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【記者発表】一成分からなる物質における四相共存

○発表者
田中 肇(東京大学生産技術研究所 教授)

○発表のポイント
◆一般に、一つの成分からなる物質においては四つ以上の相は平衡状態において共存できないと考えられており、Gibbsの相律(注1)として広く知られている。この常識が特殊な場合に破られ、四つの相が共存し得ることを発見した。
◆これまで、Gibbsの相律の破れについて系統的な研究は行われてこなかったが、相互作用に新たな変数を導入することで、変数空間を拡張し系統的に四重点を見出した点に新規性がある。
◆この成果は、熱平衡状態における相の共存の基礎的理解に資するだけでなく、四重点近傍では微小な熱力学的な摂動により相転移を操れるという特徴から、相変化を用いた機能材料の開発にも役立つと期待される。

○発表概要
一般に、一つの成分からなる物質においては四つ以上の相は熱平衡状態において共存できないと考えられており、Gibbsの相律として広く知られている。熱平衡状態において相共存が実現するためには、各相の化学ポテンシャルが等しくなくてはならないが、物質が持つ熱力学的な自由度との兼ね合いで、系の成分数が1の場合には、共存可能な相の数は最大3であると結論付けられる。しかし、特殊解としては、原理的には四相共存も可能であると考えられる。本研究では、Si原子間の相互作用を記述するハミルトニアンに新たな変数(自由度)を導入することで、3つの結晶相と一つの液体相が共存する四重点を系統的に見出すことに成功するとともに、この点の周りでの相転移挙動を明らかにすることに成功した。この成果は、熱平衡状態における相の共存の基礎的理解に資するだけでなく、微小な熱力学的な摂動により多相間の相転移を操れるという特徴から、相変化を用いた機能材料の開発にも役立つ可能性がある。

○発表内容
複数の相の共存現象は、日常的にもよく目にする現象である。たとえば、水と氷は0℃で平衡に共存できることは広く知られており、水分子には気体・液体・固体が三相共存する三重点が高温・高圧領域に点として存在することも知られている。このような複数の熱力学相が平衡状態で共存するための条件は、化学ポテンシャルが等しいという条件で与えられる。一方、一成分からなる原子・分子系においては、化学ポテンシャルは、熱力学変数である温度と圧力のみの関数である。この事実から、単成分系においては、一般には三つ以上の相の共存は、熱平衡状態では許されないということが容易に結論付けられ、このことはGibbsの相律として古くから知られている。しかしながら、数学の問題として考えると、特殊解として四相の共存も許される場合があり得ることは容易に想像されるが、四重点の存在の可能性はこれまで系統的には考えられてこなかった。

本研究グループは、原子間相互作用をある変数を用い系統的に変化させることで、系に仮想的な自由度を付与し、パラメータ空間の次元を一つ上げることで、四重点を系統的に探査するという新しい方法を着想した。その応用として、Si原子の挙動を記述するために広く用いられてきたStillinger-Weberポテンシャルの等方的な二体相互作用部分に対する、独立四面体構造を指向する異方的な三体相互作用部分の比率を新たに変数として導入することで、この系の温度・圧力・新たな変数の3次元パラメータ空間での相図を作成した。その結果、二相共存面の交線として三相共存線が、三相共存線の交点として四重点を見出すことに成功した(図1)。このポテンシャルの変数を変化させることで、この系は、Si, Ge, 水, Cなどの原子の振る舞いを記述可能なことが知られており、新たに発見された変数の値は、Geの近傍に位置することが明らかとなった。共存する四相は、液体、β-tin型結晶、ダイアモンド型立方晶 (dc)、本研究グループが最近この系で新たに発見したSC16型結晶であることが明らかとなった。このような四重点近傍では、熱力学変数のわずかな変化で、相転移を容易に起こせるが、特に固体間の相転移においては格子定数・対称性の変化に伴う力学的な弾性ひずみの寄与が重要となり、場合によってはこれにより転移が阻害される場合がある。しかし、多相共存の結果、相の組み合わせで、弾性ひずみの効果を低減できる可能性があり、多重点の応用面での有用性が示された。実際に、光学的なスイッチング素子への応用が期待されている強相関物質であるVO2の高度な機能は、三重点近傍で発現していることが最近示されており、本研究グループの提案した多重点による相制御機構は、それに基礎的な根拠を与えると期待される。

実際の系では、相互作用、すなわち、系のハミルトニアンを操るというのは容易ではないが、最近開発されたパッチを持ったコロイドなどを用いたり、静電相互作用など比較的に容易に制御可能な相互作用を利用することで、現実系においてもこのようなGibbsの相律の制限を越えた多相共存を実現できる可能性は十分あると期待される。また、四重点そのものにアクセスすることが困難であっても、その近傍ではよりフレキシブルな相制御の可能性があり、本研究の成果は、高次元仮想空間を利用した多相共存の基礎的理解の深化にとどまらず、応用面でのインパクトも大きいと期待される。

○発表雑誌
雑誌名:Nature Communications
論文タイトル:A possible four-phase coexistence in a single-component system
著者: Kenji Akahane, John Russo, Hajime Tanaka
DOI番号:10.1038/ncomms12599
アブストラクトURL:http://dx.doi.org/10.1038/NCOMMS12599

○問い合わせ先
東京大学生産技術研究所
教授 田中 肇
Tel:03-5452-6125
研究室URL:http://tanakalab.iis.u-tokyo.ac.jp/

用語解説

(注1) Gibbsの相律系の持つ自由度Fを規定する式で、熱力学的な相の数Nと系を構成する成分の数Cに関して次のような関係式F=C-N+2が成り立つこと規定している。ギブズが発見した式なのでこのように呼ばれている。相律の式の中の定数"2"は、温度T と圧力P の二つの示強性の変数が存在することによる。たとえば、水で三相共存が実現したとすると、C=1、N=3であり、F=0となる。つまり、この状態は、相図上の一点においてのみ実現されることがわかる。

資料

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図1. Stillinger-Weberモデルの四重点を実現するパラメータでの温度―圧力相図。丸い点は、三重点を表し、四角い点は四重点を表す。

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