○発表のポイント:
◆世界43の国と地域の739都市を対象に、湿熱(湿度と気温)と死亡リスクに関する最大規模の評価を行いました。
◆気温に加えて湿度を考慮した湿熱指数は気温単独の場合と比べて、米国の沿岸部や五大湖地域、及びペルー、韓国、そして日本において死亡リスクと高い関連を示すことが明らかとなりました。
◆本研究の成果は、増大する熱ストレス下で熱中症警戒情報のさらなる高精度化に資する重要な知見といえます。
増大する熱ストレスは人間の健康に大きな影響を与える(picture via unsplash.com)
○概要:
東京大学 大学院工学系研究科の沖 大幹 教授と同大学院医学系研究科の橋爪 真弘 教授、郭 強(GUO Qiang、ゴー・チャン)特任研究員らの研究グループは、湿熱環境での健康影響を調査する世界最大規模の研究を実施しました。
本研究では、様々な湿熱指数(注1)と、異なる気候条件下における各都市の日々の死亡率との関連を評価しました。この研究成果は、世界各国の熱中症や高温警戒情報の精度向上に役立つことが期待されます。本研究の成果は、PNAS Nexusに掲載されました。
○発表内容:
近年、気候変動により熱波の頻度、持続時間、そして深刻度が増加しており、この傾向は将来さらに悪化する可能性があります。その簡便さと観測や予測のしやすさから、多くの国や地域では熱中症および高温警戒情報に気温を予測指標として採用しています。しかし、人間が感じる熱ストレスは、気温、湿度、風速、太陽放射など、複数の気候変数によって影響を受けます。近年、湿熱(または人間が感じる熱ストレス)への関心が高まっていますが、異なる気候条件の各地域における熱中症警戒情報にどのような気温や湿度に基づく指標(湿熱指数)を用いるのが効果的であるのかについては、依然として分野の異なる研究者の間で意見が分かれており、喫緊の課題となっています。
この問題を探るために、本研究では、世界43の国と地域、739都市を対象とした、世界最大規模の調査を行いました。具体的には、日別死亡データと気象再解析データを利用し、湿球温度(Tw)、湿球黒球温度(WBGT)(注2)、熱指数(HI)といった複数の湿熱指数と夏季の日々の死亡リスクとの関連について、各都市で検証を行いました。湿熱指数が年間で最も高い10日間を過去40年間にわたり評価した結果、湿熱指数によって熱ストレスが高い時期が異なることが分かりました(図1)。このことは、熱中症警戒情報の正確性と有効性を高めるために、適切な湿熱指数の選択が極めて重要であることを示唆しています。
図1:さまざまな湿熱指数に基づいて計算された、年間で最も熱ストレスが高い時期(湿熱指数が年間で最も高い10 日間)の時間分布。湿熱指数間で時期が一致しないという結果が得られた。a は気温が年間で最も高い日が年始から何日目であるかを、b-g はその他の湿熱指数が気温の最も高い日からどのくらいずれているのかを示す。h-k は4 つの都市について気温や様々な湿熱指数が年最大になる可能性の高い期間を赤で示す。
また、本研究では、Distributed Lag Non-linear Model(DLNM)(注3)を用いて、様々な湿熱指数と日々の死亡データとの関連を分析しました。さらに、各都市の気候や社会経済的指標と組み合わせることで、異なる湿熱指標の性能に地域差が生じる要因を解析しました。その結果、湿熱指数、中でも湿球黒球温度(WBGT)は、伝統的に指標として広く用いられてきた気温のみに比べて、特に米国の沿岸部や五大湖周辺地域、ペルー、韓国、そして日本において死亡リスクと高い関連を示すことが明らかとなりました(図2)。これは、これらの地域において気温と湿度の間の相関関係が弱いためであることも明らかとなりました。
以上の研究成果は、日本においては気温と共に湿度も高い日に熱中症のリスクが高くなり、我が国の熱中症警戒アラートで用いられているWBGTが指標として有用であることを支持する強固な科学的裏付けを提示しています。
図2:各都市における最もパフォーマンスの高い湿熱指数を地域ごとにまとめた。a: 気温および8つの湿熱指数のどれが最も死亡リスクを良く説明するかを色で示す。b: 最も死亡リスクを良く説明できる気温および8つの指標の地域ごとの都市の数。気温(Tair)の説明性が最も高い都市が最も多い(222)のはこれらの都市では気温が高いと湿度が低いというように、気温と湿度の変動が連動しているため気温だけで暑熱ストレスを表現できるからである。湿球黒球温度(Twbg)の説明性が最も高い都市には東アジアの都市(赤)が多い。
○発表者・研究者等情報:
東京大学
大学院医学系研究科
橋爪 真弘 教授
NG Chris Fook Sheng(クリス ウン フック シェン) 准教授
KIM Yoonhee(キム ユンヒ) 准教授
郭 強(GUO Qiang、ゴー チャン) 特任研究員
研究当時:東京大学 大学院工学系研究科 博士課程
大学院工学系研究科
沖 大幹 教授
木野 佳音 助教
生産技術研究所
芳村 圭 教授
○論文情報:
〈雑誌名〉PNAS Nexus
〈題名〉Regional Variation in the Role of Humidity on City-level Heat-Related Mortality
〈著者名〉Guo, Q.*, Mistry, M.N., Zhou, X., Zhao, G., Kino, K., Wen, B., Yoshimura, K., Satoh, Y., Cvijanovic, I., Kim, Y., Ng, C.F.S, Vicedo-Cabrera, A.M., Armstrong, B., Urban, A., Katsouyanni, K., Masselot, P., Tong, S., Sera, F., Huber, V., Bell, M.L., Kyselý, J., Multi-Country Multi-City (MCC) Collaborative Research Network, Gasparrini, A., Hashizume, M., Oki, T. *責任著者
〈DOI〉10.1093/pnasnexus/pgae290
○研究助成:
本研究は、環境研究総合推進費「世界の主要都市に関する気候安全保障リスクの評価(課題番号:JPMEERF23S21120)」、環境研究総合推進費「(課題番号:JPMEERF23S21100)」、科研費「衛星地球観測による新たな全球陸域水動態研究(課題番号:21H05002)」の支援により実施されました。
○用語解説:
(注1)湿熱指数(HSI: Heat Stress Indicator)
湿熱指数(HSI)は、暑熱が人間の健康とパフォーマンスに与える影響を評価するために使用される指標の総称です。これらの指標では、温度、湿度、風速、太陽放射などのさまざまな環境要因を考慮して、熱ストレスを評価します。
(注2)湿球黒球温度(WBGT: Wet Bulb Globe Temperature)
湿球黒球温度は、熱中症を予防することを目的として1954年にアメリカで提案された指標です。 単位は気温と同じ摂氏度(℃)で示されますが、その値は気温とは異なります。 湿球黒球温度は人体と外気との熱のやりとり(熱収支)に着目した指標で、人体の熱収支に与える影響の大きい①湿度、②日射・輻射(ふくしゃ)など周辺の熱環境、③気温の3つを取り入れた指標です。2021年から、環境省と気象庁は、全国を対象に、湿球黒球温度の予測にもとづいた「熱中症警戒アラート」の運用を開始しました。
(注3)Distributed Lag Non-linear Model(DLNM)
DLNMは、時間の経過とともに変化する要因と結果の関係を解析するための統計モデルです。特に、影響が同日から数週間以内に現れる場合に有用です。
○問い合わせ先:
〈研究に関する問い合わせ〉
東京大学 大学院医学系研究科
教授 橋爪 真弘(はしづめ まさひろ)
E-mail:hashizume(末尾に"@m.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
東京大学 大学院工学系研究科
教授 沖 大幹(おき たいかん)
E-mail:oki(末尾に"@civil.t.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
東京大学 生産技術研究所
教授 芳村 圭(よしむら けい)
E-mail:kei(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
〈報道に関する問い合わせ〉
東京大学 大学院医学系研究科 総務チーム
Tel:03-5841-3304
E-mail:ishomu (末尾に"@m.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
東京大学 大学院工学系研究科 広報室
Tel:03-5841-0235
E-mail:kouhou(末尾に"@pr.t.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
東京大学 生産技術研究所 広報室
Tel:03-5452-6738
E-mail:pro(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)