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【記者発表】原子をカラフルに描き出す ~ 探針を超高速で振動させ、短時間で観察できる原子間力顕微鏡を開発 ~

○発表者
川勝 英樹(東京大学 生産技術研究所 マイクロナノ学際研究センター 教授 兼 LIMMS/CNRS-IIS 国際連携研究センター 教授)

○発表のポイント
◆鋭利な金属やシリコンの針(探針)で試料表面をなぞり原子の並び方を調べる、これまでの原子間力顕微鏡で化学コントラスト像を得るのは、撮像に時間がかかり、汎用化されていなかった。
◆探針を超高速で震わせることで、固体表面の原子の力や力の作用する距離を検出し、短時間で原子の種類や状態をカラー3次元画像化する新しい原子間力顕微鏡を開発した。
◆比較的小型で、合金、半導体、化合物などの固体試料を短時間で観察でき、デバイス開発など広い分野への応用が期待される。

○発表概要
東京大学 生産技術研究所 マイクロナノ学際研究センター(CIRMM)(注1)ならびにLIMMS(注2)/CNRS-IIS 国際連携研究センターの川勝 英樹 教授は、日仏の研究者らと共同で、わずか数十秒から数分でカラーの化学コントラスト像(注3)が得られる原子間力顕微法(カラーAFM、 Colour Atomic Force Microscopy)(注4)を開発した(図)
原子間力顕微鏡は、鋭利な探針で試料の表面をなぞる装置で、従来から原子の並び方や分子の内部を高い分解能で画像化できていた。しかし、表面の化学情報を精密に計測する場合、一点一点計測し、その結果を統合して数値処理するため、100ナノメートル角の範囲を撮像するために数十時間かかる場合もあった。そのため、化学コントラストを調べる顕微鏡としては汎用化されていなかった。
本研究では、探針を支える振動子を原子1個程度以下の幅で1秒間に数100万回振動させ、表面の原子間力(注5)の変化を検出した。同時に、1秒間に数千回の頻度で試料を近づけたり遠ざけたりして、1個の原子がどの程度遠くまで影響を及ぼすかを瞬時に計測することを可能とした。この手法により、原子に関する3つの独立した物理量を同時に計測できるため、それらの値を、赤、緑、青(RGB)に変換し、カラー画像化した。3つの物理量が同じであれば原子は同じ色で表され、1つでも物理量が異なると別の色で表示される。
実際に、シリコン表面の原子の状態を観察し、原子の結合エネルギーや、力の作用する距離、原子が周囲に支持されている剛性の強弱を可視化することに成功した。
本研究で開発した原子間力顕微鏡により、合金、半導体、化合物などの固体試料を、比較的短時間で観察することが可能となり、表面やデバイスの研究や開発に広く活用されることが期待される。今後は、常に特定の分子を探針の先端に固定して試料を観察することで、さらに普遍性の高い撮像手法へ進化すると期待される。

<研究の内容>
東京大学 生産技術研究所 マイクロナノ学際研究センターならびにLIMMS/CNRS-IIS国際連携研究センターの川勝 英樹 教授は、小林 大 助教、電気通信大学 情報理工学研究科 佐々木 成朗 教授、JSPS博士研究員 ピエール・アラン(Pierre Allain)、デゥニ・ダミロン(Denis Damiron)、外国人研究生フラヴィウス・ポップ(Flavius Pop)、東京大学 大学院工学系研究科 精密工学専攻 大学院生 上西 康平、宮崎 雄太らと共に、わずか数十秒から数分でカラーの化学コントラスト像の得られる原子間力顕微法(カラーAFM、Colour Atomic Force Micrscopy)を開発した。原子間力顕微鏡では、探針を振動子によって支えているが、本研究では、その振動発生のために、従来のピエゾ素子(注6)などを用いず、レーザ光を高速で明滅させ、加熱と放熱を繰り返すことにより、熱膨張を応用した振動発生法を用いた。その結果、1億ヘルツ以上の機械振動の発生を確認した。振動の精密な計測のためには、新たにこの光熱励振機能を持つレーザドップラー計(注7)を民間企業とともに開発した。光は、音と同じように、動いている物体に反射するとドップラー効果でその波長を変化させる。新しい顕微鏡においては、極めて低ノイズの速度(変位)計測を光ドップラー計測で実現し、サブ原子レベルの振動の高速計測を可能としている。
これらの要素技術を組み合わせることにより、鋭利な探針を1秒あたり数百万回数十pm(pmは100分の1オングストローム)から数百pmの振幅で振動させ、その周波数が試料原子の力の場によって変化する様子を計測した。さらに、試料を1秒あたり数千回探針に近づけたり遠ざけたりすることにより、試料の原子の力がどの程度遠くまで作用しているかを測定した。
並行して、探針と試料の関係をモデル化し、計測されるデータを、結合エネルギー、緩和長(注7)、などの物理量に変換するための数学的考察を行った。当初、1点あたり1秒の計算時間を要したが、アルゴリズムの改良を行い、1秒に500点近い処理を可能とした。
試料原子に関する3つの独立した物理量の同時計測が可能となったため、それらの値を光の三原色、赤、緑、青(RGB)に対応させることにより、カラーの像が得られるようになった。3つの物理量が同じであれば、原子は同じ色で表されるが、1つでも物理量が異なると、瞬時にそれを知ることが可能となる。
興味ある応用例としては、準結晶の観察、移動する原子の色が変わっていく様子の可視化、ナノ構造物中の異種原子の観察やマクロな機能との対応づけが挙げられる。
本研究は、日仏の研究者らにより遂行された。装置開発を日本で行い、モデル化や数学的解釈、アルゴリズムの高速化をフランスの若手研究者と東京大学 大学院生が共同で行った。実際の実験も、フランスと日本の若手研究者が二人三脚で取り組み、成功に導いた。複数の教員が議論をリードし、若手の創意を引き出した。
本手法は、探針と試料の間に作用する力を用いている。そのため、探針の形や体積が変わると、測定結果が変化してしまうと予想される。その点に対し、探針先端を1つの分子で修飾するとベースとなる探針の影響が劇的に軽減され、試料の安定した評価が可能になると考えられる。わずか1個の分子を修飾することで、数nmから数十nmの大きさの異なる探針に対して、ほぼ同等の安定した数値結果が得られることを概算から求めた。
本研究は、力によって振動を超音波の領域で変化させる。さらに、倍音成分など、高調波の成分にも着目し、原子の作用長を求めている。原子レベルの力による振動子の音色の変化を精密に捉える手法と言える。
さまざまな科学研究分野や、デバイス開発や評価に、本発明が貢献することを期待している。
本成果は、JST-CREST、JST独創モデル化事業、JST権利化試験事業、JSPSフェローシップ、JSPS C2C、文部科学省科学研究費、生産技術研究所展開研究費、フランスCNRS、日仏共同ラボLIMMS/CNRS-IISの支援のもと得られた。

○発表雑誌
雑誌名:Applied Physics Letters
論文タイトル:Color Atomic Force Microscopy: a method to acquire three independent potential parameters to generate a color image
著者:P. E. Allain, D. Damiron, Y. Miyazaki, K. Kaminishi, F. V. Pop, D. Kobayashi, N. Sasaki, and H. Kawakatsu
DOI番号:10.1063/1.4991790

○問い合わせ先
<研究に関すること>
東京大学 生産技術研究所 マイクロナノ学際研究センター
教授 川勝 英樹(かわかつ ひでき)
Tel:03-5452-6200、03-5452-6098
研究室URL:http://www.inventio.iis.u-tokyo.ac.jp/kawalab_homepage/

資料

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図 カラーAFMの原理説明図

動画 カラーAFMの原理を説明したアニメーション

用語解説

(注1)CIRMM、Centre for Interdisciplinary Research on Micro-Nano Methods
2000年にセンター設立、2016年に現在の名称で設置。
CIRMMlogo.png

(注2)LIMMS、Laboratory for Integrated MicroMechatronic Systems
東京大学 生産技術研究所とフランス国立科学研究センター(CNRS)との間に1995年に設立された日仏共同ラボ。創立より、22年間の間に200人近い研究者を受け入れている。
LIMMSlogo.png

(注3)化学コントラスト像
試料の原子の種類や状態を色や明暗として表した像。

(注4)原子間力顕微法、Atomic Force Microscopy(AFM)
走査型トンネル電流顕微鏡(1996年ノーベル物理学賞)の発明者、G.Binnig率いるグループが1985年に実現。探針が感じる力によって固体表面の高分解能観察を可能としている。

(注5)原子間力
原子と原子を近接すると、数オングストロームの距離から作用し始める力。初めは引力で、より近くにつれて斥力に転じる。

(注6)ピエゾ素子
電圧を加えると長さの変化する素子。ブザーやアクチュエータに用いられている。

(注7)レーザドップラー計、JST独創モデル化事業「ナノメートルオーダの3次元構造物の光による周波数特性評価装置(ネオアーク(株))」
光も音と同じように速度を持った物体に反射すると速度と比例してその波長が変化する。変位ではなく、速度が直接計測される。振幅が一定の場合、周波数が高いほど強い信号が得られるため、小さく、周波数の高い振動子の計測に適する。

(注8)緩和長
原子の力がどの程度遠くまで及んでいるかの尺度。単位は長さ。

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