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プレスリリース
【記者発表】簡単ひっぱって束に ~引き裂き可能な束状構造ゲル~

○発表者
松永 行子(東京大学生産技術研究所 講師)
金 栄鎮 (東京大学特別研究員(当時))
山本 誠一郎(東京大学生産技術研究所研究実習生/成蹊大学理工学部 学部生(当時))
高橋 治子(東京大学生産技術研究所 特任助教)
佐々木 成朗(成蹊大学理工学部 教授(当時)/電気通信大学大学院 先進理工学専攻 教授)

○発表のポイント
◆高分子溶液の共連続相分離現象とマイクロ流体デバイス技術を利用することで、ゲル線維が束状に細胞足場材料を簡便に作製できることを示しました。
◆微細構造と硬さを制御した再生医療に利用される細胞足場材料の作製に成功しました。
◆細胞の分化・機能の制御を必要とする細胞組織を用いた医療・創薬・生命科学分野への貢献が期待されます。

○発表概要
細胞は周辺環境の物理的な性質に大きく影響を受けるため、細胞の微小環境の制御は、細胞の分化や機能を操作する上で非常に重要であり、細胞が接着し組織形成するための足場材料の機能化が必要とされています。今回、東京大学生産技術研究所統合バイオメディカルシステム国際研究センターの松永行子講師らの研究グループは、ネットワーク状に相分離した、具体的には、共連続相分離構造を示す(注1)高分子ブレンド溶液を、マイクロ流体デバイス(注2)を用いて形成した流れ場で引き伸ばすことで、細いゲルの線維が束状に集まった構造の細胞足場材料を作製することに成功しました。
束状構造ゲルの微細構造および硬さは簡便に制御することが可能です。束状構造ゲルは非束構造ゲルに比べ強く伸びやすい性質を持ち、束状の構造上で細胞が配向する性質を示しました。また、カーボンナノチューブを内包することで束状ゲルに導電性を与え、かつ、ゲルの強度を高められることを示しました。さらに、本ゲルは線繊維が束になった構造をもつため、ピンセットなどでさらに細く引き裂き分割することも可能です。
今回開発した束状構造ゲルは、微細構造、硬さ、導電性を制御可能な細胞足場材料として、細胞組織を利用した再生医療・創薬研究への利用が期待されます。

○発表内容
【研究の背景】
細胞を用いて工学的に組織を作製する組織工学(注3)技術の発展により、作製した三次元組織構造体の再生医療や創薬研究での応用が加速しつつあります。細胞は体内でさまざまな物理環境にさらされており、物理環境の違いによって細胞の機能や分化状態も異なることが明らかになりつつあります。例えば、幹細胞は硬い材料上では骨に、柔らかい材料上では神経細胞に分化するなど、材料の硬さは細胞の分化状態を左右しています。また、骨格筋や平滑筋などの筋線維の組織は、一方向に配向しており、それゆえに、組織としての機械的強度が維持されています。よって、細胞の物理環境を制御可能な細胞培養用の足場材料に関する研究が注目されています。
【研究内容】
高分子が架橋されることで三次元的な網目構造を有するゲルは、生体適合性を有し、また、高分子にさまざまな分子修飾を加えることでゲルの物理化学的な性質の設計制御がしやすいことから、これまで細胞培養用の足場材料として広く研究・利用されてきました。しかし、ゲルのマイクロスケールでの微細な構造制御については、高分子溶液をマイクロスケールに形作られた鋳型に流し込む方法や、局所的に光架橋する方法、また、ナノファイバーを編みこむ方法などに限られており、ゲルのマイクロ構造を制御する新しい方法が望まれています。そこで、本研究グループは、高分子ブレンド溶液がマクロなネットワーク状の共連続相分離構造を示す現象に着目し、新規なゲル構造形成法の開発に取り組みました。
まず、二種類の生体適合性高分子を用いて水溶液中でネットワーク状の共連続相分離構造を示す条件について検討を行いました。本研究では、植物などから採取されるセルロースの誘導体として知られるヒドロキシプロピルセルロースと海藻由来のアルギン酸ナトリウムのブレンド水溶液を調製し(図1A)、各高分子の重量比、pH、温度、それぞれ変化させたときの溶液の状態を顕微鏡および紫外可視分光光度計を利用して解析しました。これにより、HPCが7 w/w%、アルギン酸ナトリウムが1 w/w%の高分子ブレンド溶液は、pH13、室温付近で安定な共連続相分離構造を示すことを明らかにしました。
共連続構造の引きのばしと、延伸した状態でのゲル化にはマイクロ流体デバイスを用いました(図1B)。二重円管から成る同軸フロー型のマイクロ流体デバイスに、相分離状態の高分子ブレンド溶液を内管に、アルギン酸ナトリウムを架橋する塩化カルシウム溶液を外管に送液し、デバイス内で相分離構造を引きのばし、かつ、その状態を塩化カルシウム溶液で架橋することで、束状構造を有するゲルを作製できることを示しました。また、束状構造ゲルは、直径約300マイクロメートルのゲル構造体が、無数の直径数マイクロメートルのゲル線維の集合体により構成されていることが顕微鏡観察より明らかとなりました(図2)
【社会的意義・今後の予定】
束状構造ゲルは、非束構造ゲルに比べ高い強度を有し、さらに高分子ブレンド溶液にカーボンナノチューブを内包し作製した束状構造ゲルは、強度を増強するだけでなく導電性を付与し得ることが明らかとなりました。また、本束状構造ゲル上でヒト皮膚線維芽細胞を培養すると、細胞が接着し、束状のマイクロ構造に添って成長しました(図3)。本束状構造ゲルは、温度変化に応答して体積や親水性・疎水性が変化する性質も有しており、今後、細胞の物理的な微小環境を制御し得る細胞足場材料としての利用が期待されます。

○発表雑誌
雑誌名:Biomaterials Science 第 4巻(2016年)第 8号(7月19日刊行)
論文タイトル:Multiwalled carbon nanotube reinforced biomimetic bundled gel fibres
著者: Young-Jin Kim, Seiichiro Yamamoto, Haruko Takahashi, Naruo Sasaki and Yukiko T. Matsunaga
DOI番号:10.1039/c6bm00292g
アブストラクト URL (PubMed):http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/?term=Multiwalled+carbon+nanotube+reinforced+biomimetic+bundled+gel+fibres
出版社のweb:http://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2016/bm/c6bm00292g#!divAbstract 

○問い合わせ先
東京大学生産技術研究所 統合バイオメディカルシステム国際研究センター
講師 松永 行子(まつなが ゆきこ)
Tel:03-5452-6470
研究室URL:http://www.matlab.iis.u-tokyo.ac.jp/

用語解説

(注1) 共連続相分離相分離した二相が共に三次元連続相を成す相分離構造。

(注2) マイクロ流体デバイス
マイクロサイズの反応器の総称で微小な流体を扱い、混合、分離などの化学分析に利用される。

(注3) 組織工学
細胞と材料を組み合わせて三次元的に組織・臓器を組み上げる工学的技術。

資料

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図1. 束状ゲル構造作成のコンセプト図。(A)使用した高分子材料、(B)流れ場でのゲル化を可能とするマイクロ流体デバイス


 
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図2. 形成した束状構造ゲルの顕微鏡像。(A)均一溶液からは非束状構造が形成され、(B)共連続相分離構造の溶液からは束状構造ゲルが作成される


 
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図3. 束状構造ゲル上での細胞接着の様子

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