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【記者発表】新しい原理のテラヘルツ検出器を開発

○発表者:
平川 一彦(東京大学 生産技術研究所 光物質ナノ科学研究センター 教授)

○発表のポイント:
◆波長が100マイクロメートル程度のテラヘルツ電磁波は、分子の構造や機能を調べる分光計測に適しています。しかし、従来のテラヘルツ検出素子は、高感度を得るためにごく低温まで冷却する必要があり、普及の障害となっていました。
◆MEMSと呼ばれる微小機械共振器構造を用いて、室温で、高速・高感度にテラヘルツ電磁波を検出する新しい動作原理の素子を開発しました。
◆さまざまなテラヘルツ計測器に組み込まれ、化学、薬学など広い分野へ応用されることが期待されます。

○発表概要:
 東京大学 生産技術研究所 光物質ナノ科学研究センターの平川 一彦 教授、張 亜 特任助教(現:東京農工大学 准教授)を中心とする研究グループは、MEMSと呼ばれる微小機械共振器構造を用いて、室温で、高速・高感度にテラヘルツ電磁波(注1)を検出する新しい動作原理の素子を開発しました。
 テラヘルツ電磁波は、化学・創薬・医学などにおける分光計測やメージングなどへの応用に適しています。しかし、これまで室温で動作する高感度で高速なテラヘルツ検出素子がありませんでした。
 半導体微細加工法を用いて作製されるMEMS(microelectromechanical system、注2)技術を用いると、微小な半導体の機械共振器構造(注3)を作製することができます。この構造は、室温でも非常にシャープな共振周波数を持つことが知られています。さらに、その共振周波数は、構造の一部が熱膨張すると、敏感に変化します。そこで本研究チームは、ガリウムヒ素系半導体で作製した長さ約100 μm程度のMEMS両持ち梁共振器構造(図1)に、テラヘルツ電磁波を入射させ、電磁波の吸収による発熱に起因する共振周波数の変化を読み出すことを動作原理とする、新しい高感度・高速なテラヘルツ検出器を開発しました。
 この素子は、室温で動作し、従来の室温で動作する検出器と同等の感度を持ちつつ、従来の素子よりも100倍以上高速なテラヘルツ検出ができます。簡便で高速なテラヘルツ検出器が実現されることにより、安全分野のイメージングや医薬の開発など、化学、薬学、医学、物理学などの基礎研究から応用に関わる広い分野に大きな発展をもたらすと期待されます。

○発表内容:
 テラヘルツ電磁波は、さまざまな物質と相互作用し、その構造や機能などを調べるのに適しています。また、安全・安心分野でもイメージングなどへの応用が注目されています。
 一般に、広い周波数範囲に感度を持つテラヘルツ検出器では、テラヘルツ電磁波を一旦熱に変換し、それによる検出素子の温度上昇を信号として読み出すことを原理とする検出素子(ボロメータ(注4))が用いられてきました。しかし、高感度を得るために、多くの場合、検出素子を液体ヘリウム温度(約-270℃)程度まで冷却し、温度上昇を抵抗変化として読み出す必要があり、テラヘルツ技術が広く応用されるためには、冷却を必要としない高感度・高速なテラヘルツ検出技術の開発が必要不可欠でした。
 今回、本研究グループは、MEMS技術を用いて作製した半導体微小機械共振器構造の共振周波数が、テラヘルツ電磁波の入射により高感度に変化する現象を用いた、新しいテラヘルツ検出器を開発しました。
 半導体微細加工技術を用いて実現される微小な機械構造であるMEMS(microelectromechanical systems)技術を用いると、両持ち梁構造のようなミクロンサイズの微小な半導体機械共振器構造を実現することができます。このような微小機械共振器構造は、室温でも数千程度の高いQ値(注5)を持った非常に急峻な共振スペクトルを示すことが知られています。
 本研究チームは、ガリウムヒ素系半導体で作製した長さ約100 μm程度のMEMS両持ち梁共振器構造にテラヘルツ電磁波が入射すると、テラヘルツ電磁波の吸収によるMEMS梁の温度上昇で、梁が熱膨張し、ちょうどギターの弦の張力が緩むように、共振周波数が敏感に低下することを見いだしました。今回開発したテラヘルツ検出素子は、この周波数変化の大きさから入射したテラヘルツ電磁波の強度を測ることができる素子です。
 この素子は従来の室温動作熱型テラヘルツ検出器(焦電検出器(注6)や酸化バナジウムボロメータ(注7))と同等の感度を持ちつつ、さらにそれらに比べて100倍以上の高速なテラヘルツ検出が可能です。また、半導体微細加工技術を用いて作製できることから、将来の集積化にも優れています。
 今回の発明により、冷却が不要で簡便に使える高感度・高速テラヘルツ検出器が実現されたことから、本素子がさまざまなテラヘルツ計測器に組み込まれ、化学、薬学などの基礎から応用に関わる広い分野に大きな発展をもたらすと期待されます。また、将来集積化ができれば、イメージング用のテラヘルツ・カメラも実現できます。
 本研究は、科学技術振興機構 産学共創基礎基盤研究プログラム「テラヘルツ波新時代を切り拓く革新的基盤技術の創出」(プログラムオフィサー:伊藤 弘昌 東北大学 名誉教授)、科学研究費補助金新学術領域研究「ハイブリッド量子科学」(領域代表:平山 祥郎 東北大学 教授)などの成果として発表されたものです。

○発表雑誌:
雑誌名:「Journal of Applied Physics」
論文タイトル:Fast and sensitive bolometric terahertz detection at room temperature through thermomechanical transduction
著者:Ya Zhang, Suguru Hosono, Naomi Nagai, Sang-Hun Song, and Kazuhiko Hirakawa
DOI番号:10.1063/1.5045256

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所 光物質ナノ科学研究センター
教授 平川 一彦(ひらかわ かずひこ)
Tel:03-5452-6260 Fax:03-5452-6262
URL:http://thz.iis.u-tokyo.ac.jp/

○用語解説:
(注1)テラヘルツ電磁波
周波数がおおよそ100 GHz(ギガヘルツ)から10 THz(テラヘルツ)の範囲にある電磁波で、マイクロ波と赤外光の中間の周波数領域に位置する。分子、気体、液体、固体の状態にあるさまざまな物質と相互作用し、その構造や機能の解析に有用であるとともに、安全安心のためのイメージングやバイオ、医療、農業・産業応用などへの展開が進められている。

(注2)MEMS
Microelectromechanical systemの略語で、半導体微細加工技術を用いて作製される機械的な可動部分を有する半導体プロセスに用いる材料をベースにすることが多い。今回の素子は電気的に梁構造を駆動するために、ガリウムヒ素という化合物半導体で素子を作製している。

(注3)機械共振器構造
バネにつるされた重りやギターの弦、カンチレバー(片持ち梁)のように、質量を持った物体(重り、弦、梁など)が、その構造で決まる特定の周波数で振動するような構造。本研究では、一方向に長い矩形の半導体薄膜の両端を固定して、中央部分が上下に振動するような両持ち梁共振器構造を用いている。

(注4)ボロメータ
光子の持つエネルギーが小さいテラヘルツ電磁波では、一旦、テラヘルツ電磁波を吸収させて、熱に変換し、それによる温度上昇を、温度に敏感な抵抗変化を示す素子(高純度の半導体や超伝導体など)で検出することが多い。このような素子をボロメータと呼ぶ。温度による大きな抵抗変化は、-270°C程度の極低温領域で得られることが多く、多くのボロメータが液体ヘリウムなどによる冷却を必要とする。

(注5)Q値
共振器の共振スペクトルのシャープさを表す指標で、共振器に蓄えられている振動子のエネルギーが、さまざまな損失により減少していき、1/e(eは自然対数の底)になるまでに振動子が振動する回数で定義される。

(注6)焦電検出器
温度上昇により誘電率が変化する材料を用いて、テラヘルツ電磁波の吸収による発熱を読み出す検出器。動作速度は10 Hz程度以下と遅い。

(注7)酸化バナジウムボロメータ
酸化バナジウムVO2は、室温付近で相転移を起こす物質であり、室温付近でも温度により抵抗が大きく変化する特徴がある。この性質を用いてテラヘルツ電磁波の吸収を抵抗変化として読み出すことができ、ボロメータとして市販されている。動作速度は100 Hz程度以下である。

○添付資料:

図1 テラヘルツ検出器

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