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【記者発表】斜面水動態に影響された不思議な植生景観を世界各地で発見――高解像度の地形・植生データを用いて植生分布の不均一性の要因を解析――

○発表のポイント:
◆斜面水動態による丘と谷の水分コントラストは、数メートルの標高差で植生被覆が遷移する「斜面型植生景観」という独特な植生パターンを生むことがある。
◆斜面型植生景観がどこにどの程度存在するかは知られていなかったが、高解像度の地形・植生データの分析により世界各地で多様な気候帯にまたがり多数分布することを発見した。
◆森林限界などの標高による気候勾配に影響を受ける「標高依存型植生景観」と比較しても、斜面型植生景観は同数以上存在し、植生不均一性の要因として無視できないことが示された。

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斜面水動態に影響された植生景観の例

○概要:
 東京大学 生産技術研究所の山崎 大 准教授と同大学工学系研究科 社会基盤学専攻 李 庶平 博士課程、同大学 生産技術研究所 周 旭東 特任助教(研究当時)、趙 剛 特任研究員(研究当時)による研究グループは、地表面の植生分布の不均一性について高解像度の地形データ・植生データを用いた解析を行い、斜面水動態(注1)による丘と谷の水分コントラストによって数メートルの標高差で植生被覆が遷移する「斜面型植生景観」という独特な植生パターンが世界各地に多数あることを発見しました。
 森林や草地といった地表面の植生被覆は、気温・降水量・日射・土壌など様々な要因で決まります。局所的な植生分布の不均一性を引き起こす要因としては、森林限界(注2)など標高による気候勾配(注3)に影響を受ける「標高依存型植生景観」がよく知られています。植生被覆が異なると、陸面の水・エネルギー・炭素循環も変わるため、詳細な植生分布を考慮することは精密な気候予測シミュレーションにとって重要となります。
 本研究では、標高による気候勾配以外にも植生分布の不均一性を引き起こす要因を検討し、斜面水動態によって丘より谷が湿潤になる効果に着目して地球規模で植生パターンの解析を行いました。その結果、乾燥域で谷部にのみ樹木が存在する河岸林や、逆に排水の悪い谷部で森林が疎になる湛水型湿地など、斜面水動態に影響を受けて数メートルという小さな標高差で植生が遷移する「斜面型植生景観」が世界の様々な気候帯に幅広く分布していることを突き止めました。さらに、斜面水動態に影響を受けた植生景観は、森林限界などの「標高依存型植生景観」と同程度の数が存在しており、植生分布の不均一性を説明するのに斜面水動態が主要な要因の一つとなることを示しました。
 本研究により、気候モデルにおいても斜面水動態と植生分布との相互作用を考慮することが、地表面の水・エネルギー・炭素の循環をシミュレーションするにあたり重要となる可能性が示唆されました。

○発表内容:
 森林・草地・裸地といった地表面の植生被覆タイプは、気温・降水量・土壌・地形など様々な要因によって規定されています。植生被覆が異なると、土壌組成の変化・植物による土壌水の吸い上げ・樹冠による日射の遮蔽といった様々なプロセスを通して、地表面の水・エネルギー・炭素循環が変わるため、詳細な植生被覆タイプの考慮は気候シミュレーションの精緻化にとって重要です。
 植生被覆は、大局的には地域の気候によって決まりますが、森林限界といった標高による気候勾配に規定された「標高依存型植生景観」というローカルな植生分布の不均一性があることもよく知られています。また、人間活動による農地の開墾などもローカルな植生分布の不均一性をもたらす要因となります。これらの良く知られた植生分布の不均一性は、気候予測モデルでも考慮されており、気候変動シミュレーションに反映されてきました。
 地表面の植生分布の不均一性に影響を及ぼすその他の要因として、斜面の水動態による影響が挙げられます。斜面では地下水が丘から谷に向けて流れるため、丘部は地下水位が深く比較的乾燥した状態に、逆に谷部は地下水位が浅く湿潤な状態になります。これに応じて、水分量が多い谷部にのみ樹木が存在する河岸林や、逆に排水が悪い谷部で森林が疎になる湛水型湿地など、斜面水動態によって数メートルの標高差でも植生被覆が遷移する「斜面型植生景観」という特徴的な植生パターンが形成されます。
 近年では、標高依存型植生景観に加えて斜面型植生景観を気候予測モデルで扱うことの重要性が議論されてきました。一方で「斜面型植生景観が、世界中のどこにどのくらい存在するのか?」という基礎的な空間分布情報が分かっていませんでした。そこで本研究では、地球規模で高解像度の地形データ・植生データを用いて、斜面水動態に影響を受けた独特な植生景観が、世界のどこにどの程度あるのかを分析しました。

 この目的のために、地形データから定義した集水域を標高ステップに分割し、丘部と谷部の標高差と植生タイプを解析することによって、以下の4タイプの斜面型植生景観を検出するアルゴリズムを開発しました(図1)。
・谷部での塩類集積で植生が疎になる塩類平原(Salt Pan)
・乾燥〜半乾燥域の谷筋に植生が生える河岸林(Arid/Semi-arid Gallery Forest)
・湿潤地域で低平な谷部で植生が疎になる湛水型湿地(Water Logging)
・泥炭の蓄積により丘部に植生が比較的少ない部分が形成される高層湿原(Raised Bog)

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図1:地形データと土地被覆データを用いた斜面型植生景観の検出。
左列:衛星写真、中列:定義された集水域と植生タイプ分布、右列:各標高ステップの植生タイプ。集水域の標高分布と植生分布を分析して、斜面型植生景観および標高依存型植生景観を検出した。

 このアルゴリズムを地球全域に適用することにより、斜面型植生景観が世界のどこにどの程度存在するのかを分析しました。特徴的な植生景観は、熱帯から寒帯にまたがる様々な気候帯において世界各地に存在することが初めて明らかになりました(図2)。
 さらに「斜面型植生景観」の重要性を議論するために、より良く知られている森林限界などの「標高依存型植生景観」と出現頻度を比較しました。その結果、世界における両者の出現頻度は同程度であり、斜面水動態に影響を受けた植生景観は決して珍しいものではないことが示されました(図3)。

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図2:本研究で特定した斜面型植生景観の分布

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図3:標高依存型植生景観(赤)と斜面型植生景観(青)の出現頻度比較

 これら結果は、気候予測シミュレーションに使われる陸面モデルにおいても、斜面水動態と植生との相互作用を表現することが陸面の水・エネルギー・炭素循環を理解する上で重要となりうることを示唆しています。今後は陸面モデルにおいて斜面水動態を表現できるスキームの開発を進め、斜面型植生景観が気候シミュレーションに及ぼす影響の定量的な評価を目指します。

○発表者・研究者等情報:
東京大学
 生産技術研究所
  山崎 大 准教授

 工学系研究科 社会基盤学専攻
  李 庶平 博士課程 

 生産技術研究所
  周 旭東 特任助教(研究当時)
   現:中国・寧波大学 准教授
  趙 剛 特任研究員(研究当時)
   現:東京工業大学 助教

○論文情報:
〈雑誌名〉Water Resources Research
〈題名〉Where in the world are vegetation patterns controlled by hillslope water dynamics?
〈著者名〉Shuping LI, Dai YAMAZAKI, Xudong ZHOU, Gang ZHAO
〈DOI〉DOI 10.1029/2023WR036214

○用語解説:
(注1)斜面水動態
 斜面における地下水流れや土壌水分移動などの水の動き

(注2)森林限界
 高山などにおいて高木が育たなくなる限界高度

(注3)気候勾配
 緯度や高度によって徐々に変化する気温や降水量などの気候条件

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
准教授 山崎 大(やまざき だい)
Tel:03-5452-6382
E-mail:yamadai(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)

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