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プレスリリース
【記者発表】世界初、液体中の原子1つ1つの運動を観察! ~ 高性能電池や溶媒の開発、液体中の現象解明に革新 ~

○発表者
溝口 照康(東京大学 生産技術研究所 准教授、JST さきがけ研究者、京都大学 客員准教授)
宮田 智衆(東京大学 大学院工学系研究科 博士課程3年生)
上杉 文彦(物質・材料研究機構 主幹エンジニア)

○発表のポイント
◆重元素を優先的に捉える環状暗視野法というイメージング手法を利用して、液体中の金イオン1つ1つを明瞭に可視化することに成功しました。
◆原子が、ある時間では大きく移動し、ある時間では小さな領域に滞在するという不均一な運動をしていることはシミュレーションで予測されてきましたが、今回その様子を、金イオンが動く軌跡から実験的にとらえることに初めて成功しました。
◆液体中の原子・分子の挙動を捉え、化学反応や溶解などさまざまな現象への理解が深まれば、高性能な電池や溶媒の開発に大きく役立つと期待されます。

○概要
東京大学 生産技術研究所の溝口 照康 准教授、宮田 智衆 大学院生、物質・材料研究機構の上杉 文彦 主幹エンジニアらの研究グループは、電子顕微鏡(注1)により液体の中にある原子1つ1つを可視化し、さらにそれらの原子が液体内部で不均一に運動している様子を観察することに世界で初めて成功しました。
産業活動や生命活動において、輸送担体や反応溶媒、潤滑剤などの用途で液体は広範囲に用いられています。液体は巨視的には均質にみえますが、原子・分子のスケールでは、原子・分子ごとに、また同じ原子・分子でも時間ごとに、とりまく環境が異なっています。すなわち、液体の特性を正確に理解するためには、この原子・分子1つ1つの挙動を捉え、空間的・時間的な不均一性を把握する必要があります。しかし、液体中の原子は長距離にわたって秩序構造をとることはなく、さらに運動性が高いことから原子レベルでの解析が困難であり、微視的な理解が遅れているのが現状でした。
研究グループは、液体でありながら真空下でも揮発しないイオン液体(注2)という特殊な液体に注目し、高い空間分解能を持つ電子顕微鏡を用いて原子の動きを観察しました。これまでに開発してきた独自の試料作製法を生かし、イオン液体に金イオンを分散させ、重元素を優先的に可視化できる環状暗視野法(注3)というイメージング手法を利用して、液体中の金イオン1つ1つを明瞭に可視化することに成功しました(図1)。
さらに、連続撮影することで、金イオンが液体内部で移動(拡散)する様子を観察しました(図2)。金イオンが動く軌跡から、ある時間では大きく移動し、ある時間では小さな領域に滞在するという不均一な運動をしていることを明らかにしました。本研究で明らかとなった金イオンの動きを模式的に図3に示します。そしてその移動量から、金イオンの拡散係数と、その活性化エネルギーを見積もることにも成功しました。 液体は反応場や輸送媒体として幅広く使用されています。今回用いたイオン液体は不揮発性・不燃性・電気伝導性という特性から、安全な電池の電解質などとしての利用が期待されています。本研究は液体中の原子1つ1つの運動を可視化した世界初の研究成果です。本研究を発展させることで、液体内部で生じるさまざまな現象の理解が深まり、高性能な電池や溶媒の開発に大きく役立つと期待されます。 本研究成果は平成29年12月15日午前9時(米国東部時間)に、アメリカ科学振興協会AAASが発行する「Science Advances」(オンライン版)に掲載されました。

○発表内容の詳細
<研究背景>
液体は産業活動や生命活動において輸送担体や反応溶媒、潤滑剤などの用途で広範囲に用いられています。液体の内部では化学反応が進行したり、物質が溶解したり、ナノ粒子が成長したりさまざまな現象が生じます。液体は巨視的には均質に見えますが、原子・分子のスケールでは、原子・分子ごとに、また同じ原子・分子でも時間ごとに周囲の環境が異なっています。すなわち、液体中で生じるさまざまな現象を正確に理解するためには、この原子・分子1つ1つの挙動を捉え、空間的・時間的な不均一性を把握する必要があります。しかし、液体には長距離にわたる秩序構造がなく、さらに運動性が高いことから原子レベルでの解析が困難であり、固体材料と比べて微視的な理解が遅れているのが現状でした。
研究グループは原子を直視することができる電子顕微鏡を用いた研究をこれまで行ってきました。電子顕微鏡の内部は真空であるため、真空下で蒸発してしまう通常の液体は観察することができません。そこで、イオン液体という特殊な液体に注目しました。イオン液体はプラスとマイナスに帯電した有機性の塩であり、融点が低いために室温で液体として存在します。さらに、イオン液体は分子間の静電相互作用が強いために真空下でも蒸発しません。研究グループはこれまでに電子顕微鏡を用いてイオン液体を観察する手法を開発してきました。

<研究内容>
今回、標準的なイオン液体として知られているC2mim - TFSI(1-methyl-3-ethylimidazolium bis(trifluoromethylsulfonyl)imide)を溶媒として用いました(構造図:図4)。このイオン液体の融点は-20℃付近であり、室温で液体として存在します。このイオン液体に溶質として原子番号の大きな金イオンを溶かした溶液を作製しました。
観察には日本電子株式会社製の電子顕微鏡JEM-ARM200CFを用いました。溶かした金イオンを可視化するために、環状暗視野法という手法を利用しました。環状暗視野法では原子が輝点として観察され、その輝点の明るさが原子番号の約二乗に比例します。つまり、環状暗視野法を用いると重元素である金イオンを輝点として可視化することができます(図1)。各輝点のサイズを測定したところ、約0.08ナノメートル(ナノメートルは10億分の1メートル)でした。像のシミュレーションも行い、実験像との比較も行いました。その結果、今回観察された輝点が単一の金イオンであることが分かりました。一方で溶媒は軽元素で構成されているため明瞭には結像されません。

さらに、同じ領域で像を連続取得することで、時間経過とともに金イオンが液体内部で動いている様子も観察することができました(図2)。金イオンの位置が時々刻々と変わっていく様子が分かります。さらに、金イオンはある時間では大きく移動するのに対し、ある時間では小さな領域に滞在していることが分かりました。つまり、空間的・時間的に不均一に運動していることが分かりました。これは、ケージ・ジャンプ機構と呼ばれる原子の運動機構で、これまでにシミュレーションで予測されてきましたが、その様子を実験的にとらえたのは本研究成果が初めてです。 金イオンが移動する様子を図3に模式的に示します。今回用いた液体は5角形の分子と金イオン(黄球)で主に構成されています。金イオンは5角形の分子に囲まれた小さな領域(ケージ)に滞在したり、そこからジャンプして大きく移動したりします。今回、その様子を観察することに成功しました。
得られた金イオンの軌跡から、イオン液体内部における金イオンの拡散係数や、拡散に要するエネルギー(活性化エネルギー)を定量的に明らかにすることもできました。

<今後の展開>
液体は反応場や輸送媒体として広く使用されています。また、今回用いたイオン液体は不揮発性・不燃性・電気伝導性という特性から、安全な電池の電解質やバイオマス溶媒としての利用も期待されています。
本研究は液体の特性を決める上で重要な役割を果たす原子の運動の不均一性を可視化した世界初の研究成果です。本研究を発展させることで、液体内部で生じるさまざまな現象の理解が深まり、高性能な電池や溶媒の開発に大きく役立つと期待されます。

なお、本研究の観察は文部科学省委託事業ナノテクノロジープラットフォーム課題として物質・材料研究機構・微細構造解析プラットフォームの装置利用支援を受けて実施されました。
また、本研究の一部は科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「理論・実験・計算科学とデータ科学が連携・融合した先進的マテリアルズインフォマティクスのための基盤技術の構築」研究領域(研究総括:常行 真司(東京大学 教授))における研究課題「情報科学手法を利用した界面の構造機能相関の解明」(研究者:溝口 照康)の支援を受けて行われました。今後も、液体内部に存在する不均一性のさらなる理解に取り組む予定です。

○発表雑誌
雑誌名:Science Advances
論文タイトル:Real-space analysis of diffusion behaviour and activation energy of individual monatomic ions in a liquid (液体中単一イオンの実空間拡散挙動と活性化エネルギー)
著者: Tomohiro Miyata, Fumihiko Uesugi, and Teruyasu Mizoguchi (宮田 智衆、上杉 文彦、溝口 照康)
DOI番号:10.1126/sciadv.1701546

○問い合わせ先
<研究に関すること>
東京大学 生産技術研究所
准教授 溝口 照康(みぞぐち てるやす)
Tel:03-5452-6098 Fax:03-5452-6319
研究室URL:http://www.edge.iis.u-tokyo.ac.jp/

<物質・材料研究機構に関すること>
物質・材料研究機構 経営企画部門 広報室
Tel: 029-859-2026 Fax: 029-859-2017
E-mail: pressrelease@ml.nims.go.jp

<JST事業に関すること>
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ICTグループ
松尾 浩司(まつお こうじ)
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K's五番町
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067
E-mail:presto@jst.go.jp

資料

 図1 (左)本研究で観察されたイオン液体中の金イオンの像(右)輝点とシミュレーション(Simulation)像との比較。

図1 (左)本研究で観察されたイオン液体中の金イオンの像。輝点が金イオン。スケールバーは1nm(ナノメートル)。髪の毛の約10万分の1の大きさ。(右)輝点とシミュレーション(Simulation)像との比較。(右下)は輝点(Experimental)とシミュレーション(Simulated)の像強度の比較。強度がよく一致しており、強度の半値幅が0.080ナノメートルであり、この輝点1つ1つが金イオンに対応することが分かる。


  
図2 本研究で観察されたイオン液体中の金イオンの動きの軌跡。
図2 本研究で観察されたイオン液体中の金イオンの動きの軌跡。色は時間を、番号は撮影した順番を示している。初めに1の位置にあった金イオンが時間とともに、2→3...と移動していく様子を観察することに成功した。その結果、均一に運動しているのではなく、ある時間では大きく移動し(例えば2→4)、ある時間では小さな領域(ケージ)に滞在(例えば9→10、7→8など)しているなど、不均一な運動をしていることが分かる。


  
図3 本研究成果の模式図。
図3 本研究成果の模式図。今回観察した液体は5角形の分子と金イオン(黄球)で主に構成されている。金イオンは5角形の分子に囲まれた領域(ケージ)に滞在したり、ケージからジャンプしたりする。今回その様子を観察することに成功した。


  
図4 本研究で用いたイオン液体
図4 本研究で用いたイオン液体 C2mim - TFSI(1-methyl-3-ethylimidazolium bis(trifluoromethylsulfonyl)imide)の分子構造。プラスに帯電したC2mim 分子(左)と、マイナスに帯電したTFSI 分子(右)によって構成されている有機性の溶融塩である。


用語解説


(注1)電子顕微鏡
電子を用いて物質を観察する顕微鏡。可視光を使って観察する光学顕微鏡よりもより細かいものを観察することができ、原子1つ1つを可視化することも可能。今回の研究では電子顕微鏡法の一種の走査透過型電子顕微鏡(STEM)法を用いた。

(注2)イオン液体
有機分子性イオン、錯体イオン、ハロゲンイオンなどで構成される溶融塩。融点が低いイオン液体は、室温でも液体状態で存在する。基本的に電気伝導性を有し、さらに不揮発性および不燃性を示す。有機分子の分子構造により疎水性になったり、親水性になったりし、通常の分子性液体には溶けない物質も溶かすことができるといった特性を持っている。これらの性質を利用し、電池の電解質やバイオマス溶媒としての利用が期待されている。

(注3)環状暗視野法
電子顕微鏡の一種である走査透過型電子顕微鏡(STEM)を用いたイメージング手法の一つ。原子位置が輝点として観察され、その輝点強度(明るさ)が原子番号の約2乗に比例する。そのため、重元素ほど明るく観察される。

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