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【記者会見】天気のパターンから放射性物質の拡散方向を予測 ~ 機械学習で信頼性を高め、被曝リスク低減をめざす ~

○発表者
吉兼 隆生(東京大学 生産技術研究所 特任講師)
芳村 圭(東京大学 生産技術研究所 准教授)

○発表のポイント
◆2011年3月に起きた福島第一原子力発電所事故では、コンピュータシミュレーションを利用した緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)が出した予測情報を活用できなかった。情報に関する説明が不十分であり、予測の信頼性が明確ではなかったためである。
◆今回、放射性物質の拡散方向を予測する手法を開発した。低気圧や季節風などの天気のパターンから拡散方向を予測し、機械学習を用いて予測情報の信頼性を示すことができる。
◆事前に拡散方向を把握し適切な防護措置を講じることにより、コンピュータシミュレーションを用いない現状よりも被曝リスクが低減できる。

○発表概要
東京大学 生産技術研究所の芳村 圭 准教授と吉兼 隆生 特任講師は、放射性物質の拡散方向を予測する新たな手法を開発しました。低気圧や季節風など天気のパターンから拡散方向を予測し、機械学習を用いて予測情報の信頼性を示すものです。

コンピュータシミュレーションにより、放射性物質の拡散分布を詳細に予測することは極めて困難です。大気現象の複雑さに加え、コンピュータシミュレーションそのものに不完全さがあるためです。しかし、緊急時には、予測の不確実性を低減した信頼性の高い予測情報が求められます。

風が広範囲に一様で一定期間吹き続ける状況では、放射性物質は放出源の風下側の方向に輸送されます。例えば、大型の低気圧や季節風が強い場合には、放射性物質の分布に大きな偏りを生じます。その特性はシミュレーションでも再現できます。

本研究では、コンピュータシミュレーションによる予測の不確実性を考慮し、広域での拡散方向(4方向)を定義して天気パターンとの関係性を調査し、機械学習を用いた拡散予測手法を開発しました。過去5年間分にわたり、天気パターンからの推定結果と実際の拡散方向とを比べたところ、適中率の平均は0.85以上、天気予報(地上風の33時間予報値)を適用した場合でも、0.77以上と高い適中率を示しました。

被曝リスクを完全になくすことは不可能ですが、減らすことは可能です。事前に拡散方向を把握することにより、被曝リスク低減のための適切な防護措置を講じることが可能になります。情報を広く共有しフィードバックすることにより、大幅な手法の改善が期待できます。さらに、人工知能など最新の技術を採用し、より信頼性の高い情報の提供をめざします。

○発表内容
2011年3月の福島第一原発事故では、放射性物質の放出情報が得られなかったなどの理由により緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI、コンピュータシミュレーション)による予測を有効に活用できませんでした。東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会による報告(参照1)では、放出情報が失われたとしても一定量常時放出を仮定したコンピュータシミュレーションなどを有効に活用するべきであったと指摘しています。一定量常時放出を仮定したシミュレーションでは拡散・沈着分布の量的評価はできませんが、時々刻々と変化する風の場の状況に応じて、放出された放射性物質がどこに輸送されていくのかを評価することは可能です。つまり、原発事故などで放射性物質の放出が想定される場合に、放射性物質の拡散を低気圧や季節風などの気象状況との関係から推定できます。

一方で、原子力規制委員会は、緊急時における避難や一時移転などの防護措置の判断にあたってコンピュータシミュレーションを活用しないことを決定しました(平成26年10月、参照2)。気象予測の不確かさを理由として挙げています。しかしながら、実際には予測情報が必要とされる場合も多くあります。例えば、緊急時に安定ヨウ素剤を服用する場合には、その有効時間が限られるため、適切な服用のタイミングを知る必要があります。また、水道水の摂取制限や食品の出荷制限などの判断にも、予測情報が必要とされています。避難などの防護措置を迅速かつ的確に行うには、行政、市民、専門家を含めた多くの方が情報を理解し共有する必要があります。コンピュータシミュレーションの専門家は、情報のユーザーに理解しやすく信頼性の高い情報を提供する役割を担っていますが、現状では予測の不確かさへの対応が必ずしも十分ではありません。

風が広範囲に一様で一定期間継続する状況においては、物質は放出源より風下側の方向に輸送され、風上側には輸送されません。放射性物質も当然例外ではありません。低気圧や季節風など天気状況が支配的になる時に、放射性物質の分布に大きな偏りが生じます。低気圧や季節風などの天気は規則的に出現しますので、もし天気状況と拡散方向(大気中の放射性物質の濃度分布の偏り)の関係が明瞭であれば、天気パターンから拡散方向が推定できます。また、放射性物質の大気中の濃度分布の偏りから、放出源の風上側に位置する被曝リスクの小さい地域と時間帯が分かるため、避難などの防護措置にも有効利用が期待されます。本研究では、コンピュータシミュレーションによる予測の不確実性を考慮し、広域での拡散方向(4方向)を定義して(図1)、風と拡散方向の関係性について調査を行いました。さらに、拡散方向の予測情報の精度について機械学習を用いて検証を実施しました。

131I(ヨウ素131)の大気中濃度分布の偏りが継続して見られる期間の拡散方向別の地上風分布特性と131Iの沈着量分布(3月:5年間平均値)を図2に示します。沈着とは、地表面付近の大気の不規則な流れや降水により、放射性物質が地表面に付着することを示します(前者が乾性沈着、後者が湿性沈着)。地上風分布は拡散方向毎に特徴が大きな違いがあり、それぞれ異なる天気パターンにより拡散する様子が確認できます。また、沈着量分布もほぼ拡散方向に対応しており、地上風分布の特性の影響を強く受けていると推測されます。機械学習では、教師あり学習型のサポートベクターマシンを採用しました。本研究では、問題(地上風)と答え(拡散方向)をセットにして学習してパターンを認識し、テストで地上風に対応した拡散方向を推定します。2009年から2013年までの、1、3、4、7、10月を対象として、テスト期間(例えば、2011年3月)を除く4年間を学習期間(2009、2010、2012、2013年の3月)としました。入力データとして地上風解析値(気象庁提供)、正解データとしてコンピュータシミュレーションで得た131Iの拡散方向(放射性物質の大気濃度分布の偏りから定義)を採用しました。各月毎の5年間平均では適中率は0.85以上で、地上風と拡散方向の関係性が高いことが確認できます(図3)。地上風の33時間予報値(気象庁提供)を適用した場合でも全体で0.77以上の適中率で拡散方向を予測しており(図4)、予測情報としても高い信頼性を持つことが明らかになりました。これは、気象庁が夕方発表する明日の降水の有無の予報の適中率(0.8~0.9)とほぼ同じです(参照3)。冬季と比較して夏季の予測精度が低下するのは、台風などの稀な現象がパターン化されておらず、機械学習でも認識が難しいことが原因の1つと推測されます。また、1、3月の同じ天気状況が継続する期間(大気濃度分布の偏りが持続する期間)は適中率が0.95以上あり、天気が短時間で変わる変遷期間と比較して高い精度を持つことが示されました。正解データを沈着方向(131Iの乾性及び湿性沈着分布の偏りから定義)に変更した場合でも、拡散方向とほぼ同等の予測精度を示しました。風下側では低気圧や前線などの影響で降水が起こりやすい傾向があり、結果として大きな沈着(特に湿性沈着)を引き起こしたと推測されます。

被曝リスクを完全になくすことは不可能ですが、本研究で示した拡散予測手法を活用することにより、被曝リスクを低減することは可能です。原発事故のような多方面に深刻な影響を及ぼす事態に対処するためには、関連するさまざまな分野間の融合が不可欠です。コンピュータシミュレーションによる拡散予測情報の利用価値を高めるためには、情報を広く共有し、ユーザーからの意見や要望を取り入れて改善していく必要があります。一方で人工知能の活用は、気象予測を行う上でも今後さらに重要性が高まると想定されます。深層学習などの最新の技術を採用し、より信頼性の高い情報の提供をめざします。

なおこの研究は文部科学省委託事業戦略的創造研究推進事業 (CREST) 、研究領域「持続可能な水利用を実現する革新的な技術とシステム」、研究課題「安全で持続可能な水利用のための放射性物質移流拡散シミュレータの開発」の成果の一部です。

○発表雑誌
雑誌名: 「Scientific Reports」
論文タイトル: Dispersion characteristics of radioactive materials estimated by wind patterns
著者: T. Yoshikane, K. Yoshimura
DOI番号: 10.1038/s41598-018-27955-4

○問い合わせ先
東京大学 生産技術研究所
特任講師 吉兼 隆生(よしかね たかお)
Tel / Fax:04-7136-6965

資料


図1:放射性物質の拡散方向の定義。地上風解析値(気象庁提供)(左図)。コンピュータシミュレーションによる放射性物質(131I)の4 方向の大気濃度分布と拡散方向。数値は全領域に対する特定方向の領域での大気中の放射性物質の濃度割合を示す(右図)。この事例では、南東領域側に50%以上の大気中濃度の放射性物質が拡散しており、拡散方向は南東方向と認識される。放出源から風下方向に広がる赤色部分は131I の沈着分布を示す。


図2:一定量常時放出実験での拡散方向毎の同じ天気状況が継続する期間の3月の地上風分布と131I 沈着量分布の5年間平均値。数値は同じ天気状況が継続する期間全体に対する各方向の出現期間の割合。


図3:放射性物質拡散方向の適中率。全期間、同じ天気状況が継続する期間、天気が短時間で変化する変遷期間の5年間平均値(誤差棒は全期間での最大値と最小値、黒丸が5年間平均値を示す。上図)。同じ天気状況が継続する期間と短時間で変化する変遷期間の期間比率(下図)。


図4:地上風の33時間予報値(気象庁提供)を用いた場合の拡散方向予測の適中率。

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