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【共同発表】細胞内イオンチャネルをもった人工細胞膜チップを開発 ~細胞内イオンチャネルを標的とした創薬に光~(発表主体:神奈川県立産業技術総合研究所)

○ポイント
◆これまで解析が遅れていた、細胞小器官にあるイオンチャネルの薬剤試験を簡便化。
◆高い汎用性:細胞内のさまざまな部位に存在するイオンチャネルの活性を測定可能。

○概要
イオンチャネルは細胞膜や細胞小器官の膜組織に存在し、膜内外にイオンを輸送する膜タンパク質の一種です。創薬ターゲットのタンパク質全体の約20%がイオンチャネルであるため、イオンチャネルの機能解析研究は非常に重要です。イオンチャネルの活性を測定する方法として、パッチクランプ法があります。この方法は、イオンチャネルが存在している細胞膜に細いガラス管の先端を押し当て、ガラス管内のイオンチャネルを通過するイオンの流れを電気的に測定する方法です。パッチクランプ法は、熟練者でも1日に数個のデータしか取得できない程、難易度の高い技術です。さらに、細胞膜に比べて細胞小器官は直径1マイクロメートル以下と大変小さく、ガラス管を押し当てることが非常に困難なため、細胞小器官に存在するイオンチャネルの機能解析は遅れています。

共同研究グループは、簡便に薬剤阻害試験が可能な、細胞小器官に存在するイオンチャネルをもつ人工細胞膜チップを開発しました。まず、目的のイオンチャネルをもつ細胞を超音波で破砕し遠心分離をして、目的のイオンチャネルを含んだ粗精製膜画分を作製します。そして、その画分を人工細胞膜チップに加え、膜融合によりイオンチャネルを人工細胞膜に組み込みます。接続された「多チャネルパッチクランプ」を用いて、イオンチャネルの電気的な計測が可能です。この技術により、細胞内のさまざまな部位に存在するイオンチャネルの電気的な計測と薬物阻害試験に成功しました。

本研究成果は、2018年11月30日(金)19時(日本時間)に英国Nature Publishing Groupから発行されるオンライン科学雑誌 Scientific Reports誌に掲載されました。

○研究の背景
イオンチャネルは細胞膜や細胞小器官の膜組織に存在し、細胞内外にイオンを輸送する膜タンパク質の一種です。膜タンパク質は、物質輸送やシグナル伝達などに影響を及ぼし、重篤な疾病に関与しています。イオンチャネルは創薬ターゲットのタンパク質の全体の約20%をイオンチャネルが占めており、その機能解析は大変重要な課題です。イオンチャネルの活性を測定する方法として、パッチクランプ法(注1)があります。この方法は、イオンチャネルが存在している細胞膜に細いガラス管の先端を押し当て、ガラス管内のイオンチャネルを通過するイオンの輸送を微少電流として測定する方法です。そのため、ガラス管を細胞膜へ押し当てる強さなどの調整が難しく、熟練者でも1日に数個のデータしか取得できない程、難易度の高い技術です。細胞膜を突き破ってガラス管を細胞小器官にアクセスしなければならず、さらに細胞小器官(注2)は直径1マイクロメートル以下と大変小さいため、ガラス管を押し当てることが非常に困難です。したがって、細胞小器官に存在するイオンチャネルの機能解析研究は遅れていると言われています。地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所人工細胞膜システムグループの神谷厚輝研究員らは、国立大学法人東京大学生産技術研究所の竹内昌治教授と株式会社SEEDSUPPLY(神奈川県藤沢市、社長 樽井 直樹 ※研究開始当時の所属は武田薬品工業株式会社)の中尾 賢治 上席研究員と共同で、薬物試験が可能な、細胞小器官に存在するイオンチャネルが組み込まれた「人工細胞膜チップ」を研究開発しました。

○研究の成果
共同研究グループは、簡便に薬剤試験が可能な、細胞小器官に存在するイオンチャネルが組み込まれた人工細胞膜チップを開発しました。本技術では、まず、目的のイオンチャネルをもつ細胞を超音波で破砕し、遠心分離をおこなって、目的のイオンチャネルを含んだ粗精製膜画分を作製します。そして、本共同研究チームが開発してきた16チャネル人工細胞膜チップ(図1)に粗精製膜画分を加えます。この16チャネル人工細胞膜チップは、底面に電極が配線され、複数のイオンチャネルの活性を同時に計測できるパッチクランプアンプに接続されています。チップの中で人工細胞膜を形成する技術は、本共同研究グループがコア技術として開発してきた液滴接触法(注3)を用いています。そして、粗精製膜画分を人工細胞膜に融合することにより、イオンチャネルが人工細胞膜に組み込まれ、イオンチャネルの電気的計測が可能になります(図2)。この方法で、筋小胞体に存在するリアノジン受容体やリソソームなどに多く存在しているTRPML1(図3)、形質膜に存在する薬理安全性試験の対象のhERG(図3)、痛み受容体のTRPV1、ヘテロなサブユニットから形成されるNMDAのイオンチャネルシグナルの測定に成功しました。また、各イオンチャネルにおいて阻害剤によるイオンチャネル機能阻害試験にも成功しました。したがって、細胞内のさまざまな部位に存在しているイオンチャネルを計測することが可能になり、本方法は非常に汎用性の高い方法であると考えます。


図1 本技術の16チャネル人工細胞膜チップ。このチップの底面に電極が配線されている。


図2 本技術の粗精製膜画分作製からイオンチャネル計測の概略図。


図3 本技術によるイオンチャネルシグナル検出と阻害試験。リソソーム膜に存在するTRPML1チャネルと形質膜に存在するhERGチャネル。

○社会に対する成果の還元、今後の展望
本技術を用いると、さまざまな細胞小器官に存在するイオンチャネルの機能解析が可能になります。しがたって、パッチクランプ法では測定が困難なために、いままで機能が解明されていなかった細胞小器官のイオンチャネルの機能解明に貢献できます。さらに、細胞小器官のイオンチャネルをターゲットとした創薬開発への貢献が期待されます。

○発表雑誌
雑誌名: Scientific Reports誌
論文タイトル:Electrophysiological measurement of ion channels on plasma/organelle membranes using an on-chip lipid bilayer system
著者: K. Kamiya, T. Osaki, K. Nakao, R. Kawano, S. Fujii, N. Misawa, M. Hayakawa, and S. Takeuchi
DOI番号:10.1038/s41598-018-35316-4

○問い合わせ先
(地独)神奈川県立産業技術総合研究所 研究開発部・地域イノベーション推進グループ
小林・山本  
TEL: 044-819-2031 FAX: 044-819-2026

東京大学 生産技術研究所
教授 竹内 昌治(たけうち しょうじ)
TEL: 03-5452-6650 FAX: 03-5452-6649
研究室URL: http://www.hybrid.iis.u-tokyo.ac.jp/

○用語
注1 パッチクランプ法:
イオンチャネルのイオンの流れを電気的に計測する方法。本方法は、数ピコ(1兆分の1)アンペアの単一イオンチャネルの計測も可能な大変有用な方法です。

注2 細胞小器官:
細胞内に存在する固有の機能や構造をもつ器官。例えば、小胞体、ミトコンドリア、リソソーム、ゴルジ装置があります。

注3 液滴接触法:
脂質分子が平面に配位した、人工細胞膜(脂質二重膜)を形成する技術です。具体的には脂質分子が分散した油層を調製し、その中に水滴を2つ作製して接触させます。すると水滴が接した界面では脂質分子が平面的に集合して脂質二重膜を形成します。

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