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見えない世界を感知する [UTokyo-IIS Bulletin Vol.13]

分子やイオン、ウィルスの化学情報を簡易に、かつ安価に検知するセンサの開発に成功、食品分析や健康管理へ応用

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 分子やイオン、ウィルスなど目に見えない物質は、人間にとって有益にも有害にもなり得えます。その検査は、防疫や健康管理、創薬、環境保護などの視点から近年、ますます重要度を増しています。しかし、従来の検査は、大がかりで高価な機器と専門的な知識が必要とされ、検査の迅速化やコスト削減が課題となっていました。本所の南 豪 准教授は、試薬の色素変化や電子チップを用いた、簡易で安価なセンサを開発して課題を解決。我々の生活に密着した汎用センサの社会実装を目指しています。

人々を幸せにするセンサを追求

 南准教授の究極の目標は、「人々を幸せにする」センサの開発です。特に注力するのが、食品の旨味や風味が頂点に達する時期を特定する、あるいは健康の促進に寄与するなど、生活者に身近なセンサの開発です。

 例えば、南准教授は、牛肉の旨味を左右するグルタミン酸の含有量を測るセンサを開発し、試薬の色素変化で「食べ頃」を簡単に判断できるようにしました。「私自身もグルメで、熟成牛肉が大好きです。でも、家庭で熟成し過ぎると腐ってしまいますので、匂いを嗅いで、腐っていないか判断します。でも、『嗅覚を使って調べるのは21世紀のやり方ではない』と、このセンサを開発しました」。試薬を変えさえすれば、血糖やコルチゾール(睡眠や気分などに影響する副腎皮質ホルモンの一種)など、身体やメンタルの状態に関する分子も検出でき、応用範囲は広範です。

センサの開発へ幅広い分野の専門性を獲得する

 南准教授は2016年に本所に就任しましたが、それまでに幅広い分野で専門性を磨いてきました。「研究者としては珍しいタイプ」と自己評価しますが、この幅広い専門性が、最先端のセンサを開発するのに大いに役立ったと語ります。

 研究者だった母親の影響で化学に興味を持ち、高校では化学部に所属した南准教授。「高校時代から、『見えないものを見たい』という気持ちが強かった」と、当時問題となっていた光化学スモッグの発生状況を、試薬を使って調査しました。埼玉大学で学士と修士を修了した後は、首都大学東京(現:東京都立大学)・都市環境学部に進学し、2011年に博士号を取得しています。

 その後、機械学習を学ぶために向かったのは、ボーリング・グリーン州立大学(米国オハイオ州)でした。当時、機械学習は超分子化学の分野ではあまり利用されていなかったそうですが、南准教授は「新しいことがしたい」と、センサと機械学習を融合した研究を始めました。同大学で博士研究者や助教として3年間在籍した後、今度は超分子化学者の観点から、センサデバイス開発を目指し、2014年に帰国。山形大学で畑違いの有機エレクトロニクス分野で助教として研究に従事しました。

 「センサの領域は分野横断的です。特定分野を深掘りするのも大事ですが、視野を広げていくことも重要になってきます。センサの研究には、合成化学だけではなく、エレクトロニクスデバイスや試薬の知識が必須だと考え、それを獲得しました。そのおかげで、私独自の研究分野を確立したと考えています」。

有機エレクトロニクス、化学、AIの技術を駆使

 南准教授は、超分子化学、有機エレクトロニクス、機械学習の技術を駆使して研究を進めています。研究の焦点は、「センサの広範な社会実装」と「学術的な成果」の2つです。

栄養素などの検知といった社会実装を目指すセンサは、次のような簡単なステップで利用できます。
(1) ターゲットにする分子を検知するための試薬を選択
(2) 試薬を標準的なインクジェットプリンターのインクタンクに設置
(3) 紙に試薬を網目パターンに印刷(センサアレイ:特定の幾何学模様にセンサ群を配列)
(4) ターゲットにする分子を含む試料をセンサアレイに塗布し、色素の変化を待つ

 この手法は電子顕微鏡や分析機器が不要で、専門知識がなくても、個人が自宅で検査を行うことができます。

 一方、学術的な追求は、生命の分子認識現象にヒントを得た学問、超分子化学を基軸にしています。超分子とは、複数の分子が共有以外の結合により集合した化学種です。材料の分子設計や合成のほか、生命現象を理解する上で重要な、生理活性物質を検知できるセンサデバイスの開発や、環境汚染物質を電気的・工学的に検出する研究も行っています。また、有機薄膜トランジスタ型化学センサなどの電子機器や半導体も研究分野に入ります。

 さらに、様々なターゲット分子を同時に分析する技術を開発するほか、統計と機械学習をベースにした計量化学(データドリブンな方法で、化学系から情報を獲得する学問)の技術を駆使し、分子センサアレイで収集された様々な信号応答を分析するなど、研究分野は多岐にわたります。

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(左)印刷した紙のセンサ (右)電子デバイス型センサ


「ドラえもんの道具」で無人島生活も楽々!?

 南准教授は、様々な人物・事柄から研究のインスピレーションを得るそうですが、その一つが人気アニメキャラクター「ドラえもん」の道具です。「ドラえもんが、のび太が無人島で生活するために取り出した道具は、『食べ物さがしメガネ』。それに相当する、食べられるものと食べられないものを区別できるセンサは可能かもしれません」と、目を輝かせます。高校生向けの講義でも、生徒の科学への関心度を高めようと、その例を引用しているそうです。

 多岐にわたる研究分野で成果を出すには、多くの試練が待ち受けているかもしれません。しかし、南准教授は、米国滞在時から自身が作ろうと目指していた「グローバルな研究室」に集まった世界の学生や研究者たちとともに、研究に邁進する心構えです。「究極的には、進化の過程で作り上げられた、複雑な生体機能を模倣できるようなデバイスを開発するのが目標です。例えば、デバイスに我々の治癒機能のようなものを付与できればいいですね」


ケミカルセンサプラットフォームの具体的な構造と活用について

ミニクロストーク:南 豪 准教授 × 栃木 栄太 准教授

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栃木:(→原子の観察におけるブレークスルー[UTokyo-IIS Bulletin Vol.13]
 小さな世界の謎を解くのは、非常に興味深いですね。特に私が面白いと感じるのは、実験で新しいことに出会うことです。「変な現象」を見つけると、それを解明したい。それができないと、不完全燃焼になります。

南:
 高校生の教科書で、この世界は分子やイオンで構築されていると習いました。自身が作ったセンサを使い、みるみると色が変わるのを目の当たりにすると、「やっぱり分子が存在している」と嬉しくなります。でも、うまくいかないときも、やる気が起こります。新しいことに気付きますし、失敗の原因にも気付きます。

栃木:
 そうなんですよ。私も新しい現象をこの目で見ると、新しいアイディアが浮かんできます。そうすると、結晶欠陥のメカニズム解明への次のステップが踏めます。

Reference

Xiaojun Lyu, Vahid Hamedpour, Yui Sasaki, Zhoujie Zhang, Tsuyoshi Minami, "96-Well Microtiter Plate Made of Paper: A Printed Chemosensor Array for Quantitative Detection of Saccharides", Analytical Chemistry (2021), DOI: 10.1021/acs.analchem.0c04291

Yui Sasaki, Yijing Zhang, Haonan Fan, Kohei Ohshiro, Qi Zhou, Wei Tang, Xiaojun Lyu, Tsuyoshi Minami, "Accurate cortisol detection in human saliva by an extended-gate-type organic transistor functionalized with a molecularly imprinted polymer", Sensors and Actuators B: Chemical (2023), DOI: 10.1016/j.snb.2023.133458

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