状を保持することが可能な固体状態に、系の性質は大きく変化する。この弾性発現の機構に関しては、これまでも数多くの実験的・理論的研究がなされ、「相分離に伴いコロイドリッチ相の体積分率が上昇し、ガラス転移の体積分率(約58%)を超えるためである」というのが常識となっていた。
 今回、本研究グループは、コロイド分散系の相分離の過程で起きるコロイドのゲル化を、相分離のごく初期から、共焦点顕微鏡によりすべての粒子の位置を3次元的に補足しながら実時間観察することに成功した。さらに、実験で得られた凝集体の成長の微視的機構、構造形成ダイナミクスのみならず、系の力学的な性質を粒子の運動状態から明らかにする「マイクロレオロジー」と呼ばれる手法により同時に計測することにより、ゲル化に伴う弾性の発現の構造的起源を微視的レベルで明らかにすることに成功した。一般に、多数の粒子が形成する凝集体が力学的に安定であるためには、そのクラスターが持つ変形の自由度に比べ、その変形を阻害するような拘束が多い必要があり、この粒子群の構造が少々の外力をかけても変形しないための条件(力学的安定条件)は、「マックスウェル条件」として知られている。また、この条件を満たす構造は、「アイソスタティックな構造」と呼ばれる。今回の研究で、このアイソスタティクな凝集体が全系にわたり繋がりあい、力学的に安定なネットワーク構造を形成したときに、同時に計測した系の力学的な性質が、弾性的な挙動を示すことを見出した。すなわち、「コロイドゲルの弾性は、コロイドの凝集に伴う動的な転移であるガラス転移によりもたらされる」という従来の定説を覆し、「弾性の発現は、力学的に安定な凝集体が全系にわたり繋がりあうことで、力学的に安定なネットワーク構造が形成されること、すなわち、純粋に力学的な機構によりもたらされる」ことを発見した。
 以上の成果は、コロイドやたんぱく質などのゲル化の基礎的な理解に資するのみならず、ゲルの力学的安定性に新しい見方を提供するという意味で、コロイド科学はもとより、生物科学、化粧品科学、食品化学をはじめとする様々な分野への大きな波及効果が期待される。

○発表雑誌:
雑誌名:「Science Advances
論文タイトル: Direct link between mechanical stability in gels and percolation of isostatic particles
著者: Hideyo Tsurusawa, Mathieu Leocmach, John Russo, and Hajime Tanaka
DOI番号: 10.1126/sciadv.aav6090

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
教授 田中 肇(たなか はじめ)
Tel:03-5452-6125 Fax:03-5452-6126
URL:http://tanakalab.iis.u-tokyo.ac.jp/

○用語解説:
(注1)共焦点顕微鏡
 焦点面のだけの像をとることにより高解像度のイメージ取得と三次元情報の再構築が可能な光学顕微鏡の一種。

○添付資料:

図:コロイドの相分離の過程で見られたアイソスタティクな構造(赤い粒子)が、繋がりあっていく過程。一番右の時間に、上と下の赤い粒子の凝集構造が繋がりあったことがわかる。白い粒子はまだ力学的に不安定な粒子をあらわす。τBは粒子のブラウン運動時間で、図の上に示した数字は、それを基準にして測った相分離開始からの時間の経過を示している。

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