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【記者発表】界面活性剤の作る玉ねぎ構造に隠れた欠陥を発見

〇発表者:
田中 肇(東京大学名誉教授、研究当時:東京大学 生産技術研究所 教授、現在:東京大学 先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー)

〇発表のポイント:
◆界面活性剤が水中で形成する玉ねぎ状の多重膜構造(オニオン構造)の内部に、隠れた直線状の欠陥を持つことを発見した。
◆オニオン構造の内部は最表面の膜により外部とは隔絶されていると考えられてきたが、欠陥を通して外部とつながっていることを明らかにした点に新規性がある。
◆オニオン構造は薬物の輸送などへの応用が期待されており、医薬品分野をはじめとするさまざまな分野への波及効果が期待される。

〇発表概要:
 田中 肇 東京大学名誉教授(研究当時:東京大学 生産技術研究所 教授、現在:東京大学 先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー)、東京大学 教養学部2年の伊崎 義理 学部生(研究当時)、生産技術研究所の栗田 玲 特任助教(研究当時、現在:東京都立大学 教授)の研究グループは、界面活性剤(注1)の二分子膜が水中で形成する玉ねぎ状の多重膜構造(オニオン構造)の内部に隠れた直線状の欠陥を発見した。
 オニオン構造は、界面活性剤や生体膜などのソフトマテリアルから炭素などのハードマテリアルに至るまで、さまざまな物質で広く観察されている。界面活性剤は、水になじみやすい親水部と油になじみやすい疎水部を持ち、水中では疎水部を内側とするよう自発的に二分子膜を形成する傾向がある。この膜が周期的に層状に並んでラメラ相(注2)を形成し、ラメラ相が玉ねぎ状に組織化してオニオン構造が形成される。オニオン構造の外形は完全な球体であり、あたかも点対称で継ぎ目のない内部構造を持っているかのように見えるため、オニオンの内部と外部は隔絶されていると考えられてきた。
 本研究では、球状のオニオン構造と平坦なラメラ相の層構造との融合・合体過程を光学顕微鏡で直接観察した。その結果、オニオン構造はその形成過程にできた半径方向に沿った直線状の欠陥を持つこと、つまり、植物の玉ねぎのように軸対称性は持つものの点対称性は持たないことが明らかとなった。今回の発見は、オニオン構造の内部と外部は欠陥を通してつながっていることを意味し、オニオンの内部構造の理解にとどまらず、医薬品分野をはじめとするオニオン構造の応用に役立つと期待される。

〇発表内容:
 東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授(研究当時)、教養学部2年の 伊崎 義理 学部生(研究当時)、生産技術研究所の 栗田 玲 特任助教(研究当時)の研究グループは、界面活性剤の二分子膜が水中で自発的に形成するオニオン構造について研究を行った。オニオン構造は玉ねぎ状の多重膜構造であり、界面活性剤や生体膜などのソフトマテリアルから炭素などのハードマテリアルに至るまで、層状構造を形成する特徴を持つさまざまな物質で広く観察されている。
 界面活性剤は、水になじみやすい親水性部と油になじみやすい疎水性部からなり、水の中では親水部だけが水と接触するように、疎水部を内側とした二分子膜を自発的に形成する傾向がある。このような界面活性剤の二分子膜は、ある条件下で、それらが周期的に並び層状構造を形成したラメラ相や、ランダムで等方的な構造を持つスポンジ相などの多様な高次構造を形成する。本研究グループは、等方的なスポンジ相からラメラ相が玉ねぎ状に組織化されたオニオン構造が形成される過程を光学的顕微鏡で観察した。その過程で、オニオン構造が試料セルのガラス表面に形成されたラメラ相と合体する際に、以下のような特異な現象がみられることを発見した。
 オニオン構造は、ラメラ相が球殻に閉じ込められた構造をしており、基本的にラメラ相の一種であるため、平面的なラメラ相と接触すると、球殻内に無理やり閉じ込められた窮屈な状態からより安定な構造に遷移しようとする。ラメラ相との融合・合体の際、まずオニオン構造の表面部分だけが、ラメラ相の上に広がろうとし(図1)、一見閉じた構造に見えるオニオン構造の表面部分が中心部分からはがされ、その部分だけがラメラ相の上に広がり合体する様子が観察された。この過程で、オニオン構造は、表面層と中心の球状の部分に分離される。その後、球状の部分が再び平坦なラメラ相と接触すると、表面部分がはがされるという過程が繰り返される。実際にこの過程が複数回繰り返されることで、最終的にはオニオン構造は完全に平坦なラメラ相に吸収されることになる。
 この過程から、オニオン構造にはその形成時に生まれた直線状の欠陥構造が存在し(図1の太い赤い点線)、平坦なラメラ相との接触による変形により力学的な力がかかり、その結果、欠陥構造から球殻が開き、脱皮するような形で、オニオン構造の表面層が内部の球殻から引きはがされることが明らかとなった。実際に、脱皮の前にオニオンの表面層に力学的な不安定性を示唆する特異なパターンが確認された(図2)。
 これまで、オニオン構造はラメラ相がそのまま球殻に閉じ込められたような構造をしており、その内部は外部から最表面の二分子膜により隔絶されていると考えられてきた。しかし、上記の過程により、オニオン構造に直線状の欠陥が存在し、オニオン構造の内部は外部のスポンジ相とその欠陥構造を介してつながっていることが示された。すなわち、オニオン構造の外形はほぼ完全な球形であるものの、植物の玉ねぎのように軸対称性は持つが点対称性は持たないことが明らかとなった。
 今回の発見は、オニオンの内部構造の理解にとどまらず、医薬品分野をはじめとするオニオン構造の様々な応用への波及効果が期待される。

 本研究は、文部省科学研究費 基盤研究(A)(JP18H03675)、基盤研究(B) (JP20H01874)ならびに、特別推進研究(JP25000002, JP20H05619)の支援の下に行われた。また、本研究は、東京大学 生産技術研究所 次世代育成オフィスの全学自由研究ゼミナール「UROP(Undergraduate Research Opportunity Program)」の支援を受けなされたものである。

〇発表雑誌:
雑誌名 :「Physical Review Research」
論文タイトル:Hidden linear defects in surfactant onions revealed by coalescence into lamellar layers
著者 :Yoshimasa Izaki, Rei Kurita, and Hajime Tanaka*
DOI番号 :10.1103/PhysRevResearch.3.043094

〇問い合わせ先:
東京大学名誉教授
先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー
田中 肇(たなか はじめ)
Tel:03-5452-6125 
E-mail:tanaka(末尾に"@iis.u-tokyo.ac.jp"をつけてください)

〇用語解説:
(注1)界面活性剤
 分子内に水になじみやすい部分と、油になじみやすい部分を持つ物質の総称であり、両親媒性分子とも呼ばれる。ミセルやベシクル、ラメラ構造を形成することで、極性物質と非極性物質を均一に混合させる働きをする。

(注2)ラメラ相
 層状の構造をもつ液体と固体の中間状態である液晶状態の一つである。

〇添付資料:

田中先生1.png
図1 オニオン構造が平らなラメラ相に接触した際に生じる応力の模式図。オレンジ色の部分が特に強い変形を受ける。太い赤い点線は、オニオン構造の欠陥を示す。

田中先生2.png
図2 球形のオニオン構造が写真の面内方向に広がっているラメラ相と接触してから、力学的な不安定性が生じ、その表面層が脱皮してラメラ相と融合するまでの過程(図1の状態を下方から観察した様子)。スケールバーは、200㎛に対応。

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