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【記者発表】ガラス内部で起きるミクロな「雪崩」現象の原因を解明

○発表者
田中 肇(東京大学 生産技術研究所 教授)

○発表のポイント
◆ガラスは、液体のような乱雑な構造を持ちながら固体のようにふるまう独特な性質を持ち、材料として有用である。一方、局所的に雪崩のように急激な構造変化が起こるなど長期間の安定性が低く、その機構の解明が求められていた。
◆数値シミュレーションにより、雪崩現象は、数個の粒子移動をきっかけに発生し、骨格構造のバランスが失われることで系全体に波及し、バランスが回復することで終息することを初めて明らかにした。
◆医薬品や半導体材料など、ガラス状態にある物質を安定して長期保存するために、新たな指針を与えると期待される。

○発表概要
東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授、ジョン・ルッソ 特任助教(現ブリストル大学講師)、柳島 大輝 学振特別研究員の研究グループは、粒子配置が乱雑なまま凍結したガラス状態の固体が、突然「雪崩」のような粒子運動を起こし、秩序だった状態に変化する「雪崩」現象の機構を、数値シミュレーションにより解明した。
「ガラス」といえば「窓ガラス」が連想されるが、一般には、液体のような乱雑な構造を持ったまま固まった固体全般を指す。ガラス状態にある物質は、結晶とは大きく異なる性質を持ち、材料として非常に注目されている。しかし、本質的に非平衡な状態であるため、長期間での安定性に問題がある。例えば、長い時間がたつと、ガラスの中に微結晶が生じたり、エイジング(注1)と呼ばれる遅い変化により大きさが変化したりという現象が知られている。材料として極めて深刻な問題であるにもかかわらず、このような現象が、どのような機構で起きるのかは、これまで未解明であった。
本研究グループは、雪崩現象の起源となる小さな粒子群の構造的な特徴を明らかにするとともに、これら粒子の移動によって固体の機械的な安定性を与える「骨格」構造のバランスが一時的に崩れ、粒子の集団運動が引き起こされること、さらには、ガラスの結晶化とエイジングが、共通の物理的機構に支配されていることを見いだした。
これらの知見は医薬品、半導体材料、光学材料、バイオ試料の低温保存など、ガラス状態の保持が欠かせない材料の開発に、新たな指針を与えると期待される。
本成果は2017年6月29日(英国時間)に英科学誌「Nature Communications」のオンライン速報版で公開される。

○発表内容
身の回りの、ガラス状態にあるさまざまな物質や材料は、液体のような構造を持ちながら固体のようにふるまうという、結晶とは大きく異なる性質を持ち、材料として確固たる地位を築いている。近年、このガラス状物質の長期安定性が注目を集めている。平衡状態にある安定な結晶と異なり、ガラスは本質的に非平衡状態であるため、長期間の安定性が乏しい。例えば、極めて透明なガラス状物質の中に微結晶ができて濁ったり、ガラス状態にある高精度部品の大きさがエイジングにより変化したりすると、材料としては致命的である。これまで、結晶化やエイジングがどのように進行するかについてはよく分かっていなかったが、最近の研究により、ミクロな雪崩現象が間欠的に繰り返されることで進むことが分かってきた。
このたび、本研究グループは、多数の球形粒子の配置が乱雑なまま固まった「剛体球系ガラス」を対象としたシミュレーションを行い、粒子配置の乱れが大きく隙間の多い数個の粒子集団の運動が引き金となり、雪崩のような急激な構造変化が起きることを明らかにした。このことは、雪崩現象のきっかけとなる粒子運動が、不安定な構造が安定な構造へ変化する力を駆動力として起きていることを示している。さらに、その少数の粒子が移動することで、それまでガラスの骨格構造が保っていた力のバランスを壊し、その結果、大きな「雪崩」となって系全体に波及すること、さらには、骨格構造の力のバランスが回復することで、雪崩現象が終息することを明らかにした(図1)。このことは、ガラスの固体のような性質を生み出しているのが、全体の力のバランスを保つ骨格構造であることを示している。
こうしたガラスの構造変化の機構解明は、構造が変わることにより、体内での吸収速度が変わってしまう医薬品、電子特性が著しく劣化してしまう半導体材料、氷の形成によって細胞骨格などが崩れてしまう低温保存中のバイオ試料などの分野で、急務とされてきた。本成果は、どうすればこのようなガラス状態の材料を安定化させられるかという問題に、物理的指針を提供すると期待される。

○発表雑誌
雑誌名:Nature Communications
論文タイトル:Common mechanism of thermodynamic and mechanical origin for ageing and crystallisation of glasses
著者: Taiki Yanagishima, John Russo, Hajime Tanaka
DOI番号:10.1038/NCOMMS15954

○問い合わせ先
東京大学 生産技術研究所
教授 田中 肇(たなか はじめ)
Tel:03-5452-6125 Fax:03-5452-6126
研究室URL: http://tanakalab.iis.u-tokyo.ac.jp/Top_J.html

資料

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図1. 粒子運動が局所的に引き起こされた(黄丸)後、「雪崩」のような急激な構造変化が全体に波及する(赤丸)。そして、雪崩現象に伴い骨格の組み換えが起きる(赤線)。雪崩現象前に力のバランスを保っていた骨格構造(青線)の大部分は変化しない。

用語解説

(注1)エイジング
長い時間をかけてガラス状態にある物質の構造や性質が変化する現象のこと。

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