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【記者発表】世界初:パワー半導体を省エネに操るICチップ――自動波形変化ゲート駆動ICチップにより、エネルギー損失を49%低減――

○発表のポイント:
◆パワー半導体のゲート端子を駆動する電流波形を自動で制御する、新しいICチップを開発した。これにより、オン・オフのスイッチング時に生じるエネルギー損失を、49%低減した。
◆ゲート駆動回路、センサ回路、制御回路をまとめ、世界で初めて1チップ化に成功した。省スペースかつ低コストで、誰でも使うことができる。
◆従来のゲート駆動ICチップと置き換えるだけで、パワー半導体のスイッチング損失を低減でき、パワーエレクトロニクス機器が大量普及した社会の脱炭素化を促進すると期待される。

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自動波形変化ゲート駆動ICチップ

○発表概要:
 東京大学 生産技術研究所の高宮 真 教授、畑 勝裕 助教、東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 修士課程の張 狄波 大学院生らの研究グループは、パワー半導体(注1)のオンまたはオフの切り替えを行うスイッチング時において、パワー半導体のゲート端子(注1)を駆動する電流波形を適切なタイミングで自動的に複数回変化させる「自動波形変化ゲート駆動ICチップ」を開発し、パワー半導体のスイッチング損失を49%低減しました。
 本研究が革新的なのは、出力電流を切り替えるゲート駆動回路、電流切り替えタイミングを決定するためのセンサ回路、切り替えの制御回路の3点セットすべてを1つのICチップに搭載し、自動的に波形変化を行うゲート駆動回路の1チップ化を世界で初めて実現した点です。1チップ化することにより、本技術を省スペース、低コストで誰でも使うことができます。
 本ICチップを用いると、パワー半導体の温度などの動作条件が変動しても、自動的に適切な波形でパワー半導体を駆動することができ、スイッチング時に生じるエネルギー損失とノイズ(注2)の両方を同時に常に減らせて実用的です。従来のゲート駆動ICチップを提案品に置き換えるだけでパワー半導体のスイッチング損失を低減できるので、パワー半導体が世界に大量普及した社会の脱炭素化を促進することが期待されます。

○発表内容:
〈研究の背景〉
 2050年の脱炭素社会の実現に向けて、社会インフラ全体の「電化」が強く求められています。そこで、今後、パワー半導体を利用したあらゆるパワーエレクトロニクス機器(太陽光発電、風力発電)、モータを利用する機器(電車、電気自動車、産業用ロボットなど)、電源装置(データセンタなど)、家電(洗濯機、冷蔵庫、エアコンなど)が加速度的に世界中に大量普及することが予想されています。脱炭素社会への貢献のためにも、パワーエレクトロニクス機器の省エネ化が望まれており、パワー半導体そのものの低損失化に関する研究開発が多数行われてきました。
 本研究グループはこれまで、パワー半導体そのものではなく、パワー半導体の「ゲート駆動」という、「使いこなし」の観点に着目し、エネルギー損失を低減する手段を開発してきました。パワー半導体は、3端子のスイッチ素子です(図1)。パワー半導体のゲート端子の電圧をゲート駆動回路で変化させることにより、スイッチオン、または、スイッチオフの状態に遷移します(図2)。一般に使われているゲート駆動回路では、パワー半導体のオンまたはオフの切り替えを行うスイッチング時に生じる、エネルギー損失とノイズがトレードオフの関係にあり、両方を同時に減らすことはできない課題がありました。

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図1:パワー半導体の回路記号
3端子の素子である。


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図2:パワー半導体とゲート駆動回路の関係
パワー半導体のゲート端子の電圧をゲート駆動回路で変化させることにより、スイッチオン、または、スイッチオフの状態に遷移する。

 この課題を解決するために、ゲート端子を駆動する電流波形を変化させるゲート駆動回路が提案されています。ノイズが発生する直前の期間のみ駆動電流を減らし、それ以外の期間は駆動電流を増やすことにより、エネルギー損失とノイズの両方を同時に減らすことができます。パワー半導体の温度などの動作条件によって必要な駆動波形が変化するので、使いこなしが難しいですが、「出力電流を可変としたゲート駆動回路」、「適切なタイミングを決定するためのセンサ回路」、「電流波形を変化させるための制御回路」の3点セットを組み合わせ、パワー半導体の動作条件が変動しても、その変動に応じて、ゲート駆動波形を適切なタイミングで自動的に複数回変化させる「自動波形変化ゲート駆動回路」が、これまでに開発されてきました。
 しかし、それらは、サイズが14cm×7cm程度と大型であり、高コストのため製品搭載には到達できていませんでした。

〈研究の内容〉
 この課題を解決するために、上記の3点セットを小型化し、実際に製品に搭載して実用化しうる「自動波形変化ゲート駆動ICチップ」を開発しました。
 新規性は、駆動回路、センサ回路、制御回路の3点セットすべてを1つのICチップに搭載し、1チップ化を世界で初めて実現した点です(図3、図4)。1チップ化により、省スペース、低コストで誰でも本技術を使うことができるようになりました。

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図3:開発した自動波形変化ゲート駆動ICチップ
パワー半導体のゲート端子を駆動する電流波形を、適切なタイミングで自動的に複数回変化させる。


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図4:試作した自動波形変化ゲート駆動ICのチップ写真

 出力電流を可変としたゲート駆動回路、適切なタイミングを決定するためのセンサ回路、電流波形を変化させるための制御回路の3点セットすべてを1つのICチップに搭載し、自動的に波形変化を行うゲート駆動回路の1チップ化を世界で初めて実現した。
 本技術はシリコンや炭化ケイ素(SiC)など様々なパワー半導体に適用可能です。今回、本技術をシリコンのパワー半導体に適用したところ、600V、80Aの条件にてスイッチング損失を49%低減できることが確認されました(図5)。

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図5:開発した自動波形変化ゲート駆動ICでシリコンのパワー半導体を駆動する測定系
600V、80Aの条件にてパワー半導体のスイッチング損失を49%低減した。

〈今後の展望〉
 開発したICチップは、パワー半導体の「ゲート駆動」という、「使いこなし」の観点からエネルギー損失を低減する新たな手段を提供しており、「パワー半導体を省エネに操るICチップ」として注目されます。本ICチップを用いると、パワー半導体の動作条件が変動しても、自動的に適切な波形でパワー半導体を駆動することができ、スイッチング時に生じるエネルギー損失とノイズの両方を同時に常に減らせます。従来のゲート駆動ICチップを提案品に置き換えるだけでパワーエレクトロニクス機器の省エネ化を実現できるので、脱炭素社会への貢献が期待されます。
 ドイツの自動車関連企業から、「ゲート駆動回路に波形変化技術を導入することにより、スイッチング損失が56%低減し、電気自動車の電動システム全体の損失が7.6%低減する」とのシミュレーション結果が報告されています。これは、今回の提案技術で、少なくとも電気自動車の電費は改善することを定量的に示唆しており、今後の本技術の普及による省エネ化が期待されます。

〈参考文献〉
M. Sayed, S. Araujo, F. Carraro, and R. Kennel, "Investigation of gate current shaping for SiC-based power modules on electrical drive system power losses," in Proc. European Conf. on Power Electronics and Applications, Sep. 2021, pp. 1-10.

○発表者:                                          
東京大学
  生産技術研究所
    高宮 真(教授)
    畑 勝裕(助教)

  大学院工学系研究科電気系工学専攻
    張 狄波(修士課程)

○学会情報:                                           
〈国際学会〉 IEEE Applied Power Electronics Conference and Exposition (APEC)
〈題名〉 Digital Gate Driver IC with Fully Integrated Automatic Timing Control Function in Stop-and-Go Gate Drive for IGBTs
〈著者〉 Dibo Zhang, Kohei Horii, Katsuhiro Hata, and Makoto Takamiya

○研究助成:
 この成果は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務(JPNP21009)の結果得られたものです。

○用語解説: 
(注1)パワー半導体、ゲート端子
 半導体の中で、電力の制御や変換応用に向けた、高い電圧、大きな電流を扱うことができる半導体。本稿では、特に大電力のスイッチとして機能するゲート端子を有する3端子のパワー半導体を対象としています(図1)。

(注2)ノイズ
 本稿では、パワー半導体がスイッチング時に生じる、瞬間的に定常状態を超えて流れる大電流、または、発生する瞬時的な高電圧をノイズと定義しています。このような大電流や高電圧はパワー半導体の破壊原因となります。

○問い合わせ先: 
〈研究に関する問い合わせ〉
東京大学 生産技術研究所
教授 高宮 真(たかみや まこと)
Tel:03-5452-6253
E-mail:mtaka(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)

〈報道に関する問い合わせ〉
東京大学 生産技術研究所 広報室
Tel:03-5452-6738 
E-mail:pro(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)


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