○発表のポイント:
◆カルボキシ基(-COOH)を少量含むポリエチレン(分子量10,000程度)を対象とし、セリウム触媒共存下で可視光を当てることで低分子量化(分子量500程度)に成功しました。
◆本反応はポリエチレンを溶解・融解させることなく、80ºCの低温で固体のまま低分子量化することができます。
◆従来のポリエチレンのケミカルリサイクル技術は300-500ºCの非常に高い温度を必要としていたのに対し、本手法を適用すると、反応温度を大幅に低下させられるため、省エネ・低コスト化効果も期待されます。
カルボキシ基を活用したポリエチレンの分解
○概要:
東京大学大学院工学系研究科の野崎 京子 教授、高橋 講平 特任講師、Bin Lu(ビン ルー) 特任研究員、山本 悠太 大学院生、片島拓弥講師、同大学生産技術研究所の吉江 尚子 教授、中川 慎太郎 講師、Jian Zhou(ジェン ジョウ) 特任研究員(研究当時)らの研究グループは、カルボキシ基が少量置換したポリエチレンを対象とし、少量のセリウムを共存させて可視光を当てると、その分子鎖が切断され、小さな断片へと変換できることを発見しました。
今回、本研究グループはポリエチレンそのものではなく、ポリエチレンに少量のカルボキシ基を含む高分子(注1)である「カルボキシ化ポリエチレン」のカルボキシ基を分解の足がかりとして応用するという着想のもと研究を行いました。具体的には、カルボン酸から炭素ラジカル(注2)を生じさせる方法が有機合成分野の研究ですでに知られていたため、これをカルボキシ化ポリエチレンに適用することでポリエチレンの鎖上に炭素ラジカルを発生させ、その高い反応性から鎖が切断されると考えました。
高分子を反応させる場合、高温で融解させることや溶媒に溶解させることが一般的でした。そのため、研究開始当初はそのような反応条件を検討していました。しかし、さまざまな反応条件を検討するなか、少量のセリウム塩共存下でLEDランプの光(青色)を当てると、カルボキシ化ポリエチレンが溶解も融解もしないアセトニトリル溶媒中、80ºCの条件でも反応が進行し、その分子量(注3)が10,000程度から500程度まで低下することが明らかとなりました(図1)。さらにこの反応は水中でも進行するばかりでなく、カルボキシ化ポリエチレンと少量のセリウム塩をすり混ぜて混合したものであれば溶媒を用いずとも、粉末に光を当てるだけで進行することが明らかとなりました(図2)。より実用に即した実験として、粉末ではなく厚み0.1mmのフィルムを用いた場合でも反応は進行し、低分子量化することができました(図3)。
図1:カルボキシ化ポリエチレンの分解反応
図2:カルボキシ化ポリエチレンとセリウム触媒をすり混ぜた混合物の分解反応
図3:カルボキシ化ポリエチレンフィルムの分解反応
既存のポリエチレンの分解・再利用の技術は一般には300-500ºCの高温を必要としており、学術研究としても150ºC程度が限界でした。本手法を用いることでその温度を80ºCと大幅に低減することができます。本手法で低分子量化した断片はさらなるガス化(注4)や油化(注5)に用いることで有用な化学原料に変換できると期待されるため、総エネルギーコストの面で優れたケミカルリサイクルの実現へとつながるものと考えられます。
なお、本研究成果は、7月1日(米国東部夏時間)にアメリカ化学会が発行する学術誌である「Journal of the American Chemical Society」の速報版としてジャーナルHPに公開されました。
○発表内容:
〈研究の背景〉
プラスチックの廃棄による環境汚染が深刻な社会問題となるなか、特に生産量の多いポリエチレン、ポリプロピレンのリサイクルが課題として挙げられています。また、これらは化石資源を原料とし、非常に多くの量が生産されていることから、そのリサイクルは化石資源の枯渇問題の解決にも寄与する重要な技術です。このような背景のもと、本研究グループではプラスチックを化学反応により分解してガスや液体成分とし、化学原料として再利用するケミカルリサイクルに着目しました。ケミカルリサイクルは、廃プラスチックによる環境汚染と化石資源の枯渇という双方の問題解決に貢献する魅力的な方法の一つです。しかしながら、ポリエチレン、ポリプロピレンの分子鎖はいずれも非常に安定な炭素-炭素結合のみで構成されるため、これを化学的に分解するのは容易ではありません。実際、既存のプロセスはいずれもその分解に300-500ºCの高温を必要としており、エネルギーコストに課題があります(図4上)。近年、学術研究としては触媒(注6)を用いた分解、なかでも水素との反応により低分子量化する手法が注目を集めており、ポリエチレンの融点よりも少し高い150ºC程度まで温度を下げることができています(図4下)。
図4:従来のポリエチレン、ポリプロピレンの分解法
より低い温度、特に100ºCを下回る温度で反応を行う場合、ポリエチレンは固体であり有機溶媒にも溶解しにくいため、固体状態での反応が必要となります。しかしながら、一般に固体状態での化学反応は反応相手と接触する機会が著しく減少するため、その効率の低下は避けられず、難易度はさらに増します。
本研究グループは、ポリエチレンの分解反応を促進するため、カルボキシ基(COOHと赤文字で記されている部分)を少量含むポリエチレンであるカルボキシ化ポリエチレンを活用することに着想しました(図5)。このような修飾されたポリエチレンの合成は以前より注目されており、野崎京子教授はその分野において重要な成果を挙げています。また、有機合成分野では近年、光エネルギーを活用してカルボキシ基から炭素ラジカルを発生させる反応の開発が活発に行われています。これを上述のカルボキシ化ポリエチレンに適用することでポリエチレン分子上に炭素ラジカル(図5ではCOOH基が付いていた場所に発生、●で図示)を発生させ、その高い反応性に由来して炭素-炭素結合を切断できると考えました。
図5:カルボキシ基からのラジカル発生を利用したポリエチレンの分解
〈研究の内容〉
数平均分子量10,000、カルボキシ基をエチレン鎖(-CH2-CH2-)の量に対して約5%含み、分岐構造をほとんど持たないカルボキシ化ポリエチレンの粉末に対して、文献を参考にカルボキシ基から炭素ラジカルを発生させる反応条件を適用しました。さまざまな条件を検討した結果、セリウム触媒を少量添加した80ºCのアセトニトリル中で430nmの波長を持つLEDランプの光(青色)を当てると、期待通りに炭素-炭素結合が切れ、数平均分子量が500程度まで減少することを見出しました(図6)。この反応は高分子が融解ないし溶解することなく進行しました。この特徴により、アセトニトリルの代わりに一般に有機物が溶解しにくい水を用いた場合でも反応が進行しました。さらには、カルボキシ化ポリエチレンと少量のセリウムを予めよくすり潰して混合することで、溶媒を用いることなく、直接光を当てることでも分解が進行しました(図7)。より実用に即した実験として、粉末ではなく厚みが0.1mmのフィルムを用いた場合であっても反応は進行し、低分子量化することができました(図8)。
図6:セリウム触媒によるカルボキシ化ポリエチレンの光分解反応
図7:カルボキシ化ポリエチレンと塩化セリウムをすり混ぜたものの分解
図8:カルボキシ化ポリエチレンのフィルムの分解
〈今後の展望〉
本研究成果は、通常、高温を要するポリエチレンの分解をより低い温度で実現したものです。これにより、カルボキシ化ポリエチレンを分解性ポリエチレンとして応用できる可能性を提案できました。本研究で提案する方法により低分子量化したポリエチレンは、続くガス化、油化などにより有用な化合物へと変換できると期待されます。特に、低分子量化することで融解した際の粘度が大幅に低下することが同研究のなかで明らかになっており、ポリエチレンを直接ガス化・油化に適用するよりも高効率のプロセスとなることが期待されます。さらには、ポリエチレンそのものに対してもカルボン酸物質(自然から得られる脂肪酸等)を添加剤として加えることでも分解が促進されるという予備的な実験結果も得ており、より汎用的な技術になる可能性を秘めていると期待されます。
○発表者・研究者等情報:
東京大学
大学院工学系研究科
野崎 京子 教授
高橋 講平 特任講師
Bin Lu(ビン ルー) 特任研究員
片島 拓弥 講師
山本 悠太 修士課程
生産技術研究所
吉江 尚子 教授
中川 慎太郎 講師
Jian Zhou(ジェン ジョウ) 研究当時:特任研究員
○論文情報:
〈雑誌名〉Journal of the American Chemical Society
〈題名〉Mild Catalytic Degradation of Crystalline Polyethylene Units in Solid State Assisted by Carboxylic Acid Groups
〈著者名〉Bin Lu, Kohei Takahashi*, Jian Zhou, Shintaro Nakagawa, Yuta Yamamoto,
Takuya Katashima, Naoko Yoshie, Kyoko Nozaki*
〈DOI〉10.1021/jacs.4c07458
○研究助成:
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(ERATO)「野崎樹脂分解触媒プロジェクト(課題番号:JPMJER2103)」(研究総括:野崎 京子)の支援により実施されました。
○用語解説:
(注1)高分子
小さな分子が無数に連なったものからなる物質の総称。プラスチックとして用いられるもののほとんどがこれに当たる。
(注2)炭素ラジカル
孤立電子を持った炭素原子のこと。一般に反応性が高く、炭素-炭素結合の切断などを引き起こす。
(注3)分子量
分子鎖の長さを表す指標。市販のポリエチレンであれば一般に10,000以上となる。
(注4)ガス化
固体や液体の炭素資源を一酸化炭素や水素などのガス状の化学原料へと変換する工業プロセス。
(注5)油化
固体の炭素資源を油状の化学原料へと変換する工業プロセス。
(注6)触媒
少量で複数回の反応を進行させるもの。
○問い合わせ先:
東京大学大学院工学系研究科
教授 野崎 京子(のざき きょうこ)
Tel:03-5841-7261
E-mail:nozaki (末尾に"@chembio.t.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
特任講師 高橋 講平(たかはし こうへい)
Tel:03-5841-7265
E-mail:takahashi-k (末尾に"@g.ecc.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
〈報道に関する問合せ〉
東京大学大学院工学系研究科 広報室
Tel:03-5841-0235
E-mail:kouhou (末尾に"@pr.t.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
東京大学 生産技術研究所 広報室
Tel:03-5452-6738
E-mail:pro(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
科学技術振興機構 広報課
Tel:03-5214-8404
E-mail:jstkoho(末尾に"@jst.go.jp"をつけてください)
〈JST事業に関すること〉
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
永井 諭子(ながい さとこ)
Tel:03-3512-3528
E-mail:eratowww(末尾に"@jst.go.jp"をつけてください)