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【記者発表】液体・液体転移過程の分子ダイナミクスの変化に迫る

○発表者:
田中 肇(東京大学 生産技術研究所 教授)

○発表のポイント:
◆分子性液体における液体・液体転移に伴う分子の運動性(ダイナミクス)の変化と微視的な液体構造の変化の関係を初めて実験的に明らかにした。
◆液体・液体転移の存在の有無を巡ってはこれまで長年議論になっていたが、液体・液体転移を支配する局所的な構造の変化とそれに伴う分子の運動性の変化の関係を直接捉えることで、転移の機構に迫るとともに、その存在を実証することに成功した。
◆液体は固体、気体と並び物質の三態の1つであり、幅広い物質群に存在する最も基本的かつ普遍的な物質の存在様式である。本研究は、液体・液体転移の基礎的な理解に資するのみならず、液体の最も基本的な性質である分子の運動性が、液体・液体転移の過程によりどのような影響を受けるかについて新しい知見を提供した点に大きな意義がある。

○発表概要:
 炭素からなる結晶にグラファイトやダイヤモンドといったさまざまな種類の結晶が存在するなど、単成分からなる固体が複数の状態(結晶相)を持つ、いわゆる結晶多形の存在はよく知られている。一方、等方かつ一様でランダムな構造を持つと考えられてきた液体には、1つの状態(液体相)しか存在しないと考えられてきた。単成分液体に2つ以上の液体相が存在し、その液体間に一次相転移が存在するという液体・液体転移現象は、従来の液体の概念を覆す新しい相転移現象として大きな注目を集めている。しかし、これまでにいくつかの物質でその存在を示唆する有力な手掛かりが得られているものの、実験的困難さから、その存在の有無を巡っては議論が続いてきた。液体・液体転移の存在を実証するためには、転移過程における液体特有の性質であるダイナミクスの変化に迫ることが極めて重要である。このたび東京大学生産技術研究所の田中 肇 教授、村田 憲一郎 元特任研究員(現北海道大学・低温科学研究所・助教)の研究グループは、実時間誘電緩和スペクトル測定(注1)により、常圧下で液体・液体相転移を示す亜リン酸トリフェニルという物質の転移過程における分子ダイナミクスの変化を初めて明らかにすることに成功した。さらに、転移のタイプと分子ダイナミクスの変化の仕方の関係を調べることで、分子ダイナミクスの変化が、液体中に生成される局所安定構造(注2)の割合により制御されていることを突き止めた。液体は固体、気体と並び物質の三態の1つであり、幅広い物質群に存在する最も基本的かつ普遍的な物質の存在様式である。本研究は、単成分液体における液体・液体転移の起源に迫るとともに、液体の最も顕著な特性であるダイナミクスが、液体・液体転移によりどのような影響を受けるかについて新しい知見を提供した点にインパクトがある。
 本成果は2019年3月25日(米国東部夏時間)に「Proceeding of the National Academy of Sciences of the United States of America」のオンライン速報版で公開される。

○発表内容:
 東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授、村田 憲一郎 元特任研究員(現北海道大学・低温科学研究所・助教)の研究グループは、単成分からなる分子性液体である亜リン酸トリフェニルの液体・液体転移の過程で、実時間誘電緩和スペクトル測定と位相差顕微鏡観察(注3)/顕微ラマン散乱測定(注4)を同時に行うことにより、分子レベルのダイナミクスが液体の構造の秩序化に伴ってどのように変化するかについての知見を得ることに初めて成功した。
 液体・液体転移とは、単一成分からなる液体に複数の液体相が存在し、その液体相間を一次転移する現象である。これまで、秩序相である固体相が結晶多形を示すことはよく知られていたが、無秩序相である液体には1つの相しか存在しないと考えられてきた。そのため、一見乱雑でありかつ均質な液体相が複数の相を有するという現象は、液体の本質に関わる極めて重要な事実であり、従来の液体の概念に大きな変更を迫るという意味で大きな注目を集めている。しかし、現在までにリンや水をはじめとしたいくつかの物質で液体・液体転移を示唆する有力な証拠が得られているものの、その転移点は高温・高圧下(リン)、もしくは結晶化に対する絶対不安定領域(水)という極めて困難な実験条件に存在するため、その存在の有無を巡って白熱した議論が続いていた。同グループでは、亜リン酸トリフェニル(triphenyl phosphite)、n-ブタノール(n-butanol)という2つの分子性液体において、実験的に容易に実験可能な常圧下に転移点を有する液体・液体転移を発見し、相転移ダイナミクスを中心に詳細な研究を行ってきた。その結果、液体の状態を指定するには、従来考えられてきた密度(気体・液体転移の秩序変数)に加え、液体・液体転移を特徴付ける新たな秩序変数が必要であり、この新たな秩序(局所安定構造と命名)の協同的形成が、液体・液体転移の起源であることが明らかとなった。
 しかし、同グループのこれまでの実験結果と理論モデルにより導き出された液体・液体転移を支配する局所安定構造の存在が、液体の最も基本的な性質である輸送特性や分子レベルのダイナミクスにどのような影響を与えるかについては未解明のままであった。そこで、分子の持つ電気双極子(注5)の回転のダイナミクスを直接測定可能な誘電緩和スペクトル測定を、液体・液体転移が進行していく過程で実時間測定することで、分子の回転緩和時間(注6)の時間変化を追跡し、同時に位相差顕微鏡観察を行うことで、液体・液体転移における秩序変数である局所安定構造の数密度についての情報も得ることに成功した。この二つの量の時間変化をもとに、秩序変数の時間変化がダイナミクスにどのような変化をもたらすかについて考察を行うことで、分子ダイナミクスを支配する活性化エネルギーが、局所安定構造の数密度に制御されていることを突き止めた。つまり、液体中により安定な構造が多く存在すると分子が動きにくくなることが明らかとなった。
 同グループは、これまで液体・液体転移に伴い液体の持つさまざまな性質、異種物質との相溶性、濡れ性、密度など多くの物理的・化学的性質が変化することを報告してきたが、今回の成果は、液体の最も基本的な性質である分子運動のダイナミクスも転移によって大きく変化すること、また、その変化が微視的な液体の構造の変化に起因していることを明らかにした点に大きなインパクトがある。液体は固体、気体と並び物質の三態の1つであり、金属、半導体、無機・有機物をはじめとした幅広い物質群に存在する最も基本的かつ普遍的な物質の存在様式である。本研究は、液体・液体転移の基礎的な理解に資するのみならず、液体相とその動的な特性に対する新たな視点を提供し、より深い理解をもたらすものと期待される。

○発表雑誌:
雑誌名:「Proceeding of the National Academy of Sciences of the United States of America
論文タイトル: Link between molecular mobility and order parameter during liquid-liquid transition of a molecular liquid
著者: Ken-ichiro Murata and Hajime Tanaka
DOI番号: 10.1073/pnas.1822016116

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
教授 田中 肇(たなか はじめ)
Tel:03-5452-6125 Fax:03-5452-6126
URL:http://tanakalab.iis.u-tokyo.ac.jp/

○用語解説:
(注1)誘電緩和スペクトル測定:
誘電率の電場変調の周波数依存性を測定することにより、双極子の回転運動などについての情報を得る測定法。

(注2)局所安定構造:
 液体中に形成される局所的に好まれ長い寿命をもつ構造。

(注3)位相差顕微鏡:
 屈折率差を明暗として観察する光学顕微鏡。

(注4)顕微ラマン散乱:
光の散乱に伴う周波数変化を用いて、分子の振動状態をミクロン程度の空間分解能で調べる実験法。

(注5)電気双極子:
正負の電荷が対となって存在する状態。

(注6)回転緩和時間:
分子の回転運動を特徴づける時間。

○添付資料:

図1:亜リン酸トリフェニルの214 Kにおける液体・液体転移過程でみられた誘電緩和スペクトルの虚部ε″の時間変化。横軸は、測定周波数f。ピークの周波数が時間とともに低周波に移動し、液体のダイナミクスが転移に伴い急速に遅くなっていることがわかる。

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