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【記者発表】液体シリカの正四面体構造形成に迫る~長年の議論に終止符~

○発表者:
田中 肇(東京大学 生産技術研究所 教授)

○発表のポイント:
◆シリカやシリコンなど、原子間の結合がネットワークを形成する傾向のある液体をX線散乱や中性子散乱で解析すると、特異な散乱ピークが観測されることが知られていた。起源が謎であったこのピークが、液体中の正四面体構造に起因することを初めて突き止めた。
◆「ネットワーク形成液体中では、乱雑な構造と規則的な構造が共存している」という二状態モデルに直接的な証拠を与え、構造をめぐる長年の議論に実験的に決着をつける指針を与えた。
◆シリカ、シリコン、ゲルマニウム、カルコゲナイドなど正四面体構造を形成する物質群は、身近にあり極めて重要である。本成果は、これらの液体が示す特異的な性質の理解に大きく貢献し、地球科学、半導体科学など広範な分野に波及効果が期待される。

○発表概要:
 シリカやシリコンといったネットワーク形成物質をX線散乱や中性子散乱で解析すると、共通した散乱ピークが観察される。一番長波長側のピークは、FSDP (First Sharp Diffraction Peak)と呼ばれ、広く知られてきた。しかしながら、FSDPの起源をめぐっては、結晶のフラグメント、特異なかご状または層状構造、化学種の異なる原子の特異な準結晶的構造など、さまざまな説が提案されてきたが、何十年にもわたりコンセンサスがないまま混とんとした状況が続いてきた。今回、東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授、石 鋭(シー・ルイ) 特任研究員の研究グループは、FSDPが、液体中に生成される局所的正四面体構造の内包する電子密度の周期に起因することを発見した(図1)。この発見は、シリカ、シリコン、ゲルマニウム、炭素、カルコゲナイドといった、人類にとって極めて重要な物質の液体状態において、X線散乱・中性子散乱実験で普遍的に観測される特異な散乱ピークの起源を解明したというだけでなく、「これらの液体の物性が、局所的に安定な正四面体構造の占める割合で説明可能である」という、二状態モデルの正当性を明らかにしたという意味でも、大きなインパクトがある。本研究成果は、人類にとって最も重要な、上述の正四面体構造形成傾向を持つ物質群の液体が示す、特異的な性質の理解に大きく貢献するものと期待される。
 本成果は2019年3月1日(米国東部時間)に「Science Advances」のオンライン速報版で公開された。

○発表内容:
 東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授、シー・ルイ 特任研究員の研究グループは、FSDP (First Sharp Diffraction Peak)として広く知られる、シリカやシリコンといったネットワーク形成物質の構造因子に共通して見られる、一番長波長側のピークの起源に迫るべく、シリカの液体構造について分子動力学シミュレーションを用いた研究を行った。完璧な正四面体構造の密度波の理論的な構造因子と、シミュレーションから得られたシリカのSiに関する構造因子を直接比較することで、FSDPが、液体中に生成される局所的正四面体構造の密度波に起因することを発見した。このような正四面体構造傾向を持つ物質群は、人類にとってきわめて重要である。例えば、シリカは地球を構成する最も主要な物質であり、地球科学分野で最も重要な物質である。また、シリコン、ゲルマニウムは半導体、カルコゲナイドなどは相変化メモリー材料(注1)として、工業的に極めて重要な地位を占めている。
 FSDPの構造的起源をめぐっては、これまで何十年にもわたり、結晶のフラグメント、特異なかご状または層状構造、化学種の異なる原子の特異な準結晶的構造など、さまざまな説が提案されてきたが、コンセンサスがないまま混とんとした状況が続いてきた。今回、本研究グループは、シリカを中心にシミュレーションを行い、正四面体構造の高さ方向の密度波による散乱が、このピークの起源であること、さらには、高次のピークも正四面体構造に特有な他方向の密度波により説明可能なことを明らかにした。
 これまで、水を含めたこれらのネットワーク形成液体の構造が、熱揺らぎの下で、「ある1つの構造の周りに幅広い分布を持つのか」、あるいは、「正四面体的構造と乱れたランダムな構造といった2種類の構造の動的な混合物であり、その結果2つの構造の存在を反映して2つのピークを持った分布を示すのか」について、長年論争が続いてきた。このような論争が長年続いてきたのは、これまで、実験的に検証可能な正四面体構造形成の直接的証拠が存在しなかったためである。今回の研究結果は、X線散乱・中性子散乱により直接測定可能なFSDPが、正四面体構造特有の密度波に起因していること、またその強度が、我々が微視的な構造指標を用いて独立に求めた液体における正四面体構造の占める割合(R. Shi and H. Tanaka, Proc. Natl. Acad. Sci. (PNAS) 115, 1980 (2018))と比例していることを示した点に大きな意義がある。実際、本研究により、シリカの液体中には、温度低下に伴い、エネルギー的により安定な正四面体構造がより多く形成される直接的な証拠が得られた。これにより、「シリカに代表されるネットワーク形成液体は、乱雑な構造と規則的な局所構造が動的に共存した状態である」という二状態モデルに基づく現象論の妥当性が、微視的レベルで示されたといえる。
 この発見は、人類にとって極めて重要な物質群の、液体状態でのX線散乱・中性子散乱で普遍的に観測される特異な散乱ピークの起源を解明しただけでなく、FSDPが、これらの液体の構造をめぐる長年の未解決問題に実験的に決着をつける鍵となることを示している。シリカ、シリコンなどは、我々に身近で重要な物質であり、本研究成果は、これらの液体が共通に示す特異な性質そのもの理解に留まらず、地球科学、半導体科学など広範な分野に波及効果が期待される。

○発表雑誌:
雑誌名:「Science Advances
論文タイトル: Distinct signature of local tetrahedral ordering in the scattering function of covalent liquids and glasses
著者: Rui Shi and Hajime Tanaka
論文情報: Sci. Adv. Vol. 5, eaav3194 (2019)
DOI: 10.1126/sciadv.aav3194

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
教授 田中 肇(たなか はじめ)
Tel:03-5452-6125 Fax:03-5452-6126
URL:http://tanakalab.iis.u-tokyo.ac.jp/

○用語解説:
(注1)相変化メモリー
 物質の相変化を利用して情報を記憶させる不揮発性メモリーのこと。

○添付資料:

図1:シミュレーションで得られたシリカ(Si(ケイ素):大きい粒子、O(酸素):小さい粒子)の液体状態に存在する、Si原子(大きい明るい(黄色い)粒子)が形成する局所的正四面体構造によるX線(白いビーム)散乱のイメージ図。

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