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【記者発表】広域洪水ハザードマップの主な誤差要因を特定~河川に流入する水量データの誤差低減が精度向上の鍵~

○発表者:
山崎 大(東京大学 生産技術研究所 准教授)
Xudong Zhou(東京大学 生産技術研究所 特任研究員)
越前谷 渉(MS&ADインターリスク総研株式会社 主任研究員)

○発表のポイント:
◆広域洪水ハザードマップは、多段階の計算とデータ処理の結果導き出されるため、誤差要因の特定が困難だった。
◆複数の入力データと統計解析手法を用いて、広域洪水ハザードマップに含まれる不確実性の解析を行い、主な誤差要因が流出量データの不確実性にあることを突き止めた。特に、山岳域と半乾燥域では推定される浸水の深さのばらつきが大きくなることを確認した。
◆入力流出量データの精度評価と選択をすることで、広域洪水ハザードマップの信頼性を大幅に改善できる可能性がある。洪水シミュレーションの高度化と、不確実性をもつ洪水リスク情報の扱い方の両面から研究を進め、洪水災害に対してレジリエントな社会の構築に貢献していく。

○発表概要:
 東京大学 生産技術研究所の山崎 大 准教授、Xudong Zhou 特任研究員とMS&ADインターリスク総研株式会社の越前谷 渉 主任研究員からなる研究グループは、多段階の計算とデータ処理の結果導き出される「広域洪水ハザードマップ」の不確実性をもたらす主要な要因が、河川氾濫モデルへの入力となる流出量(注1)データにあることを突き止めた。
 現地自治体や国際的な研究機関などが作成する洪水ハザードマップは、公的セクターで土地利用や避難計画などに利用されるだけでなく、民間でも持続的な事業計画の策定に活用され、災害に対してレジリエントな社会を構築するための基盤情報である。しかし、洪水ハザードマップの構築には、気象外力の想定・降雨-流出モデル(注2)・河川氾濫モデル・極値統計解析などさまざまなデータ整備と多段階の計算ステップ(図1)が必要になるため、その精度評価および誤差要因の特定が困難であった。
 複数の降雨-流出モデルで計算した流出量データを入力として地球全域を対象に洪水シミュレーションを実施し、その結果に複数の統計解析手法を適用することで、地球上の任意の地点における洪水規模ごとの浸水の深さと浸水域の不確実性の幅を推定した(図2)。その結果、不確実性の幅の約80%が入力流出量データで説明でき、特に半乾燥域や山岳域では想定される浸水深さのばらつきが大きくなることを示した。また、200年に1度といった低頻度災害については、過去の気象データのサンプル数の制約のために、極値分布関数(注3)の選択といった統計解析手法の差による不確実性も無視できなくなることを突き止めた(図3)。
 本研究によって広域洪水ハザードマップが示す不確実性が明らかになったことで、防災計画や事業継続計画の策定において考慮すべきリスク情報の誤差が定量化された。また、河川流量の観測データなどを用いて入力流出量データの精度評価と選択をすることで、広域洪水ハザードマップの信頼性を大幅に改善できる可能性があることを示した。

4.発表内容:
<研究背景>

 河川の増水による浸水被害は日本だけでなく世界的にも主要な自然災害の1つである。先進国では流域単位で詳細な河川管理状況などを反映した洪水ハザードマップが整備されているが、世界各地には現地自治体によるハザードマップ整備が不十分な地域が多くあり、それらの地域では国際的な研究機関などが、広域を対象にした洪水シミュレーションに基づいて広域洪水ハザードマップを作成している。作成された洪水ハザードマップは、公的セクターと民間企業の両方で、防災計画や事業継続計画の策定などに活用されている。しかし、洪水シミュレーションよって広域洪水ハザードマップを構築するには、気象データの収集と整備・降雨-流出モデルおよび河川流下-氾濫モデルによるシミュレーション・モデルへの入出力データに対する極値統計解析など、多段階の計算とデータ処理を行う必要があるため(図1)、どこに誤差要因があるかを特定することが難しく、広域洪水ハザードマップの精度と不確実性を定量的に評価することは困難であった。

<研究内容>
 東京大学 生産技術研究所 山崎 大 准教授らの研究チームは、これまでに地球全域を対象とした河川氾濫モデルCaMa-Floodを開発してきた。本研究では、このモデルを用いて多数の洪水シミュレーションを実施することで、広域洪水ハザードマップが示す不確実性の評価に取り組んだ。多段階に及ぶハザードマップの構築プロセスにおける主要な誤差要因を特定するために、複数の降雨-流出モデル(7種類、図1のa2)が計算した流出量データをCaMa-Floodへの入力として洪水シミュレーションを実施し、モデル出力変数に対しての異なる極値分布関数を適用し(2変数×6種類、図1c、d)、地球上の任意の地点における洪水規模ごとの浸水深さを、不確実性の幅をもった形で推定した。その結果、例えば100年に1度という規模の洪水の場合は、浸水深さの平均値は主要な河川や湖沼の近傍にある氾濫原で大きいこと、浸水深さのばらつきは山岳域や半乾燥域で大きくなる傾向にあることがわかった(図2)。これは、山岳域では地形が急峻なため入力流出量の変化に対して水位シミュレーションが敏感に反応すること、および半乾燥域では降雨-流出プロセスの定式化やパラメータ推計が難しくモデルの不確実性が大きくなることによると考えられる。
 さらに、得られた浸水深さの幅が、流出量データのばらつきによるものか、それとも用いた極値統計解析手法の違いによるものかを、異なる洪水規模ごとに推定した(図3)。その結果、浸水深さのばらつきの大部分は入力流出量データの不確実性によって説明できるが、200年に1度といった低頻度大規模洪水の場合は、過去の気象データのサンプル数が不足するために極値統計関数の差による影響も無視できなくなることを突き止めた。これらの結果は、河川流量観測などを用いて入力流出量データの精度評価と選択をすることで、洪水ハザードマップの信頼性を大幅に向上させられる可能性があること、また気候モデル出力などを用いてシミュレーション期間を延長する(図1のa1を拡張する)といった工夫が低頻度洪水の推計精度向上に必要であることを示唆している。

<今後の予定>
 本研究によって、既存の広域洪水ハザードマップが持ちうる誤差範囲についての理解が深まったため、不確実性が含まれることを前提としたハザードマップの活用方法についての検討を進めていく。一方で、気象データ・降雨-流出モデル・河川氾濫モデルを高精度化するための研究は継続して行い、より信頼性が高くて扱いやすい洪水リスク情報の創出にも取り組む。本研究では入力流出量データと統計解析手法の不確実性(図1a、c、d)に焦点を当てたが、洪水シミュレーションには河川断面パラメータ(注4)や洪水防御設備の考慮といったその他の誤差要因(図1b)も含まれるため、これらの影響評価と高制度化も必須である。洪水シミュレーションの高度化と、不確実性をもつ洪水リスク情報の扱い方の両面から研究を推進することで、洪水災害に対してよりレジリエントな社会の構築に貢献していきたい。

※本研究は日本学術振興会 科研費「20H02251, 20K22428」およびMS&ADインシュアランス グループ「LaRC-Floodプロジェクト」の成果です。

○発表雑誌:
雑誌名:「Natural Hazard and Earth System Science」(2021年3月23日(火)公開)
論文タイトル:The uncertainty of flood frequency analyses in hydrodynamic model simulations
著者:Xudong Zhou, Wenchao Ma, Wataru Echizenya, Dai Yamazaki
DOI:10.5194/nhess-21-1071-2021

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
准教授 山崎 大(やまざき だい)
Tel:03-5452-6382
E-mail:yamadai(末尾に@iis.u-tokyo.ac.jpをつけてください)
研究室URL:https://global-hydrodynamics.github.io/

MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス株式会社 広報・IR部
Tel:03-5117-0311
ファクシミリ:03-5117-0605

○用語解説:
注1)流出量
 降雨のうち蒸発せず河川に流入する水量で、河川氾濫モデルへの入力データとなる。

注2)降雨-流出モデル
 降雨から流出までのプロセス(蒸発や植生による遮断による損失や、地面への浸透による時間遅れ)を計算して、河道に流れ込む流出の量とタイミングを計算するモデル。

注3)極値分布関数
 極端な現象(例えば洪水時の水位)の規模と発生頻度の関係を推定する関数。観測データから関数のパラメータを求めることで、例えば発生頻度が200年に1度の洪水の規模(水位など)を見積もることができる。

注4)河川断面パラメータ
 幅や深さといった河道形状や粗度係数など、河川における水の流れやすさを決めるパラメータ。 

○添付資料:

図1 広域洪水ハザードマップの代表的な構築方法の概要
aで入力流出量データを整備し、bで河川氾濫モデルによる洪水計算を行う。そこで得られた水位や水量に対してcで極値統計解析を行い、最後にdで地形データを用いて浸水域を推定する。本研究では主にaの入力データ整備の不確実性と、cとdの極値統計解析による浸水域推定の不確実性について研究した。


図2 100年確率洪水の浸水深さの推定
(a)複数の条件で求めた浸水深さの平均値。(b)その標準偏差。ヒマラヤ山脈やアンデス山脈などの山岳域や、サヘルなどの半乾燥域で浸水深さのばらつきが大きくなっている。


図3 メコン川のプロンペン(カンボジア)付近における洪水規模ごとの浸水深さの推定
横軸が発生頻度、縦軸が浸水深さを示す。(a)推計された浸水深さの平均値(実線)と、入力データと統計手法に起因する不確実性(シェード)、(b)各入力流出データ(異なる色の実線)に着目した時の極値分布関数の違いによる不確実性(シェード)。

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