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【共同発表】鉄系超伝導体が拓く高性能な酸素発生触媒の世界 -Goodenoughが提案した新物質の設計指針を50 年ぶりに更新- (発表主体:北見工業大学)

○ポイント
◆鉄系超伝導体として知られる「Sr2VFeAsO3-δ」は、適切な化学組成制御を行うことで、非常に優れた酸素発生触媒となることを明らかにしました。また、その触媒活性は、結晶格子内の酸素欠陥が直接酸素発生反応に関わるために生じることを示しました。
◆Sr2VFeAsO3-δの酸素欠陥量が一定量より大きくなると、触媒活性だけでなく、触媒活性の安定性も著しく向上することを示しました。
◆酸素欠陥量(δ)を制御することで、Sr2VFeAsO3-δは酸素発生触媒にも超伝導材料にもなりうるマルチな機能性材料であることを発見しました。

○発表概要
 国立大学法人北見工業大学の研究チーム(平井慈人助教、大野智也教授、松田剛教授)、慶應義塾大学の研究チーム(理工学部物理情報工学科の神原陽一准教授、同学部機械工学科の泰岡顕治教授、理工学研究科の藤乘優治郎(博士課程2年)、森田一軌(博士課程1年))、国立大学法人東京大学生産技術研究所の八木俊介准教授らは、酸素発生反応において非常に優れた電気化学触媒(酸素発生触媒)となる超伝導関連材料の開発に成功しました。酸素発生反応は水の電気分解や金属空気二次電池に利用されるエネルギー分野の重要な電極反応です。本成果で特に画期的なのは、慶應義塾大学の研究チームが作成した、酸素欠陥量と電子機能の相図に酸素発生活性を示す軸を新たに加えた図を作成し検討を進めることにより、酸素欠陥量に応じて酸素発生触媒にも超伝導材料にもなるマルチな機能性材料を発見したことです。本成果をもとに、酸素発生触媒・超伝導材料の開発が飛躍的に進むと期待されます。

○研究の背景
 酸素発生反応(注1)は水の電気分解の陽極反応や金属空気二次電池の充電反応などに利用され、エネルギー分野の重要な電極反応として知られています。しかし、水素発生反応(水の電気分解の陰極反応)等と比べると、過電圧(注2)が高くエネルギー損失が大きいこと、多段階で複雑な反応機構から成るため優れた触媒の開発が困難なことが、実用化を阻んでいました。特殊な電子構造や結晶構造をもつ材料が、過電圧が低い酸素発生触媒として注目されていますが、その多くは(長時間での)安定性が低く、実用化には向いていません。このため、過電圧の小さく安定性の高い酸素発生触媒の開発と、その反応機構の解明が求められていました。
 一方、鉄系超伝導体として知られるSr2VFeAsO3-δは、その超伝導転移温度と酸素欠陥量(δ)に相関があることが知られているものの、定量的な理解は不十分でした。

○研究の内容
 本研究では、複合アニオン化合物(注3)のSr2VFeAsO3-δの酸素欠陥(注4)量(δ)を制御して試料を合成する新たな方法を確立し、系統的にその触媒性能を調べることを可能にしました。これにより、δが0.5より大きい時に触媒性能が著しく増強されることを見出しました (図1)。同時に、初期の触媒活性だけでなく、(長時間での)安定性も酸素欠陥量が大きくなるにつれて増強されることを明らかにしました(図2)。さらに、酸素欠陥量が0.5より大きい時に触媒性能が著しく増強される原因を、電気化学測定と第一原理計算(注5)によって探索した結果、酸素欠陥を軸とした酸素発生反応が起きていること(図3)、酸素欠陥量が0.5より大きいと酸素欠陥間の距離が十分に短いために酸素原子どうしがO-O結合を形成すること(図3)を明らかにしました。本研究で開発したSr2VFeAsO3-δは、酸素欠陥量に応じて酸素発生触媒にも超伝導材料にもなるマルチな機能性材料の最初の例であり、1969年にJohn Goodenoughによって作成された超伝導と反強磁性のT-b相図(注6注7)に過電圧という新たなパラメーター軸を付け加えた革新的な材料(図4)と言えます。

○今後の展開
 本研究の成果は、十分な酸素欠陥量を持つ超伝導関連材料が、酸素発生触媒の候補として有望であることを示しています。これは、優れた酸素発生触媒の開発を強く推し進めるものです。また、過電圧という今まで超伝導とは無縁とされてきたパラメーターが、超伝導相やフェリ磁性相(注8)といった電子機能との間に相関をもつことを実証したことで、酸素発生触媒として知られた材料に(酸素欠陥量の制御や化学置換によって)手を加えることで、超伝導材料を開発できる可能性も示したと言えます。

○研究助成資金等
 本研究は、科学研究費助成事業・若手研究(B)"金属空気電池に適用できる高性能な触媒材料の合成と触媒活性支配因子の探索"(研究代表者:平井慈人)・基盤研究(A)"電解製錬の高効率化・省電力化を目指した酸素発生電極材料の研究"(研究代表者:八木俊介)・挑戦的研究(萌芽)"高原子価遷移金属酸化物の電気化学合成と触媒への応用"(研究代表者:八木俊介)、文部科学省元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>"電子材料研究拠点"(代表研究者: 細野秀雄)、文部科学省研究拠点形成事業<先端拠点形成型>"同位体スピントロニクス"(コーディネーター: 伊藤公平)・アメリカ合衆国エネルギー省BES・住友財団基礎科学研究助成(研究代表者: 神原陽一)・慶應義塾学事振興資金(研究代表者: 神原陽一、的場正憲)からの支援を受けて行ったものです。

○発表雑誌
雑誌名:Journal of Materials Chemistry A
論文タイトル:Oxygen vacancy-originated highly active electrocatalysts for oxygen evolution reaction (酸素欠陥を起源とする、酸素発生反応に高活性な電気化学触媒)
著者:平井慈人1、森田一軌2、泰岡顕治2、澁谷泰蔵3、藤乘優治郎2、神原陽一2、三浦章4、鈴木久男5、大野智也1、松田剛1、八木俊介61北見工業大学 工学部、2慶應義塾大学 理工学部、3日本電気株式会社、4北海道大学 工学研究科、5静岡大学 電子工学研究所、6東京大学 生産技術研究所)
DOI: 10.1039/C8TA04697B
受理原稿公開日:2018年7月19日

雑誌名: Journal of Physics: Condensed Matter
論文タイトル: Superconducting transition temperatures in the electronic and magnetic phase diagrams of Sr2VFeAsO3-δ, a superconductor (超伝導体Sr2VFeAsO3-δにおける電子磁気状態相図上の超伝導転移温度)
著者:藤乘優治郎1、澁谷泰蔵1、中村哲朗1、庄司浩一朗1、藤岡弘考1、的場正憲1、安井伸太郎2、伊藤満2、飯村壮史2,3、平松秀典2,3、細野秀雄2,3、平井慈人4,5*、Wendy MAO4,5、北尾真司6、瀬戸誠6、神原陽一11慶應義塾大学 理工学部、2東京工業大学 フロンティア材料研究所、 3東京工業大学 元素戦略研究センター、4スタンフォード大学 地球科学科、5 SLAC国立加速器研究所、6京都大学 複合原子力科学研究所、現所属は北見工業大学 工学部)
DOI: 10.1088/1361-648X/aaf7e0
受理原稿公開日:2019年1月23日

○参考資料

図1 Sr2VFeAsO3-δにおける、酸素欠陥量δと酸素発生反応に対する触媒性能の関係。酸素欠陥量δが0.5より大きくなると触媒性能が著しく増強されます。


図2 Sr2VFeAsO3-δにおいて酸素欠陥量δが0.5より小さい時(左図)と0.5より大きい時(右図)の、酸素発生反応に対する触媒性能の安定性。酸素欠陥量δが0.5より大きくなると、初期の触媒性能だけでなく、触媒安定性も増強されている(500回繰り返し反応させても触媒活性はほとんど落ちない)ことが分かります。


図3 酸素欠陥を軸としたSr2VFeAsO3-δにおける酸素発生反応の反応機構。酸素欠陥量が0.5より小さいと酸素欠陥間の距離が長いため、酸素原子どうしが結合できません。一方、酸素欠陥量が0.5より大きいと酸素欠陥間の距離が十分に短くなり(0.29 nm)、酸素原子どうしがO-O結合を形成できるため、酸素の発生がスムーズに進行します。


図4 酸素欠陥量に応じて超伝導体、フェリ磁性体、および酸素発生触媒になるSr2VFeAsO3-δの相図。上段は酸素発生触媒としての性能(過電圧で示される)を示す酸素欠損量の関係を示します。点線は従来の酸素発生触媒(RuO2、酸化ルテニウム)の代表的な過電圧値(注2)を示します。Sr2VFeAsO3-δは、酸素欠損上昇とともに過電圧が減少し電気化学触媒としての機能が向上します。下段は、「超伝導体」「フェリ磁性(バナジウムのみ)」「反強磁性(鉄のみ)」を示す酸素欠陥量領域を示します。酸素欠陥量が上昇するとともに超伝導体としての機能が失われ、フェリ磁性(磁石としての機能)が生じます。電子磁気機能と酸素発生反応機能の相関を世界で初めて明らかにしました。

○用語解説
(注1)酸素発生反応
 酸素発生反応は、エネルギー分野において様々な用途で用いられており、電気化学反応によって水から酸素が生成される電極反応です。酸素発生反応の代表例としては、(水素燃料の製造を目的とした)水の電気分解の陽極反応、金属の電解採取の陽極反応、金属空気二次電池の正極における充電反応があげられます。

(注2)過電圧
 過電圧は電気化学反応が始まる理想の電位と実際に始まる電位の差に相当します。本研究の過電圧は「酸素発生反応(OER)の電流密度が0.5 mA/cm2となる電位」から「可逆水素電極を基準とした平衡電位(1.23 V)」を引いた数値で定義しています。図4の上段において、破線で過電圧(0.3 V)の示されたRuO2は、高性能な電気化学触媒の代表であり、高機能OER電気化学触媒の評価基準として例示しています。

(注3)複合アニオン化合物
 複合アニオン化合物は二種類以上のアニオン(陰イオン)から構成される化合物の総称で、一種類のアニオンからなる酸化物と比べて、バリエーションに富んだ物理的・化学的性質を示します。中でも、複合アニオン化合物の超伝導材料、熱電材料、光触媒としての機能が近年注目されてきています。特に複合アニオン層状化合物(Mixed Anion Layered Compounds: MALCs)が鉄を含む場合、化学的な置換により鉄系高温超伝導相が出現することが知られています。

(注4)酸素欠陥
 酸素を含む化合物において、結晶を構成する酸素原子の一部が存在しない時、酸素欠陥のある化合物に分類されます。酸素欠陥はABO3の化学組成をもつペロブスカイト酸化物において頻繁に存在しますが、多くの場合、酸素発生触媒の安定性を低下させる要因となっています。一方、Sr2VFeAsO3-δでは、酸素欠陥は酸素発生触媒の安定性を著しく向上させています。すなわち、本研究によって酸素欠陥の新しい役割が見つかったと言えます。そのため、今後さらに酸素欠陥による安定性の高い触媒の開発が期待されます。

(注5)電気化学測定と第一原理計算
 触媒の電気化学反応をリアルタイムで観察するのは困難です。そのため、電気化学測定(触媒活性や過電圧などの触媒性能の測定)と第一原理計算(触媒性能の起源を知るための電子状態の解析)を組み合わせて、電気化学反応のメカニズムを解明する手法が有効です。

(注6)相図
 Sr2VFeAsO3-δのような多元系のMALCsでは、化学組成の決定が一般に困難です。例えば異相を1%含む試料の仕込み組成は真の化学組成と異なります。異相を含む試料では、相図の作成に仕込み組成以外の指標が必要となります。本研究では、酸素欠陥量(δ)と格子体積の系統変化に着目し、X線回折、放射光X線吸収分析、蛍光X線分析、メスバウワー分光測定、熱容量測定、及び熱分解スペクトル測定の5種類の化学分析による仮説検証を行うことで、現時点で最も信頼できるSr2VFeAsO3-δの相図を得ることに成功しました。

(注7)超伝導と反強磁性のT-b相図
 John Goodenoughは1969年にJournal of Physics and Chemistry of Solids誌において、絶対温度(T)と電子相関(b)をパラメーターとした超伝導相と反強磁性相の関係を示す磁気相図を提示しました。超伝導相は電気抵抗率が完全にゼロとなる状態です。反強磁性相は隣り合う磁性イオンのスピン(原子に含まれる電子の磁石としての性質)がそれぞれ反対方向を向いて整列し、全体として磁気モーメントを持たない物質の状態です。現在まで、この相図は新しい超伝導材料や磁性材料を設計する上で極めて有用なものとされています。本研究は、GoodenoughのT-b相図に対して50年ぶりに新たな軸を加え、その更新をすることに成功しました。

(注8)フェリ磁性相
 磁石の一種です。フェリ磁性相では、固体中の隣り合う磁性イオンのスピンがそれぞれ反対方向を向いて整列していますが、磁性イオン同士の価数が異なったり、別の元素であったりすることが原因で、全体として磁気モーメントをもち磁石としての機能をもちます。砂鉄の主成分である磁鉄鉱(Fe3O4)は、フェリ磁性を示す物質の代表例です。

○お問い合わせ先
(研究内容について)
北見工業大学 工学部 助教 平井慈人(ひらい しげと)
E-mail: hirai(末尾に@mail.kitami-it.ac.jpをつけてください)

慶應義塾大学 理工学部 准教授 神原陽一(かみはら よういち)
E-mail: kamihara_yoichi(末尾に@keio.jpをつけてください)

(報道について)
北見工業大学 総務課広報担当
TEL:0157-26-9116 FAX:0157-26-9174
E-mail: soumu05(末尾に@desk.kitami-it.ac.jpをつけてください)

慶應義塾 広報室
TEL:03-5427-1541 FAX:03-5441-7640
E-mail:m-pr(末尾に@adst.keio.ac.jpをつけてください)

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