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【記者発表】水玉模様の下に隠されたテントウムシの驚きの収納術

○発表者
斉藤 一哉(東京大学生産技術研究所 機械・生体系部門 助教)
野村 周平(国立科学博物館 動物研究部 研究主幹)
山本 周平(九州大学総合研究博物館 協力研究員)
新山 龍馬(東京大学大学院情報理工学研究科 講師)
岡部 洋二(東京大学生産技術研究所 機械・生体系部門 准教授)

○発表のポイント
◆テントウムシが後ろばね(注1)を折り畳む具体的なメカニズムを解明した。
◆さやばね(注2)が邪魔で見えなかったテントウムシの後ろばねの折り畳み方法を、透明な人工さやばねを移植する独自の方法によって初めて可視化し、単純な動作でコンパクトにはねを折り畳む仕組みを解明した。
◆テントウムシの優れた変形メカニズムを解明したことで、人工衛星用大型アンテナの展開から傘や扇子などの日用品までさまざまな製品の設計・製造プロセスに応用できると期待される。

○発表概要
テントウムシは飛翔が特に得意な甲虫で、一瞬で後ろばねを展開して離陸することができます。この高速展開には、はねに備わっている開こうとする復元力が使われていることが知られていますが、その一方、どうやって折り畳むのかについてはこれまで曖昧な説明しかされていませんでした。さやばねと胴体が使われることが指摘されていましたが、折り畳みの際、最初に閉じられるさやばねが邪魔になり、その下で具体的に何をやっているのかを観察できなかったためです。東京大学生産技術研究所の斉藤一哉助教らの研究グループは、ネイルアート等に用いられる光硬化樹脂で作成した透明な人工さやばねをナナホシテントウムシに移植することで彼らの収納プロセスを"可視化"し、さらにマイクロCTスキャナ(注3)によって展開・収納時のはねの3次元形状を解析することで、具体的な折り畳みのテクニックを解明しました。
テントウムシの後ろばねは、進化の過程で「飛行」と「折り畳み」の2つの機能が見事に融合されています。また、硬いパーツをジョイントで繋いで作る多くの人工的な機構と異なり、フレームの部分的な柔軟性が巧みに利用されています。ここから学ぶことで、人工衛星用大型アンテナの展開から傘や扇子などの日用品まで、形状の変化するさまざまな製品の設計・製造に役に立つ新しいアイディアが得られると期待されます。

○発表内容
テントウムシは高い移動能力を持つ昆虫で、飛行と歩行を使い分けることで広い範囲を探索します。この生活スタイルを可能にしているのは優れた展開・収納機能を持つ折り畳み型の後ろばねです。後ろばねの展開は非常に速く、はねのフレームに備わっている伸びようとする復元力をうまく使い一瞬で離陸することができます。その一方、広げた後ろばねを着陸後に折り畳む方法については、さやばねと胴体を使っていることが指摘されていましたが、単純な胴体の上下運動だけで何故複雑な折り畳みパターンに収納できるのかはわからず、これまで曖昧な説明しかされていませんでした。これは、テントウムシは折り畳みの際、最初にさやばねを閉じるため、その下で具体的に何をやっているのかを観察できない問題があるためです。さやばねは折り畳みに必要なパーツなので、観察のために切り取ることもできません。さらに、飛行の際に求められる安定性と、収納時のコンパクトな折り畳み形状の両方を実現している後ろばねのフレームがどのような構造になっているのかも不明なままでした。
本研究グループは、透明な人工さやばねをナナホシテントウムシに移植することで彼らの収納プロセスを可視化し、これまで見えなかった具体的な折り畳みのテクニックを解明しました。人工さやばねはネイルアート等に使われる透明な紫外線硬化樹脂でできており、歯科用のシリコン樹脂を使い本物のさやばねから取られた型から作成されました。高速度カメラで撮影された動画から、テントウムシがさやばねの内側の曲面やエッジ、三日月型の翅脈(注4)を器用に使ってはねに折線を導入し、背中でこすり上げることで徐々にはねを引き込んでいることが明らかになりました。さらに、はねの折線部分(ヒンジ)がどのような構造になっているのかを解明するため、マイクロCTスキャナによって展開時と収納時のはねの3次元形状の解析を行い、人工衛星用展開アンテナ等にも用いられているテープ・スプリング構造(注5)が使われていることを明らかにしました。巻尺としても使われているこの構造は、伸ばした状態で安定化し十分な強度を発揮するうえ、必要に応じて好きな場所を弾性的に折り曲げて畳むことができます。テントウムシはこの特性をうまく使い、素早くコンパクトに折り畳めるうえ、飛行の際の羽ばたきに耐えられる高い強度をもったはねを実現していると考えられます。
甲虫たちは身体のサイズや形状、生態に応じてさまざまな方法で後ろばねを折り畳んでいることが知られています。カブトムシなどの大型甲虫のはねはフレームが太く高い強度を持っていますが、折り畳みは単純で収納の効率はあまり高くありません。反対にアリヅカムシなど体長1mm程度の小型甲虫は薄い膜状の後ろばねを長さ方向に5~7回折り畳むことで非常にコンパクトな折り畳みを実現していますが、はねのつくりは非常に華奢です。本研究グループがテントウムシに着目したのは、彼らがこれらの中間スケールの昆虫にあたり、折り畳みのコンパクトさとはねの強度・剛性を"ほどよく"備えており、工学的な利用価値が高いと考えたためです。硬いパーツをジョイントで繋いで作る多くの人工的な変形機構と異なり、テントウムシの後ろばねの折り畳みにはフレームの部分的な柔軟性が巧みに利用されています。パーツの少ない非常にシンプルな構造で複雑な折り畳み形状を実現できるのはこのためです。ここから学ぶことで、人工衛星用大型アンテナの展開からミクロな医療機器、傘や扇子などの日用品まで、形状変化機能を持つさまざまな製品の設計・製造する際の新しいアイディアが生まれると期待されます。

○発表雑誌
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 米国科学アカデミー紀要(オンライン版)
論文タイトル:Investigation of hindwing folding in ladybird beetles by artificial elytron transplantation and micro computed tomography
著者: Kazuya Saito*, Shuhei Nomura, Shuhei Yamamoto, Ryuma Niyama, Yoji Okabe
DOI番号:10.1073/pnas.1620612114
アブストラクトURL:http://www.pnas.org/content/early/2017/05/09/1620612114


○問い合わせ先
東京大学生産技術研究所 機械・生体系部門
助教 斉藤 一哉(さいとう かずや)
Tel: 03-5452-6774  Fax: 03-5452-6186
研究室URL:http://www.okabeylab.iis.u-tokyo.ac.jp/

資料

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図1 移植手術の概略


 
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図2 人工さやばねを移植したナナホシテントウ(左)


 
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図3 高速度カメラでの折り畳み動作の解析


 
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図4 マイクロCTスキャンによる3次元形状解析。斜線で示しているのがテープ・スプリング型のフレーム。


用語解説


(注1)後ろばね(後翅)
2対ある昆虫の翅(はね)のうちの後ろの1対の翅。多くの甲虫では飛翔のために使われる。

(注2)さやばね(鞘翅)
甲虫類にみられる硬くなった前側のはね。テントウムシでは水玉模様の付いている部分。

(注3)マイクロCTスキャナ
医療用のCTスキャナよりも高い分解能が得られる特殊なX線CT装置。CTとはコンピュータ断層画像撮影(Computed Tomography)のことで、対象を壊さずに内部の透視画像を得られる。多数の断面から3次元的な構造も知ることができる。

(注4)翅脈(しみゃく)
後ろばねを支える骨組みのこと。

(注5)テープ・スプリング構造
円弧状の断面を持つ金属や複合材料で作られたブーム。身近な例では巻尺に使われており、人工衛星用展開アンテナ等にも広く用いられている。巻尺と同じように巻き取った状態で収納しておき、端から引き出すことで伸展させる他、ジグザグに折りたたみ、曲げた部分の復元力を利用して展開するブームも使われている。

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