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プレスリリース
【記者発表】シート状の原子層を自在に積み重ねるロボットシステムを開発~ 新しい分子材料の高速試作が可能に ~

○発表者
増渕 覚(東京大学 生産技術研究所 特任講師)

○発表のポイント
◆個別の材料では得られない特長を持つ新規材料を生み出すため、複数種のシート状の原子層を、ブロックのように積み重ねる自律ロボットシステムを開発した。
◆熟練の研究者が長時間かけて行う組み立て作業を、20倍以上の効率で達成した。さらに、手作業では実現できなかった、複雑な構造を持つ複合原子層の作製に成功した。
◆複合原子層による有用な材料の開発スピードを飛躍的に向上させるプラットフォームとして利用されると期待される。

○発表概要
東京大学 生産技術研究所の増渕 覚 特任講師と町田 友樹 教授は、グラフェンをはじめとする原子層(注1)を、ブロックを積むように自在に積層するシステム「複合原子層作製システム」(2DMMS:Two-dimensional materials manufacturing system)を開発した(図1)
2004年に、2次元シート状の原子層が実現されて以来(2010年ノーベル物理学賞)、原子層を積み重ねることで、個々の材料が持つ特性を融合した複合原子層(図2)を生み出す研究が世界中で進められている。2−3種の有用な原子層を3−5層積み重ねるだけでも、グラフェンを超伝導化したり、電流を流すことで発光する素子を作製したり、磁場により抵抗値が切り替わる素子が実現できるなど、有用な機能が得られることが報告されている。
しかし、原子層の組み立て工程は、世界中のどの研究室でも依然として研究者の手作業により行われている。研究の進展とともに、求められる構造が複雑化し、組み立てに必要な時間が大幅に増え、新規材料や物理現象の発見にたどりつく効率が低下していることが課題だった(図3)
今回開発した2DMMSを利用すると、熟練した研究者の手作業に比べ1−2桁も作業効率が向上し、1時間あたり数百枚のグラフェンを探索し、8時間で29層から成る複合原子層を作製することが可能となった(図4)
今後は、さまざまな複合原子層の高速試作をロボットに任せ、研究者が物性測定や解析に専念することで、科学発見の効率を飛躍的に高めることが可能となる。
本研究成果は2018年4月12日(英国時間)に英国Nature Publishing Group発行の「Nature Communications」オンライン版に掲載される。

○発表内容
複合原子層(別名:ファンデルワールスヘテロ構造)は、単原子層膜まで薄層化した二次元結晶を、ブロックを積み重ねるように組み立てた分子材料である[1]。原子レベルで精密に分子の境界面が制御でき、多様な材料(ディラック電子系・半導体・金属・超伝導体・トポロジカル絶縁体・ワイル半金属)が選択できることから、複合原子層は、既存の材料では実現し得なかった新規物性発現の舞台として期待を集めている。しかし、2004年の単層グラフェンの実現以来[2]、高品質な複合原子層は、実験者の手作業による光学顕微鏡探索および、組み立て作業により作製されてきた[3]。中でも組み立て作業は、一度の作業失敗が素子全体の毀損に繋がるため、有限の失敗確率のもとでは、素子作製に必要な時間が積層回数に対して指数関数的に増大する問題を抱えている。このため、現実的な時間内で試作できる複合原子層は極めて限られており、13層積み重ねた試料[4]は数日間に及ぶ手作業により、ようやく実現される状況にあった[1]。
今回、複合原子層の実現性を飛躍的に向上させるため、シリコン基板上に形成された原子層を光学顕微鏡で探索し、積層するシステムを開発した(図1)。本装置は窒素ガスで充満された容器の中に構築され、コンピュータープログラムによる遠隔制御が可能となっている。
まず、シリコン基板上に散在する単層グラフェン片を自動探索したところ、1時間あたり、12,000枚の光学顕微鏡写真を解析し、400個の単層グラフェン片の検出に成功した。誤検出率は実用上十分に小さく(<7%)、得られた情報は、データーベースに自動記録され、探索終了時には積層に利用できる二次元結晶の位置情報を含むカタログが構築された。
次に、このカタログの中から任意の結晶を選択して組み合わせ、複合原子層を設計した。選択された結晶が載っているシリコン基板をロボットが光学顕微鏡下に搬送し、画像処理により位置を特定された二次元結晶片は、スライドガラス上の有機樹脂上にスタンプを押すように次々と積層されていった。六方晶窒化ホウ素/グラフェン/六方晶窒化ホウ素の3層構造を3時間に7個作製でき、グラフェンと六方晶窒化ホウ素が交互に29層積み重なった複合原子層を8時間以内に作製することに成功した。
今回開発した複合原子層作製システムは、さまざまな組み合わせの複合原子層を自在に作製するための基盤技術として位置付けられる。研究者を単調な繰り返し作業から解放し、高付加価値作業へシフトさせるためのプラットフォームとして、展開が期待される。

参考文献
[1]A. K. Geim et al., Nature 499, 419 (2013).
[2]K. S. Novoselov et al., Science 306, 666 (2004).
[3]C. R. Dean et al., Nature Nanotechnology 5, 722 (2010).
[4]F. Withers et al., Nature Materials 14, 301 (2015).

謝辞
本研究は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(CREST JPMJCR15F3)、および日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP16H00982)の支援を受けて行われました。
※本装置の関連特許を申請中です。

○発表雑誌
雑誌名:「Nature Communications」
論文タイトル:Autonomous robotic searching and assembly of two-dimensional crystals to build van der Waals superlattices
著者:Satoru Masubuchi, Masataka Morimoto, Sei Morikawa, Momoko Onodera, Yuta Asakawa, Kenji Watanabe, Takashi Taniguchi and Tomoki Machida
DOI番号:10.1038/s41467-018-03723-w

○問い合わせ先
東京大学 生産技術研究所 
特任講師 増渕 覚(ますぶち さとる)
Tel/Fax:03-5452-6847
研究室URL:http://qhe.iis.u-tokyo.ac.jp/

資料

 

図1 自動装置のコンピューターCG図
図1.(A)自動装置のコンピューターCG図。(B)試料作製工程の模式図。シリコン基板上の原子層を光学顕微鏡により探索する。原子層の組み合わせをCADにより設計する。設計された複合原子層を構築する。(C)本装置の全体写真。(D)自動化原子層探索顕微鏡。(E)原子層組立装置。

 

図2 複合原子層の作製
図2.層状化合物を2次元シート状の原子層に剥離し、ブロックを積むように組み立てることで複合原子層を作製する。

図3 複合原子層の作製時間
図3.手作業でのN層の複合原子層の作製に必要と考えられる時間。手作業で30層積み上げるには、組み立て1回ごとの成功確率が90%であっても、およそ1か月休まずに作業し続ける必要があった。

 

図4 複合原子層の光学顕微鏡写真
図4.本装置により作製された複合原子層の光学顕微鏡写真―(グラフェン(G)/六方晶窒化ホウ素(BN))14 超格子。スケールバーは5マイクロメートル。光学顕微鏡写真Aに示す29個の結晶片を積み重ね、Bの複合原子層の作製に成功した。


動画
本装置の動画を、論文ホームページよりダウンロードして頂くことが可能です。
https://doi.org/10.1038/s41467-018-03723-w


用語解説

(注1)原子層
スコッチテープを用いて数ナノメートルあるいは1ナノメートル以下に薄層化したシート状の分子膜。代表的な例として、グラフェン・二硫化モリブデン・六方晶窒化ホウ素などが挙げられる。

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