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【記者発表】新型コロナウイルス感染症の無痛・迅速診断パッチの開発――マイクロニードルを用いた、貼るだけの抗体検出へ――

○発表者:
金 範埈(東京大学 生産技術研究所 教授)
鮑 蕾蕾(東京大学 大学院工学系研究科 精密工学専攻 博士課程3年)

○発表のポイント:
◆皮膚内の体液から、新型コロナウイルスに対する抗体(IgMおよびIgG)を検出しうることを初めて示した。また、皮膚内で分解する多孔質マイクロニードルの作製方法を新たに開発した。
◆開発した多孔質マイクロニードルと抗原抗体反応を組み合わせ、既存の検出キットと同等以上の感度を示す、これまでにないパッチ型の抗体検出デバイスを開発した。
◆パッチ型抗体検出デバイスは小型かつ低侵襲(無痛)で、皮膚に貼るだけで使用でき、将来的にはさまざまな感染症の迅速なスクリーニングへの応用が期待される。

○発表概要:
 東京大学 生産技術研究所の金 範埈 教授、大学院工学系研究科 精密工学専攻 博士課程3年の鮑 蕾蕾 大学院生らの研究グループは、従来の注射針を用いた採血に代えて、皮膚に貼るだけで抗体検出ができる、多孔質マイクロニードル(注1)とイムノクロマトアッセイ(注2)を組み合わせた新しいパッチ型抗体検出デバイス(図1、Porous MicroNeedle and ImmunoAssay(PMNIA))を開発した。
 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染経過を調べるために、PCR検査等の補完として、イムノクロマトアッセイによる新型コロナウイルスに対する抗体(抗SARS-CoV-2免疫グロブリンM(IgM)および免疫グロブリンG(IgG)抗体)検査が用いられている。しかしながら、検査のための採血には痛みを伴うほか、針による感染の危険性があるといった問題がある。本研究では、抗体などのタンパク質バイオマーカーが豊富に含まれる皮下の細胞間質液(注3)中の抗SARS-CoV-2 IgM抗体とIgG抗体を検出対象とし、新しい手法で作製した生分解性多孔質マイクロニードルを用いて細胞間質液を無痛で採取し、その後、金ナノ粒子を用いたイムノクロマトアッセイに導入することで、無痛でIgM抗体とIgG抗体を同時に検出できるパッチ型抗体検出デバイス(PMNIA)を初めて開発した。
 開発した新規パッチ型抗体検出デバイスは市販の検査キットと同等以上の感度を実現しており、ヒトへの臨床応用を今後検証し、実用化を進める。また、本研究で開発したデバイスは、小型、低侵襲(無痛)で簡単に使用できるため、さまざまな感染症の迅速なスクリーニングへの応用が期待される。
 本成果は、2022年7月1日(英国夏時間)に国際学術誌「Scientific Reports」のオンライン版で公開された。

○4.発表内容:
<研究背景>
 2019年末、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)と名付けられた新しいコロナウイルスが確認され、世界中で人から人への感染が急速に広まった。ワクチンは感染リスクとウイルス伝播の低減に有効ではあるものの、多くの低所得国では、SARS-CoV-2の予防接種を完了した人口の割合は依然として10%未満にとどまっている。したがって、COVID-19の感染者を特定し潜在的な感染の広がりを防ぐことが、最も困難な課題の1つとなっている。リアルタイム逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)は現在主に用いられる検出方法であり、COVID-19診断方法のゴールドスタンダードとなっている。しかし、COVID-19の迅速な検出のためには、設備の整った実験室および検体採取の十分な訓練を受けた医療従事者が必要であり、また検出に時間もかかるという欠点がある。検出時間を短縮する方法として、イムノクロマトアッセイによる抗SARS-CoV-2免疫グロブリンM(IgM)および免疫グロブリンG(IgG)抗体迅速診断法が開発された。SARS-CoV-2に特異的な抗体は、無症状感染者だけでなく、濃厚接触者からも検出できるため、RT-PCR検査を補うものとしても抗体検査は有用である。しかしながら、検査のためにランセットや注射針による採血が必要であり痛みを伴うほか、針による感染の危険性があるといった問題がある。そのため、専門家が不要で、低侵襲(無痛)で簡単に使用できるSARS-CoV-2感染の迅速なスクリーニングの新しい手法が求められている。

<研究内容>
 本研究では、血液の代わりに、抗体等のさまざまなバイオマーカーを含む皮下の細胞間質液に着目し、細胞間質液に存在する抗SARS-CoV-2 IgMおよびIgG抗体により抗体検出が行えることを初めて示した。また、生分解性ポリマー製多孔質マイクロニードルの新たな作製方法を提案し、センサーと組み合わせることで、パッチ型抗体検出デバイスを初めて実現した。
 提案デバイスは、生分解性多孔質マイクロニードルと、金コロイドナノ粒子を用いたイムノクロマトバイオセンサーで構成されている。

<抗体検出の原理>
 パッチ型抗体検出デバイスの原理を図2(a)に示す。多孔質マイクロニードルが皮膚に刺さると、毛細管現象により、連続した微細孔を通して細胞間質液が採取され,センサーに運ばれる。その後、採取された細胞間質液はサンプルパッドに吸収され,サンプルパッドの上部に位置するコンジュゲートパッドに垂直方向に移動する。細胞間質液中に抗SARS-CoV-2 IgMおよびIgG抗体が存在する場合、コンジュゲートパッド上のSARS-CoV-2スパイクタンパク質受容体結合ドメイン(RBD)標識金コロイドナノ粒子に結合し、抗原-抗体結合体となる。ニトロセルロースメンブレンを通過する間に、IgM結合体はIgMラインに配置された抗ヒトIgM抗体によって捕捉され、IgG結合体はIgGラインに配置された抗ヒトIgG抗体によって捕捉される。抗体が捕捉されると色のついた線で表示されるため目視で読み取ることが可能となる。採取した細胞間質液にSARS-CoV-2に対する特異的抗体が含まれていない場合、結合体は形成されないため、色は変化しない。デバイスの動作保証のために、ウサギIgG抗体によるコントロールラインを同様にして設ける。コントロールラインが着色することで正常動作を確認できる。結果として、図2(b)に示すように、目視で明確に検出結果を判定することができる。

<製作方法>
 生体分解性のポリ乳酸(PLA)を使用しマイクロニードルを製作した。新しい製作方法として、PLAの微小球状粒子をエマルジョン中に分散させた溶液を用いて、球と球の隙間を使い連続した微細空孔(空隙)を形成することで多孔質構造を形成した。その後、熱処理により微小球状粒子同士を結合させ、多孔質マイクロニードルとして成形した。マイクロニードルの形状を図に示す(図3(a)と(b))。動物実験により、ラットの皮膚から細胞間質液を迅速に抽出できることと、マイクロニードルを除去した後で速やかに皮膚が元の状態に回復したことが確認された(図3(c))。マイクロニードルとイムノクロマトアッセイを組み合わせた実験により、採取した細胞間質液がセンサーに導入され、特異抗体を目視判定できることが確認された(図4(a))。実験では、抗SARS-CoV-2 IgMおよびIgG抗体が試験管内で3分以内に同時に検出されたことに加え、IgMおよびIgGの検出限界はそれぞれ3および7 ng/mLであることが確認された(図4(b)と(c))。

<社会的意義>
 本研究で提案するパッチ型抗体検出デバイスは、既存のキットに比べ小型であり、大量に使用する際に有利である。提案デバイスは低侵襲かつシンプルであり、SARS-CoV-2以外にもさまざまな感染症の迅速なスクリーニングへの応用に大きな可能性を持つことから、今後も医療資源の乏しい国や地域で、他の診断検査の有効な補完手段として広く利用されることが期待できる。さらに、本研究で提案した多孔質マイクロニードルの作製方法は、将来的に、さまざまな感染症の生体モニタリングを可能にするセンサパッチを開発するにあたり、非常に有効な要素技術となることが期待される。

○発表雑誌:
雑誌名:「Scientific Reports」(オンライン版:7月1日)
論文タイトル:Anti-SARS-CoV-2 IgM/IgG antibodies detection using a patch sensor containing porous microneedles and a paper-based immunoassay
著者:Leilei Bao, Jongho Park, Boyu Qin and Beomjoon Kim*
DOI番号:10.1038/s41598-022-14725-6

○問い合わせ先: 
東京大学 生産技術研究所
教授 金 範埈(キム ボムジュン)
Tel:03-5452-6224
E-mail:bjoonkim(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)
URL:http://www.kimlab.iis.u-tokyo.ac.jp/

○用語解説: 
(注1)多孔質マイクロニードル
 多孔質マイクロニードルとは、微小サイズの針にスポンジのように多数の穴が開いたものであり、毛細管現象により微量の細胞間質液を皮下から無痛で採取できる。

(注2)イムノクロマトアッセイ
 抗原抗体反応により、目的とする抗体だけを検出できる簡便かつ迅速な手法である。短時間で目視での判定が行えることから、簡易的な感染症スクリーニング等に適している。

(注3)細胞間質液(間質液)
 間質液(かんしつえき)とは、細胞と細胞の間に存在する体液の一種であり、抗体を含むさまざまな物質が間質液を介して細胞と血管の間を行き来することから、抗体などバイオマーカーの検出のために利用される。

○添付資料:
新型コロナウイルス感染症の無痛・迅速診断パッチの開発-1.jpg
図1 (a) 貼るだけで皮下の細胞間質液中の抗SARS-CoV-2 IgMおよびIgG抗体を検出する新しいパッチ型抗体検出デバイス(PMNIA)。(b) デバイスの拡大図。

新型コロナウイルス感染症の無痛・迅速診断パッチの開発-2.jpg
図2 (a) 抗SARS-CoV-2 IgMおよびIgG抗体を同時に検出する抗体検出デバイスPMNIAの原理を示す模式図。(b) PMNIAによる検出結果の表示方法。

新型コロナウイルス感染症の無痛・迅速診断パッチの開発-3.jpg
図3 (a) 新たに開発したエマルジョンを用いた方法で作製した生分解性多孔質マイクロニードル。毛細管現象による吸収能が最も高くなるように熱処理温度を最適化した(180度)。
(b) 熱処理後のマイクロニードル表面および断面のSEM像。(c) 動物実験により、作製した多孔質マイクロニードルによる細胞間質液の採取性能を確認した。また、マイクロニードルを除去後、速やかに皮膚が元の状態に回復したことが確認された。スケールバー:5mm。

新型コロナウイルス感染症の無痛・迅速診断パッチの開発-4.jpg
図4 (a) 開発したデバイスによる抗SARS-CoV-2 IgM/IgGの検出結果。(b)と(c) 抗体の濃度による検出限界の測定。

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