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プレスリリース
【記者発表】ガラス状態になる物質は、なぜ速く流すほど流れやすくなるのか ~ 原子配列構造を見れば流れやすさが予測できる ~

○発表者
田中 肇(東京大学 生産技術研究所 教授)

○発表のポイント
◆液体を冷却することで容易にガラスになる物質(ガラス形成物質)は、ガラスの状態に転移する温度付近で、速く流すほど粘性が低下して流れやすくなる。流れに対して45度方向の液体中の粒子(原子・分子)の配列構造に着目したところ、流れによって構造が大きく乱れると同時に、粘性が低下することが分かった。
◆ガラス形成物質の粘性は、流れに対して45度方向の液体の構造的特徴だけで決まっていること、この特徴を捉えれば粘性の低下の度合いを予測できることを明らかにした。
◆本研究成果は、長年未解明であったこの粘性低下の機構解明に寄与するだけでなく、原子配列構造から流れ方の予測を可能にするという意味で、ガラスの成型加工、食品科学など多方面への応用が期待される。

○発表概要
東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授、トロン・インゲブリクセン 特任研究員の研究グループは、ガラス形成物質がガラス転移点近傍で示す、流れの速さが速くなればなるほど粘性が低下し液体が流れやすくなる「シア・シニング(注1)」と呼ばれる現象が、流れに対して45度の液体の構造的特徴だけで決まっていることを、複数のモデル液体のシミュレーションにより発見した。
具体的には、流れに対して45度方向の構造指標が等しい、流れている液体と流れていない液体を比較し、粘性が同じであることを見いだした。このことは、流れに対して45度方向の構造指標により、液体の粘性、すなわち流れやすさを予測できることを示している。この構造と粘性の対応関係は、相互作用の大きく異なる複数の液体において確認されたことから、普遍的に成り立つ可能性があり、今後実証が進むことが期待される。
本研究成果は、液体のダイナミクスが流れによりどのように影響を受けるかという、長年未解明の基本問題に解決の糸口を与えるとともに、流れの下で液体の構造を定量計測して粘性を予測する道を拓いたという意味で、応用上多大なインパクトを与えることが期待される。
本成果は2017年12月11日(米国東部時間)に「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS、米国科学アカデミー紀要)」のオンライン速報版で公開された。

○発表内容
東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授、トロン・インゲブリクセン 特任研究員の研究グループは、ガラス形成物質のガラス転移点近傍での大きな粘性が、流れにより急激に減少するシア・シニング現象について、数値シミュレーションを用いて研究を行った(図1)。この現象自体はこれまでも広く知られていたが、流れにより液体の構造がどのように変わり、それが粘性や液体の構造変化の特徴的な時間にどのような影響を与えるかについては、未解明であった。
研究グループは、流れの向きから45度の方向の液体の構造を特徴づけ、それが液体のダイナミクスと一対一の対応関係を持つことを見いだした。より具体的には、流れに対して45度方向の構造的特徴(構造の乱れの度合い)と流れのない時のそれが同じであれば、両者の粘性は同じであることを発見した。流れの向きに対して45度の方向は、ずり流れの場合、液体が流れにより引き延ばされる方向であり、この方向に液体の構造の乱れは大きくなる。この発見は、液体の構造のゆるみが、構造乱れの度合いを増し、速い緩和、低い粘性に導くことを示唆している。また、研究グループは、この関係が、異なるポテンシャルで相互作用するいくつかの球状粒子からなるモデル系において、共通に成り立つことを見いだし、関係の普遍性を示した。また、このような粘性の低下は、流れの速さ(ずり変形率)がある閾値を超えたときに観察されるが、この特徴的な時間は、系のダイナミクスを特徴づける時間よりもはるかに遅いこと、そして、粘性の変化は、45度方向の液体構造の変化に伴って生じることも明らかとなった。このことは、流れによる液体の構造乱れの変化が、液体の構造緩和を特徴づける時間よりも、はるかに遅い変形によって誘起されることを意味している。これらの発見は、ガラス転移点近傍のシア・シニング現象の機構を解明する上で、重要な知見を与えるものと期待される。また、45度方向の構造的の乱れの度合いだけから、粘性の低下の度合いを予測できる可能性があり、応用上の意義も大きいと考えられる。

○発表雑誌
雑誌名:「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS、米国科学アカデミー紀要)」
論文タイトル:Structural predictor for nonlinear sheared dynamics in simple glass-forming liquids
著者: Trond S. Ingebrigtsen and Hajime Tanaka
DOI番号:10.1073/pnas.1711655115

○問い合わせ先
<研究に関すること>
東京大学 生産技術研究所
教授 田中 肇(たなか はじめ)
Tel:03-5452-6125 Fax:03-5452-6126
研究室URL:http://tanakalab.iis.u-tokyo.ac.jp/Top_J.html

資料

 図1 大きさにばらつきがある硬い粒子からなる液体の粘性と構造乱れの指標の関係

図1:大きさにばらつきがある硬い粒子からなる液体の粘性と構造乱れの指標の関係
異なる密度ρの粘性のずり変形率依存性が、構造乱れの指標に対してプロットすると、ずりのない時の粘性の曲線の上にすべて重なる。インセットは、異なる密度ρの液体の粘性のずり変形率依存性。密度が高い液体ほど、低いずり変形率から粘性の低下が観測される。

用語解説

(注1)シア・シニング現象 液体にずり流れをかけた際に、液体の粘性が低下し、液体がより流れやすくなる現象。
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